第270話 30『テオドールの決心』

 抱き込んで、宥めすかしてようやく翌日の出立は取り消させた。

 基本、温厚?なアンナリーナだが一度キレると手がつけられなくなる。

 今回はどう落としどころをつけようかと、テオドールは考えていた。

 そしてもうひとつ、以前から悩んでいた事柄にも、そろそろ決着をつけるべき時がきたようだ。


「この年でこんな事になるとは思わなかったな」


 静かにくつくつと笑っていると、腕の中のアンナリーナが身じろいだ。


「熊さん、どうしたの?」


「何でもない……」


 それでも、その後もテオドールは考え込んでいる姿を隠そうとしなかった。




 その後、アンナリーナはセトとイジに魔獣の森での採取を命じた後、調薬室に篭った。

 そしてかつてないほどの量の調薬にかかる。

 アマルやアラーニェの手も借りて、さくさく仕上げられていく様はまるで工場のようだ。


 そんな頃、テオドールと言えば、クランマスター・ヨーゼフの元にいた。


「何だ?いつになく真剣な顔をして」


「あんた、気づいてるんだろ?」


 ドサリとソファーに座ったテオドールはヨーゼフを睥睨した。

 それに対してヨーゼフは顎をしゃくって話の先を促す。


「ギルドでの一件で、リーナが機嫌を損ねた。

 すぐにここを発つと言って大変だったが、どうにか説得してあと数日は滞在する事になった。

 ただ……将来的にはこの町と距離を置きたいようだ」


 本当はもう少し深刻だったのだが、そのあたりはぼかして伝える。


「今回は俺もついて行って、拠点を王都に移したい。

 側で支えてやりたいんだ」


「……では、かねてから予定していた、王都進出を早めるか」


「それ、それも俺は抜けさせてもらいたい」


「なんだと?」


 ヨーゼフの表情が引き締まった。


「あんたもわかっていると思うが、リーナは色々訳ありだ。

 あいつの周りに、よくわからん奴を近づけたくない。

 それとリーナは近々、従魔たちを冒険者登録してパーティを組むらしい。

 ……俺もそこに参加するつもりだ」


「テオドール!」


 ヨーゼフの怒気が伝わって来るが、テオドールは飄々としている。

 それどころか更に彼を煽った。


「俺はこのクランを出て行くつもりでいる。

 ……そうなれば、リーナを留めるものがなくなるから、今すぐと言うわけではないが」


 そうして二人は睨み合った。




 ギルドとクランに納めたポーションや薬は合わせると、金貨2000枚を軽く超えた。

 どちらの納品もアンナリーナは姿を見せず、すでに王都に戻る準備を終えていると言う。

 アンナリーナが転移出来ると言う情報はなるべく隠匿したいので、町の門を出るところを印象付けなくてはならない。今回はそれに、テオドールも同行するのだ。



「へ?熊さん、もう一度言って?」


「ああ、俺も王都に拠点を移す。

 まだあと何年かはクランに部屋を残して、今まで通りポーションを卸すが、行く行くはおまえと一緒に、気ままに旅暮らしもいいな、と思ってる」


「熊さん……」


「さあて、外に出たら転移するんだろう?どこに行くつもりだ?

 デラガルサか?」


「うん、少し腰を据えて攻略してみる?」


 アンナリーナは嬉しそうだ。

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