第256話 16『忙しいアンナリーナ』

 その夜、アンナリーナが医療室にやってきたのは夕食も済んだ、夜半とも言える時間だった。


「遅くなってごめんなさい」


「いえ、こちらこそお手数かけます」


 錬金薬師であるアンナリーナは忙しい。

 この学院で学業の傍ら、調薬も行なっているという話だ。

 今夜もキリの良いところまで、調薬をやめられなかったのだろうとイゴールは、勝手に想像していた。


「リーナ様、わざわざ申し訳ありません」


 ベッドに横たわっていたアレクセイが上体を起こしてアンナリーナを迎えようとする。


「いいの、そのまま寝ていて?

 ちょっと診させてもらうね」


 イゴールが上掛けをめくり、寝間着の前のボタンを外していく。

 下着だけの姿になったアレクセイは少し寒そうだ。


「ごめんね、少し我慢してね」


【解析】と触診で確認していく。

 アンナリーナは、左のふくらはぎの傷痕に触れた。そこはまだ肉が抉れていた。


「うん、いい感じに肉が盛り上がってきているね。このまま元の状態まで治りそう。

 筋肉も再生されているから、明日には少し歩いてもいいわよ。

 でも、あと2〜3日は部屋から出ないでね」


「では、リーナ様」


 イゴールが期待に満ちた眼差しでアンナリーナを見つめている。


「はい、明朝にはお部屋に戻ってよろしいですよ。

 アレクセイくん、よく頑張ったね」


「ありがとうございました。リーナ様」




 アンナリーナと供のアラーニェを見送ったイゴールは、手渡された袋に目を落としていた。


「一応、追加の痛み止めと熱冷ましを用意しました。

 それとこの瓶に入っている軟膏は、強張った筋肉をほぐす効果のあるものです。

 アレクセイくんの左脚はかなり深い傷でした。

 あのまま、適切な治療がなされなければ歩けなくなったかもしれません。

 これからしばらく、かなり歩きづらいでしょうが毎晩入浴の後、この軟膏で両脚をマッサージしてあげて下さい」


 この袋に入っている薬が、いや、己の主人に使われた薬やポーションがどれほど高価なものか、貴族家に仕えているイゴールにわからないはずがない。

 特に現地で、応急処置の為に使われた数は怖気をふるうほどだ。

 そしてそれだけの量を、質をもって彼の大切な “ 坊ちゃま ”は命を繋いだのだ。




 モロッタイヤ村からアンソニーを連れて戻ってきたアンナリーナは、その場で【従魔契約】を結び、この時から彼はアンナリーナの従魔となった。

 そして、セトとイジにアンソニーを任せ、アンナリーナは先にアレクセイの元に行った。

 そして今また、ツリーハウスに戻ってきている。


「アンソニーのお部屋も作らなきゃ。

 でも、今夜はイジと一緒のお部屋で我慢してね。

 ベッドはちゃんと出すから」


 自由に体を動かせないアンソニーは、只々恐縮している。


「ね、アンソニー。

 今は身体を元に戻すことを考えて。

 すっかり良くなったら存分にお料理してもらうわ。それまではここでゆっくりしていてくれたらいいの」


 そこにアマルが、膳を持ってやってきた。


『ご主人様、もう夜も更けているので、身体に負担のかからないものにしました。我らの新しい仲間にも同じものを持って参りましたが』


「ありがとう。とても美味しそう」


 アンナリーナの大好物、生クリームのリゾットだ。

 もちろん米は柔らかめに炊いてある。


「アンソニーも食べてみて?

 お米は初めてかな?」

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