第236話 129『復路』

 結局2日後、商談が延びて先の見通しの立たないダージェと別れの挨拶を交わし、今度は冒険者ギルドにポーションと各種状態異常解除薬を売って、アンナリーナとテオドールは王都ベソリナを後にした。


 エピオルスの速度、走力、体力は普通の馬と比べ物にならない。

 ベソリナを出て比較的平坦な街道を北へ、国境へと向かう。

 往路では10日以上かかったのが、わずか7日で国境に着いたのは、ほとんど休憩を必要としないエピオルスのおかげと言って間違いない。



「本当に、川一本隔てただけでこれほど植生が違うとは……そして作物の違いも顕著で、すごく興味深い」


 今回もアンナリーナは、しっかりと転移点を指定しておいた。

 そこは王都からすぐの森の中。

 彼女にとってベソリナは売買両方において、美味しい場所だった。


「この国にも、ちょくちょく顔を出そうと思うの。

 王都では珍しい南方の果実だって、私なら新鮮なまま運べるしね」


 そしてこの国の魔素の多い森で、珍しい薬草の採取をしたいと思っていた。




 往路ではあれほど苦労した難所……雪に難儀した区間はすっかり雪が溶け、わずかひと月ほどの間に季節が変わりつつあるのを見てアンナリーナは、今更ながらダージェの “ 任務 ”は何だったのかと思う。


「リーナ、城塞都市には寄らないのか?」


 御者台にテオドールと2人で座り、遠くに壁を望みながらのんびりと話している。


「別に補給したいものもないし、通過しましょ。

 ここを過ぎたら王都までは10日ほど? やっと目処がついたね」


 馬よりもずっと高速で走るエピオルスが、街道を疾走しているのだ。

 このあたりからはちらほらと他の馬車も見かけられるようになり、人と共に魔獣の気配も濃くなってくる。


 そんな、王都に向かってひた走っていたある日アンナリーナは、まだかなり距離があるが、不審な動きをするグループを見つけた。

 その中には瀕死のものもいるようで、アンナリーナの関心を少しだけ引いた。


「真ん前を通り過ぎる……ってのも拙いかなぁ」


「どうした?」


「ん〜?

 多分だけど魔獣に襲われて、もう討伐したか撃退したと思うんだけど、怪我人がいるみたい。

 あんまり関わり合いになりたくないんだけど……」


 隠形で姿を消し、前を通り過ぎる事にしてアンナリーナは、小さく呪文を唱えた。


 眼前に迫ってくるのは、どうやら5人組のパーティのようだ。

 エピオルスの速度も落とし、こっそりと通り過ぎようとしたアンナリーナの目に飛び込んで来たのは、かなりの重傷でぐったりと動かない男と、それを看病しているだろう女。

 そして少し離れたところにいる男2人と、彼らに詰め寄られている若い女だ。


「!?」


 アンナリーナの目が見開かれた。


「熊さん、止めて!」


 アンナリーナは瞬時に隠形を解き、エピオルスたちに止まるように指示を出す。

 対してその様子に気づいた4人は、びっくりして動きを止めていた。


「なっ!? 一体何だ!」


 今まで何もなかったところに現れた、見たこともない馬車。

 それは魔獣エピオルスに引かれた大型馬車で、御者台には男女2人が乗っている。

 呆然と見上げていた、リーダーの男は、今まで襟首を掴んでいた女を突き飛ばすようにして離すと、アンナリーナたちの元に駆けてきた。


「こんなところで突然に済まない。

 実は仲間が怪我をしていて何とか回復薬を融通してもらえないだろうか」


 すがりつくように、アンナリーナの足元で懇願してくる男。

 未だ、何やらもめているような男女をチラリと見て、アンナリーナは立ち上がった。


「熊さん、一緒に来て」

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