第226話 119『トラブルの予感』
その朝、朝食を終えたダージェたちが、食後の茶とともに久々の休息に一服していた時、今まで一回も面識のない男がテーブルの横に立った。
「なあ、昨日この町に来た商人ってあんた達だろう?
この先国境を越えるんなら、俺が護衛してやるよ」
驚きのあまり持ち上げたカップもそのまま、動きを止めたダージェと、思わず男の顔を見上げたボリス。
話の内容と、その態度や言葉遣いに唖然としたダージェが相手を刺激しないようにまず、カップをソーサーに戻した。
「いきなり、自分の名も名乗らない無礼は見逃しましょう。
うちにはちゃんと護衛もおりますし、新しく募集もしていないのです。
わざわざ来てもらって申し訳ないが、そういう事なので」
ピシャリと話を閉めてボリスとの会話に戻ろうとするが、男はさらに食い下がる。
「おいおい、護衛が1人しかいないって聞いたぜ。
ここまで来るまでに失ったのなら補充しなきゃなぁ」
ここでダージェは、初めて男を睥睨する。
無精髭を生やした優男風、着崩した革鎧に決して手入れが行き届いているとは言えないブーツや、腰の剣。
どう見ても食い詰めた、よく見積もってもギルドランクC以上とは思えない。
「私が今回依頼した護衛は、数は少ないかもしれないが精鋭揃いだ。
君に言われる筋合いはないと思うのだがね。もう、お帰り願おうか」
「ちょ、ちょっ、待てよ。
俺はお買い得だぜ」
「私はギルドを経由せずに人を雇わない主義なんだ。もう帰ってくれ」
怒り心頭、眉を吊り上げた恐ろしい顔で男は、いきなり手を振り上げテーブルの上の茶器を振り払った。
けたたましい音をたてて床に落ち、割れる茶器。
男は捨て台詞を残して足音高く宿を出て行った。
「何ですか? あいつ」
「まったく無礼な奴だ。
だがそれよりも、私たちのことが筒抜けだという事が問題だな……
リーナちゃんたちはいつ戻る?」
「さっき出て行ったところですよ?
夕方まで戻って来ないんじゃないですか?」
「とりあえず私に出来ることは、ギルドに苦情を申し入れる事ぐらいだな。
まったく、鬱陶しい奴に目をつけられたもんだよ」
こういう冒険者からの売り込みは、今までにないわけではない。
だが男は最後まで名乗らず、ましてあの態度。
ダージェは割れ物を片付けに来た女将に謝意を述べ、茶器の弁償を申し出た。
そして、今の男について聞いてみる。
「あいつの名前はアルゴ。
札付きのワルさね。一応冒険者登録はしているようだが、どちらにしてもいい噂は聞かないね」
「そうですか。やはりね」
この後、ダージェは身支度を整えギルドに向かった。
見慣れぬ余所者のその2人は、市でも大層人目を引いた。
大斧を担いだ、身長2mを超える大男と、クリーム色の周りに毛皮をあしらったローブを着た、小さな少女。
気前よく、片っ端から買い物をする少女は大男と楽しそうに市を回っていた。
「ちょっといいか?」
その2人の行く手を邪魔するものがいる。
今度は、アンナリーナたちの前に姿を現したアルゴは、護衛たちを直接懐柔しようとしたようだ。
「俺はアルゴって言って、この町で冒険者をやってるものだ。
ちょっと噂を聞きつけてやって来たんだが、あんた達の護衛依頼に混ぜてくれないか?」
アンナリーナとテオドールは、なんだこいつ?といった目でアルゴと名乗った男を見ている。
アンナリーナは早速【鑑定】していた。
アルゴ
名ばかりの冒険者(D)ゴロツキ
体力値250
魔力値 80
スキル
剣術
「低っく!」
「リーナ?」
「えーっと、お兄さん。
私たちはダージェさんに雇われているの。だから私たちにそんな事を言ってもしょうがないと思うのよ」
「いや、だからあんた達に口を利いて欲しいんだ。
ほら、そちらは手が足りてないんだろう?」
「そんな事はない」
テオドールがむっつりとしながら言う。
「護衛なら私たちの他にもいるから」
にべもなくあしらい、その場を去ろうとするアンナリーナ達の前に、アルゴはまたまた立ちはだかろうとする。
「お買い物の邪魔しないで」
直後にアルゴは体全体が地面に押し付けられるような圧を感じた。
心臓が掴まれるような、冷たい刃物を突き刺されるような悪寒に、冷たい汗が流れる。
身動きひとつ出来ないアルゴを置いて、アンナリーナは買い物を再開した。
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