第131話 24『ギルドでのレクチャーと変態熊

「何も考えずに、ただ『買取が出来ないものがある』なんて言えば騒ぎになるに決まってるじゃない」


 カウンターに押しかけた冒険者が押し合いへし合い、怒号と喚き声でドミニクスはタジタジだ。

 アンナリーナはスタスタとそこに近づき、ドミニクスを後ろに引っ張って、言った。


「ただ『これは買い取れない』なんて言っても反感買うだけでしょう?

 新たな買取金額を発表するとか、その前に決める事があるでしょ」


 ブツブツと文句を言いながらも、自分の首のあたりまでの高さのあるカウンターに飛び乗ると、叫んだ。


「皆さん、ちょっと静かにして下さい!!」


【威圧】のスキルは持っていないので、魔力で無理やり圧をかける。

 この場にいた、魔力を感じることが出来るものは当然押し黙り、それ以外のものも甲高い少女の声にびっくりして怒鳴り声を引っ込めた。


「すみません、どうもありがとう。

 私は先日から、この領都に滞在している薬師です。

 こちらに来て、回復薬の回復量の低さとか製作時のばらつきなどの相談を受けていたのですが、その原因が先ほど分かりました。

 ……ここではいつ頃から失伝していたのか、恐らく数十年では利かないでしょうが、我々薬師のなかでは常識の、薬草の見分け方が抜け落ちていたようです」


 冒険者たちの間からどよめきが広がる。


「まず、今からオメガ草と偽オメガ草の見分け方を説明します。

 これはどれだけ時間がかかっても構いません。

 大事なことですからしっかりと覚えて帰って下さい」


 それからアンナリーナは先ほどのトレーを持って来させて、まず選別を行う。この時のオメガ草の数はきちんと記録しておいて、あとの清算に支障のないよう、取り計らう。


「これは皆さんがよくご存知のオメガ草ですが、これと見た目そっくりな偽オメガ草があるんです」


 アンナリーナはオメガ草と偽オメガ草をペアにして配り始める。


「切り口から少し上、よく見て下さい。赤い筋が見えますね?

 それが偽オメガ草の特徴です。

 割いて見たら中にもあるのが分かると思います」


 冒険者たちの中には、わざわざ割いて見ているものもいる。


「これを混ぜて調薬すると、回復薬の効能が著しく落ちるのです。

 だからこれからはオメガ草のみの買取となりますので、よーく覚えて下さい」


 納得できるまで質問を受けるとアンナリーナが言ったことで、そこにいたものは納得したようだ。

 あとは今この場にいない、他の冒険者の事だ。


「ねえドミニクスさん、冒険者さんたちの緊急招集って出来ないんですか?」


 特に、採取で生計を立てている、下位の冒険者には死活問題だろう。


「これ、講習会みたいなのでもしないと拙いですよ?」


 ドミニクスは厳しい顔で頷いていた。



 結局、夕方に近くなるまでアンナリーナはギルドに留め置かれた。

 これはやってくる冒険者ひとりひとりにていねいに対応していたからである。

 それもあって今のところは、騒ぎは起きていない。

 だがアンナリーナの方はバテバテだ。


『主人様、そろそろ限界です。

 早く宿に帰りましょう』


 見かねたナビが声をかけてくる。


『うん、あともう少し。あと3人だから』


「薬師殿、具合が悪いのなら俺らは明日でもいいから無理すんなよ」


 荒くれ者の冒険者が、思わずそう言ってしまうほど顔色が悪い。

 脂汗の光る額に手をやる冒険者は眉間に皺を寄せてドミニクスを呼んだ。


「おい、鑑定士。

 嬢ちゃんが限界だ!

 寝かせた方がいいんじゃないか?」


 アンナリーナは何とかバッグからスペシャルブレンドの薬湯……見るからに不味そうな深緑色のドロドロ、を取り出し、一気に飲み干した。


「ごめん、ごめんね。

 明日……絶対」


「もういいから。


 おい、ドミニクスはどこ行った?」


 彼は今、ギルドマスターとの会議の最中で、重要な案件……オメガ草の、明日からの買取額を決めていた。


「誰か、この嬢ちゃんの宿を知らないか?」


 酒場に残っている連中に声をかけても、仲間内でささやき合うだけだ。

 その時、ドアが開いて入ってきた熊もといテオドールが口を開く。


「俺が知っているから連れて帰る」


【疾風の凶刃】のパーティリーダーに逆らえるものなど、誰もいない。

 ローブごと抱き上げる時、中のアイテムバッグを確認して踵を返した。


『軽いな…… こんなにチビなんだな』



 緑の牧場亭では顔パスだ。

 女将が鍵を開けてくれたが、問題はこれからだ。


「結界……なんだろうな。

 こればかりは本人じゃないと、どうにもならん。

 おい、リーナちゃん。ちょっとばっかし起きてくれないか?」


 これで駄目ならクランハウスの自分の部屋に泊めることにする。


「リーナちゃん、結界を解いてくれないか? このままでは……」


 魔力が動いた気配がして、ドアノブを回すと、スッとドアが開いた。

 そのまま部屋を進み、テントの中に入っていく。


「ベッドはどこにあるんだ?

 こっちか?」


 宿のものとは見るからに作りの違うドアノブを回すと、薄暗い中にベッドが浮かび上がった。


 大股でベッドに近づき、ローブとバッグを取り外す。

 それからベッドに横たえたアンナリーナから、まずは靴、そして腰のベルトを外した。

 少し考えてボタンを外し、ワンピースを取り去ってしまう。

 あとはシンプルなキャミソールとショーツだけだ。その下に凹凸の少ない白い身体が隠されていて、テオドールは思わずささやかに膨らんだ胸の頂に触れた。そしてそっと揉む。


「……」


 思ったよりも柔らかなそこをもうひと揉み。

テオドールにはその素肌に触れてみたいという欲求が抑えられなくなってきた。

 キャミソールの裾を持ち上げ手を差し入れて、ちらりと見えた桃色の乳頭ごと掌で包み込んだ。


「なんて滑らかなんだ」


 もう少し、もう少しだけ堪能したくてキャミソールを取り去ろうとしたとき、首筋にチクリと痛みを感じた瞬間全身の力が入らなくなって崩れ落ちる。

 そんなテオドールを容赦なくベッドの下に引きずり落としたのはジェリーフィッシュの触手だった。

 ……そして意識がなくなっていく。

 

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