第3話 旅立つ日まで4月2日
前世の日本でありとあらゆる異世界ファンタジー小説を読んでいた記憶のあるアンナリーナは【ギフト(贈り物)】というギフトに心当たりがあった。
ギフト【魔力倍増】
そう言った後も身体に何ら変わったところはない。
だが確信があった。
『とりあえず、薬師様の庵に行かなきゃ……このまま動けなくなる前に』
今はまだ森に入ったばかりの地点。
いくら認識阻害の魔法や結界があったとしてもここで意識を失うわけにはいかない。
アンナリーナは気力を振り絞ってノロノロと歩みを進めた。
辺りが薄ぼんやり明るくなってきた頃、ようやく森の奥の【薬師の庵】にたどり着くことが出来たアンナリーナは大きく息を吐いた。
ほとんど一晩中、這うようにしてやっと到着したのはツリーハウス。
本来、木の幹から張り出した階段を登るほどの気力も残っていなかったが、アンナリーナがその階段に触れると、左耳の上、髪の中が淡く光り、次の瞬間アンナリーナは庵の中にいた。
「はあぁっ……着いた……」
気が緩んだのか意識が遠のいていく。
だが彼女は痛くない方の頬を思い切り叩いた。
「駄目よ……倒れる前に回復薬を……
熱も出てきてる?ポーションの方がいいかしら」
ふらつきながらも壁に設えてある棚から数本の瓶を取り、まずは一本、一気に飲む。
そしてもう一本同じ色の瓶を開け、傷を負った膝や手、腕などにかけていく。
その後、今度は色違いの瓶を開け、それを含みながら引き出しから丸薬を取り出し一緒に飲み込んだ。
……張り詰めていた気力が保ったのはここまでで、ヨロヨロと長椅子に近づき、倒れこむように横になり……そのまま意識を失った。
アンナリーナが次に目を開けたとき、室内には陽の光が差し込み、その様子から昼は過ぎているように思われた。
長椅子に座り直し、ゆっくりと身体を動かしてみる。
そして自分の着ているものを見て顔をしかめた。
「泥だらけ……」
アンナリーナは立ち上がって庵の奥に向かった。
そこにはキッチン以外の水場がかためてあり彼女が目指すのはその中の浴室だ。
立てかけてあった大きな盥に、魔石の嵌ったポンプを動かして水を張る。
その間に着ているものを脱ぎ捨てたアンナリーナは全裸になって身体を確認した。
「回復薬とポーション、それに熱冷ましの丸薬のクワドコンボは無事効いたみたいね」
身体を捻ったり、屈伸をしたり、傷のあったところを確認して満足そうに頷く。
続いて、さっと泥を落としてから盥のなかで腰を落とした。
そしてまたあの言葉
「ギフト【魔力倍増】
そう言って目を閉じた。
身体が冷えないうちに水から上がり、備えつけのチェストから下着と、いつも調薬のときに着ているワンピースを取り出す。
……家に居場所のないアンナリーナの為に老薬師はここに最低限の身の回りのものを用意していたのだが今回それが役に立った。
そしてとりあえずの保存食で食事を摂り、調薬台の席につく。
目にしているのは暦だ。
7日前の日付が丸で囲まれている。
そしてその日から斜線が引かれていて7マス埋まっていた。
「23日後には結界が消える……
だとすればその3日前にはここから出たらいいか……」
周りを見回しアンナリーナは寂しそうに眉をひそめる。
『泣かない……泣かないよ。
このときのために薬師様は準備をして下さったんだから』
そしてアンナリーナは7日前のことを思い出していた。
「すまないね。私がもう、あと少し生きられたなら、おまえを危険な目に遭わせないで済むのに……本当に、それだけが心残りだよ」
老薬師の定位置……豪奢なゴブラン織りの安楽椅子に座った彼女が力なく笑う。
「そんな!
……今日まで十分良くしていただきました」
「そうだね…… “ 今 ”おまえが出来る事はすべて教えた。
あとはここにあるものすべて、私のすべてをおまえに譲るよ」
そう言った老薬師は短い呪文を唱え、満足そうに頷く。
「永い年月生きてきて、最後におまえという弟子に出逢えて……本当に楽しかったよ。
アンナリーナ、バッグを取っておくれ。おまえのも一緒にね」
老薬師が言ったバッグとは、一般に【薬師のアイテムバッグ】と呼ばれるもので、アンナリーナは知らなかったがこのバッグを持つものは薬師として一人前に扱われる。
「これも今からおまえのものだ。
だが普段は今までのものを持っていた方がいいね……これは中が “ 大きすぎる ”から」
「薬師様……」
「ああ……本当に、おまえとの日々は楽しかったよ。
弟子も残せた……おまえのこれからだけが心配だが……この庵がある限り、おまえを守ってくれるよ。
アンナリーナ……おまえのこれからに……幸、あらんことを」
老薬師の体から光り輝く細片が散り、そして一気に輝いて……後には何も残らなかった。
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