第一章
第2話 旅立つ日まで4月1日夜
突然訪れた頭痛と怒涛の如く押し寄せる、何者かの “ 記憶 ”
それは実際には一瞬のことであって、アンナリーナは呆然と神官と両親の話を聞いていた。
いや、厳密に言えばもう “ それ ”はアンナリーナではなかった。
“ 思い出す ”という形でアンナリーナを乗っ取った……いや、融合したのは、前世は【日本】という国に生き、30代後半で死んだ女性だった。
彼女の記憶とアンナリーナの精神はあっさりと統合され、すり合わせが行われている間に周りは進んでいく。
下手に口を開かない方がいいと静観していたのだが、話は良くない方に転がっているようだ。
「ギフトが【ギフト】なんて聞いたことがない、戦闘職でも魔術職でもないクズギフト……一体どうするんだ」
怒りに顔を真っ赤に染めた父親が神官に食ってかかっている。
しかしアンナリーナは前世の記憶からひとつの可能性を見出していた。
『ギフト(贈り物)って、ひょっとしたら……』
前世、独身だった彼女は寂しい夜をラノベなどのファンタジー小説で慰めていた。
ありとあらゆるタイプの物語を読破し、異世界小説の知識を蓄積している。
そしてこの【ギフト】というスキルはひょっとして “ アレ ”ではないのか?
そう思い至っていた。
その時。
「おい!役立たず。もう帰るぞ!!」
女性としては長くない、肩上で切りそろえられた髪を掴まれ引きずり倒される。そのまま引っ張られるように教会を出て突き飛ばされた。
「きゃあっ!」
両膝を強かに打ち付けて蹲るアンナリーナを、文字通り引きずって、一行は帰って行く。
その後ろで教会の扉が音を立てて閉められる。
今はもう、三軒分のお布施の事しか頭にない神官だった。
家に帰り着いた途端床に叩きつけられて遠のきそうになる意識の中、晴れ着を剥ぎ取られ、両親の気がすむまで殴られ蹴られた後、中庭に放り出された。
森の薬師の死が公になった後もアンナリーナに家にいる事を許したのは、すべて今日の授与の儀で有用なギフトを得た場合の為に他ならない。
それが、何がなんだかわからないクズギフトだった……もうこの時点で両親にはアンナリーナの存在価値はなくなったのだ。
少なくない間、気絶していたのだろう。
アンナリーナは頬についた土を払うことなく身を起こした。
「痛っ……」
外聞が悪いからかそれとも他に理由があるのか、幸い顔はさほど殴られていない。少し口内を切っただけですんでいる。
だが殴られ、蹴られた足や身体は、骨や内臓は傷ついていないようだがかなりの痛みがあった。
「あの糞爺に糞婆……覚えとけよ」
とても14才の少女の口から出たとは思えない言葉が闇に紛れていく。
「う……」
家の壁際まで這っていき、それに伝って立ち上がる。
そしてそのまま凭れてひと息ついていると、その声は聞こえてきた。
もうとっくに夕餉は終わり、兄姉は部屋に戻っているようだ。
ボソボソと両親の声が聞こえてくる。
「もうアレに用はない。次に奴隷商人が来るのはいつだ?」
「でもまだ薬師様の庵がどこにあるかわかってないのよ?何度アレのあとを尾行しても迷ってしまって。
案内させて薬師様の持ち物を取り上げないと」
アンナリーナはギョッとし、一瞬にして頭の中がシャキっとした。
「これは……」
家の中では両親の話が続いている。
「今月の回復薬は十分だと聞いている。
明日は朝一に村長のところに行って……」
アンナリーナはもう聞いていられなかった。
そして、1秒でも早くここから逃げなければいけないと、足を引きずりながらも走る。
月明かりの中、下着姿で裸足のまま、人通りのない村の道を進む。
かなり遅い時間だったのが幸いした。
ほとんどの家から灯りが消え、村人が寝入っているのが見て取れる。
そんな中、アンナリーナは必死に走って森の中に入った途端、その膝が崩れて座り込んでしまった。
実はこの森の老薬師の庵までの道には認識阻害の魔法がかかっている。
森の入り口から庵のあたりまでにも結界が張られていて他者が立ち入るのを硬く拒んでいた。
これは老薬師の死後ひと月で消えてしまうものだが、今はアンナリーナの姿も庵も隠してくれる。
『ここまでくれば大丈夫ね』
痛む身体を動かし、ようやく座ったアンナリーナがひとこと呟いた。
「ギフト【魔力倍増】」
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