第29話 リッカ、誘いを跳ね除ける

「……ちょっと!勇者だか何だか知らないけど、いきなり来て何言い出すのよ!」


 モルストの言葉に真っ先に反論の声を上げたのはルジアだった。


「そ、そうです!せんぱ……いえ、リッカ先生は今や私たちにとって必要な存在なんです!」


 マキラが続けて声を上げる。他の皆もモルストの突然の発言に驚いているようだ。


「……ふん。この感じだと既に何人かはお前に絆されたか。相変わらずのようだな、リッカ」


 皆の反応を一瞥してそう言い放つモルスト。


「……別にそんな事実はねぇよ。ってか、何だよいきなり。そもそもお前、こんな所にいていいのか?お祭り騒ぎは落ち着いたとはいえ、まだまだお前たちは国で色々やらなきゃいけない事があるんじゃねぇのか?」


 そう尋ねるとモルストが鼻で笑いながら答える。


「私を甘くみるなよ。きっちりやるべき事はやっているさ。国の兵士の育成から、魔王たちの被害を受けた街や村の復興活動に至るまで様々とな。お前がここにいると分かり、他の連中もここに来たがっていたが、流石に全員で向かうのは難しいため私が一人で訪れたという訳だ」


 そうは言っているがこいつの事だ。半ば無理矢理にここを一人で訪れたのだろう。付き人の一人も連れずにここにいるのが何よりの証拠である。


「……そいつはご立派なこって。で、何の用でそんな多忙なお前がわざわざこんな所まで来たんだ?」


 そう自分が尋ねると、モルストが真面目な顔でこちらに向かって言う。


「先程も言ったはずだ。国に戻り、再び私のパーティーに加われと言っているのだ。魔王を倒してもその残党連中がまだ各地を襲っているのはお前も分かっているだろう」


 なるほど。それで自分を連れ戻しに来たという訳か。


「知ってるよ。自分がここに来て早々、ここにも魔族が襲来したからな」


 そう自分が答えると、モルストが続ける。


「そうか。知っているなら話は早い。魔王という頭を失ったとはいえ、まだまだ力を持った魔族はまだまだ存在する。そういった連中を殲滅するのにお前の力を貸せと言っているのだ」


 そう言って自分を真っ直ぐ見つめるモルスト。その凛々しい顔立ちと瞳に見つめられ、パーティーに加入した時の事を思い出す。だが、自分が発する言葉は当時と違った。


「すまん無理だ。悪いが諦めてくれ。以上」


 そう自分が言うと、予想はしていたがモルストが激昂する。その反応を見て良い意味で何も変わってないなと思う。


「……何故だ!お前がパーティーを抜けたのは魔王を倒した後に、顔と名前が知れ渡るのが嫌だからだっただろう!なら、今なら問題ないではないか!」


 こちらに掴みかかる勢いのモルストに対し、至って冷静に言葉を返す。


「問題ない?大アリだよ。今回の訪問は例外中の例外で、本来なら今のお前たちには何をするにしても人の目がついて回るだろ?特に勇者のお前にはな。そんな中で魔法を使う男がいきなり現れて魔法の一つでもぶっ放してみろ。一瞬でその噂が国中に広まっちまうさ。いかに自分の記録が抹消されていようが、その時点でアウト。たちまち俺は世間の好奇の目に晒されちまう。そんな生活になるのはまっぴらごめんだよ。パーティーを抜ける時に散々言ったじゃねぇか」


 自分の影響力を自覚しているのか、二の句が付けないモルストに続けざまに言い放つ。


「それに、俺の事をそこまで評価してくれるのはありがたいし光栄だが、俺の後釜だってかなりの腕前だろ?もう一回魔王と一から戦えっていうならともかく、残党連中相手なら俺と遜色ない働きを出来るはずだぜ」


 そう自分が言うと、モルストが先程より声のトーンを落として言う。


「……確かに、お前の後釜としてはかなり優秀だ。自分から積極的に前面に出る向上心もある。打算に計算もあるだろうが、立派に役目を全うしているよ」


 それを聞いて安心する。実力に加え、自分と違って己の名前と顔を売る事に躊躇いのない奴だと思って推薦して正解だと改めて思った。


「だろ?細かいところまでは分からないが、俺よりよっぽど立派に勇者パーティーの一員として振る舞っているはずだぜ。まさに適材適所って奴だ。お前の言う魔族の残党処理にだって立派にその役目を果たせるはずだ」


 そう自分が言うと、言葉に詰まるモルスト。その様子を見てルジアが言う。


「ま、そう言うことよ勇者様。悪いけど、私……私たちもこいつに教わる事がまだまだあるのよ。申し訳ないけど諦めてくれないかしら」


 ルジアの言葉を皮切りに、次々と他の面子からも声があがる。


「そ……そうです!せんぱ……リッカ先生からはまだまだ教わりたい事が沢山あるのです!今ここで学園を去られてしまっては困ります!」


「リカっちがいなくなったら、あたし達特進クラスの成長率が落ちちゃいますよ?仮に後任を探すとしても、リカっちクラスじゃないとあたし達に教えられる事なんてほとんど無いですし。魔術師の後進育成もまだまだ国の規模からしたら重要でしょ?」


 マキラにナギサ、他の皆も口々に各々の理由を添えて自分がここに留まるようにモルストへ進言する。改めて自分をこうして必要としてくれる事を実感し、心の中で皆に感謝する。


「……ま、そういう訳だモルスト。いくら言われても答えはノーだし、こうして俺の事情を全て知った上でこうして必要としてくれる生徒を育てていくって目標があるからな。悪いが諦めてくれ」


 自分がそう言うと、皆の意見を黙って聞いていたモルストが静かに口を開く。


「……あくまでお前がそう言い続けるというならば、こちらにも考えがある。もう一度言うぞリッカ。再び私の元へ戻れ。これは『勇者勅命』だ」


 モルストのその言葉に、教室が静まり返った。

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