第28話 来訪者、現る
タキオンの特進クラス編入の件も落ち着き、タキオンも問題なくクラスに馴染み再び普通の日常に戻ったとある日、いつもの様に授業をしていた時だった。廊下をばたばたと走る足跡が聞こえてきたと思った矢先、教室のドアが勢いよく開かれた。
「リ……リッカ先生!リッカ先生はいらっしゃいますか!?」
血相を変えたメディ先生が慌てた様子で教室に駆け込んできた。普段冷静なメディ先生のその勢いに自分も含めて皆呆気に取られ、肩で息をしているメディ先生を見つめる。
「ど、どうしましたメディ先生?自分はここにいますが……」
恐る恐る声をかけると、我に返ったメディ先生が思い出したように叫ぶ。
「が、学園につい先程……ゆ……勇者様が!勇者様が何故か学園に来られました!そして……。到着早々にリッカ……リッカ=ペリドットに会わせろと!いったいどういう事ですかリッカ先生!ゆ、勇者様とお知り合いなのですか!?」
その言葉に教室がざわつく。『勇者』というキーワードに流石の皆も驚きを隠せないようだ。大騒ぎする皆に反して自分はこれから起こるであろう出来事に予想が出来たので、ため息交じりで思わずつぶやく。
「あー……そのうち来るとは思っていたが、思ったより早かったな。面倒な事になりそうだなぁ」
自分のつぶやきが聞こえたのか、メディ先生が自分に声をかけてくる。
「えっ?リッカ先生、今何と……」
メディ先生の言葉を遮り、話を続ける。
「……いえ、何でもないですメディ先生。分かりました。それで今、勇者様は学園長が応対している感じでしょうか?それなら、今すぐ自分がそちらへ……」
そう自分が言いかけたその時だった。周りの空気がぴん、と張り詰めるような雰囲気がしたと同時に声が聞こえてくる。
「その必要はない。私の方から来たからな。……久しぶりだな、リッカ」
そう言ってメディ先生と同じく、狼狽えている様子の学園長を後ろに従える形で一人の女性が教室に入ってきた。その凛とした雰囲気に思わず気押されそうになりながらも言葉を返す。
美しい金髪と、吸い込まれそうな深い色をした青い瞳。美しさの中に一目で分かる覇気を纏っている。かつて知ったるその女性に小さく言葉を返す。
「行動が早いな。……相変わらず我が道を行くって感じだな。モルスト」
……モルスト=アイオライト。かつて自分が共に旅をしたパーティーのリーダーである。
そして今やその名を知らぬ者がいない、魔王を倒し世界を救った伝説の女勇者でもある。凛とした表情と雰囲気を崩さぬままこちらを睨みつけている。その雰囲気に皆が口を開けないようだ。仕方が無いので自分からモルストへ再び声をかける。
「……で、何の用だモルスト?出来ればここではあまり目立ちたくはないんだがな」
その自分の言葉に、モルストが察したように振り返ると同時に表情を切り替え、未だ戸惑っている様子の学園長とメディ先生に声をかける。
「改めて突然の訪問、誠に失礼します。彼……リッカには私が以前大変世話になったものでして。ここを訪れたのは偶然なのですが、彼が今こちらでお世話になっていると耳にしたものでして、近くまで来た際に少し彼とお話ししたいと思い、今回突然の来訪となりました。重ね重ね不躾な形で申し訳ございません」
……あの野郎、完全に外交モードに切り替えやがったな。こいつのタチの悪い所は、外面が完璧なところだ。身内には傍若無人に振る舞うくせに、ひとたび態度を変えれば立派な勇者様の立ち振る舞いを行えるところだ。
こうなると学園長やメディ先生は完全にモルストの言いなりになるだろうと言う事は簡単に予想出来た。予想通り、外交モードのモルストに二人は完全に萎縮している。そんな二人にモルストが言葉を続ける。
「生徒たちの授業の妨げにはならないように配慮致しますので、これから少し彼とお話しする時間を頂けますか?勿論、その後に改めて学園長の方へはご挨拶に伺いますので」
伝説の勇者であるモルストにそう言われては、と学園長とメディ先生が素直に何度も深々と会釈をしながらその場を後にする。二人が去ったのを見届けてから教室のドアを静かに閉めてモルストが口を開く。
「……何やら情報屋を通じて影でこそこそ動き回ったようだな。詳細までは知らないが、お前の息のかかった連中が何やら暗躍したというのが私の耳にまで入ってきたぞ」
おそらく、というか間違いなく先日のナギサの一件だと自覚した。情報屋自身は自分の事を不用意に漏らす事は無いだろうが、末端やそれに関わる連中全てに口止めを図ることは不可能だと分かっていたし、ある意味覚悟は出来ていた。ただ、ここまで早くモルストが動き出すことまでは計算外であった。そこまで把握しているのなら、と思い下手に取り繕うのも面倒なので素直に言葉を返すことにする。
「それで?別にお前たちにも国にも迷惑はかけてはいないよな?むしろ、国にとっては若干かもしれないが利益になる結果だったはずだぜ?」
「……相変わらず口の減らない奴だ。何も変わっていないな。まぁいい。そんな些細な事は今は関係ない。むしろ、この事でお前の所在に辿り着く事が出来たのだからな」
ナギサのためにも自分が動いた理由を説明しろと言われたら全力で抵抗して口をつぐむつもりでいたのだが、そこはモルストの興味の対象ではなかったようで安心する。そう思っているとアリストが再び口を開く。
「……さて、本題に入る前にまだ聞く事があるな。この教室の連中は知っているのか?お前の事を。流石に過去や事情について何一つ知らないという事はないだろうが」
そう言って皆をじろりと見渡すモルストに、即座に教室の中に緊張が走る。皆、モルストの雰囲気に気圧されているのだろう。
「……ここにいるクラスの皆は全員知ってるよ。魔法の事も、自分が勇者の元パーティーだったって事も、な」
そう自分が返すとモルストが即座に言う。
「ふむ。……なら話は早いな。もう下手に取り繕う必要がないのならちょうど良い。それでは単刀直入に話そう」
そう言ってこちらをびっ、と指差すとモルストが口を開く。
「戻ってこいリッカ。私達……いや、私にはお前が必要だ。今すぐ国に戻って、魔術師として私の元で再び仕えろ」
モルストの言葉に、教室にざわめきが走った。
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