第18話 リッカ、詳細を聞き動く
「つまり……実家の権力を利用して、お前を脅迫しているって事なのか?」
そう自分が言うと、ナギサが涙を拭いてため息をついてから言う。
「うん。……あいつの実家がその気になったらうちの店に素材になる鉱物はほとんど手に入らないと思う。それだけうちらの地元ではメック家の権力がデカいの。素材が採れる鉱山をほぼ押さえているからね。そうなればうちはもう地元で商売は出来ないと思う」
そう言って唇を噛むナギサ。心底悔しそうな顔をしている。しかし、いくら地元が同じで自分の家の権力を振るえる立場だとはいえ、単純にプライドを傷つけられただけの報復にしてはナギサだけをこんな風に狙い撃ちするかのような理由が分からない。
「……解せないな。言っちゃ悪いが特に当たりの強いルジア辺りが報復の対象になるのならまだしも、何でお前がそこまで執拗に狙われているんだ?」
自分がナギサに尋ねると、ナギサが苦笑して躊躇いつつも口を開く。
「……それはさ、さっき言ったでしょ。私のものになりなさい、って。そういう事だよ。あいつ、あたしを自分のものにしたいんだよ。つまりあたしを抱きたいってワケ」
ナギサの言葉に思わず立ち上がる。
「は!?自分のものって……そういう意味でなのか?」
驚く自分に対して、至って冷静にナギサが言う。
「……別に驚く事じゃないよ?ほら、この学園ってほとんど女性ばかりじゃない?だからそういう方に走る子も結構いるみたいだよ。ま、私はノーマルだけどね」
……なるほど。それで全て合点がいった。ただの報復だけではなくナギサに対してそういった欲求があるからこそあのような脅迫をした訳か。
「……そうか。それが本当なら、とんだ下衆野郎だな」
思わず心の声が口に出た。ナギサを脅した上にあわよくば己の欲求を満たそうなどと下衆以外の何者でもない。このままにしておく訳にはいかないと思い、ナギサに尋ねる。
「……お前の家族は、この事態をまだ知らないんだよな?」
そう尋ねる自分に、ナギサが答える。
「うん。……今のところはね。ていうかとても言えないよ。その辺りもあいつに嫌な意味で焦らされている感じかな。私がその気になればいつでも言えるって感じでさ」
そう言って俯くナギサ。具体的な脅迫は今日だったのかもしれないが、きっと誰にも言えずに人知れず前から悩んでいたのだろう。
「そうだったんだな。……確かにさっきの話ぶりからして、家族に言えばきっとお前の家族は家業よりお前を選ぶだろうからな。だからとても言えないって訳だ。そして、ルジアたちにも勿論言える話じゃない。だから一人でずっと抱え込んでいたんだな」
そう自分が言うと、ナギサが苦笑しながら言う。
「あはは。……本当全部お見通しなんだねリカっち。……うん、きっとパパもママも兄妹たちも国を出るか家業を畳むって言うと思う。クラスの皆もそんな話を聞いたらあいつに何するか分からないからさ。……あたし、家族にもクラスの皆にも迷惑はかけたくないんだ」
悲しげな顔でそうつぶやくナギサ。その表情にはどこか諦めの色が浮かんでいるように見える。その空気を少しでも和らげようと自分が口を開く。
「……確かに、ルジアなんかがこれを聞いたら今すぐにでもあいつのところに殴り込みにいきそうだな。ルジアだけじゃなく、他の皆も同じ気持ちだろうけどな」
そう自分が言うと、ナギサが少し笑いながら言う。
「でしょ?……だから絶対皆には知られたくないんだ。特にルジっちはこの前の事もあったでしょ?そんな中でこんな事を知ったら自分の事なんてお構い無しにあいつのところに向かっていきそうだからさ」
確かに、ルジアがこの話を聞こうものならその後の事など一切お構いなしにミローヒを激昂しながら殴りつけるだろう。他の皆も同様、ナギサのために己を省みない行動に出る事は容易に想像出来る。そうなれば学園を巻き込んだ騒ぎになるだろう。
(……仮にそうなったところで、根本的な問題は何も解決しない。そうなればあいつ……ミローヒは報復として権力を利用してますますナギサやナギサの実家を攻め立てるだろう。それだけは避けなければいけない)
少し考えていると、ナギサが諦めの表情を浮かべて言う。
「……もういいよリカっち。別に命に関わる訳じゃないんだし。何をされるか想像したら気持ち悪いけど、犬に噛まれたと思ってやり過ごすよ。……少しの間我慢していれば、あたしも家族も今の生活は確保出来るんだからさ」
決して本心からではなく、諦めの気持ちからナギサは言ったのであろうがそんな事が許される訳がない。あの手の外道は一度自分の物になったらとことんナギサを壊れるまでむしゃぶりつくすだろう。そんな事を許すわけにはいかない。
「……ナギサ、少し落ち着け。今すぐ決めなきゃいけない話じゃないんだ。わざわざ自分から相手に首を差し出すような事は言うな。そんなお前は見たくないよ」
そう自分に言われ、少しだけナギサの表情が和らいだ。
「……ありがとねリカっち。……でもさ、家も友達も巻き込まないで解決するにはこうするしかないんだ。話を聞いてくれただけでも嬉しかったよ。ありがとねリカっち」
そう言ってまた顔を伏せるナギサ。その顔は諦めと悲しみがありありと浮かんでいる。
……魔王が滅びたというのに、その魔王よりも汚い人間がこんな身近にいる事に怒りを感じる。魔族ではなく、人間が人間を追い詰める。こんな馬鹿げた話があってたまるか。
(……あいつらは何をやってるんだ。自伝の執筆や国の会合よりも先にやる事があるだろうに)
一方的にパーティーを抜けた自分を棚に上げ、思わず勇者たちへの愚痴の気持ちが湧き上がる。だが今はそんな事を言っていても仕方ない。今は自分に出来る事をするしかない。
「……ナギサ、少し聞かせてくれ。お前の地元……スワン地方でのメック家の評判はどんな感じだ?分かる範囲で良いから教えて欲しい」
自分の言葉に一瞬きょとんとするものの、すぐにナギサが答える。
「え?……うーん。正直、良い評判はあまり聞かないかな。絶対的な素材のシェアの高さを鼻にかけて、大手には良い素材を優先的に安くかつ早めに納めたりして、小さなところには安かろう悪かろうな素材を足元見て高目に卸したりしているから。うちだけじゃなくて、周辺のお店とかでも同じような評判だと思う」
なるほど。大手とはいえその経営方針や評判はよろしくない訳か。それならやりようがある。
(一月……いや、それじゃあ流石に遅い。十日……いや、多めに見積もって二週間は必要か)
脳内で思考を張り巡らせる自分を見て、怪訝そうな顔でナギサが声をかけてくる。
「……どうしたのリカっち?何か様子が変だよ?」
そう言ってこっちを見つめるナギサに慌てて言葉を返す。
「いや、何でもない。……ナギサ、俺と今から一つ約束をしてくれ」
そう言ってナギサの目を真っ直ぐ見つめて言う。
「な、なになにリカっち。……そんな風に見つめられるとびっくりしちゃうんだけど」
何やら焦る仕草をするナギサには構わず、そのまま会話を続ける。
「いいから聞け。十日……いや、一週間。ひとまず一週間でいい。明日からあいつ……ミローヒに何を言われてもあいつの誘いに絶対に従うな。仮病でも用事でも何でも良い。とにかく、のらりくらりで誘いを回避するんだ。いいか、絶対だぞ。約束しろ」
そう言ってナギサの両手を掴んで強めの口調で言う。
「ちょっ……!リ、リカっち!?な、なになに!?何なの!?わ、分かった!分かったから!」
そうナギサが答えたため、ゆっくり手を離す。未だ戸惑っている様子のナギサの肩にぽんと手を置いて言う。
「よし。じゃあ話は終わりだ。今日は余計なことを何も考えないで部屋でゆっくり寝るんだ。いいな?明日からは約束を守りつつ、いつものように過ごすんだぞ」
何が何やら分からない、といった状態のナギサがそれでも頷いたのを確認し、最後にまた声をかける。
「……心配するな。何とかなるから。約束だけは守ってくれよ」
そう言ってナギサを教室に残し、自分は次の目的のため教室を後にする。
「……あら?こんな時間までお仕事ですか?ご苦労様ですね、リッカ先生」
自分が向かった先は、教務室の先にある学園長室だった。
「えぇ。学園長もお疲れ様です。実は、急で申し訳ないのですが……」
そう言って学園長に話を切り出した。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
一礼して学園長室を出た後、教務室を見渡す。メディ先生の近くの机で、何やらご機嫌そうに事務処理をしているミローヒの姿があった。
(……そんな顔をしていられるのも今のうちだ。見ていろよ。すぐにそんな顔が出来ない様にしてやるからな)
そう思いながらミローヒを一瞬睨みつけ、準備のために教務室を出て足早に自分の部屋へと向かった。
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