第17話 ナギサ、リッカに詳細を語る
「脅されている……だと?」
ナギサの言葉に思わず聞き返す。沈黙を守っていた会話の口火を切った事でナギサの雰囲気が少し和らいだ様に思えた。
「そ。最初から説明した方が良いかな。リカっちは勇者様とパーティーを組んで世界を旅していたんだよね?……スワン地方のサンロードって行った事ないかな?結構大きな街で宿や観光地もあるんだけれど」
ナギサの言葉に記憶を辿る。聞き覚えのある地方だったため、思い出しながら口を開く。
「……あぁ、覚えているよ。鍛治職人が多い所で有名な地方だな。確か近くには温泉も多かったな。パーティーの一人が大怪我に加えて流行り病にかかって、湯治も兼ねてしばらく滞在した記憶があるよ」
そう自分が言うと、ナギサがぱっと顔を明るくして嬉しそうに言う。
「マジ!?じゃああたしの地元にリカっちや勇者様が滞在してたんだ!うわー!何かテンション上がるんですけど!うちの近くも歩いたりしたのかな!」
自分の地元に勇者という有名人が来た事が嬉しかったのか、ナギサが笑顔になる。そんなナギサに思わずこちらも笑いながら尋ねる。
「そうかもしれないな。でも、あそこが地元って事はもしかしてナギサの家も何か商売をしているのか?例えば鍛治屋や宿場とかさ」
その自分の言葉に、また悲しげな表情に戻ってナギサがつぶやく。
「……うん。鍛冶屋だよ。といっても勇者様やリカっちが行くような立派なお店じゃないよ。鍛治屋っていっても、うちはちっちゃな鍛治屋でさ。武器や装飾品なんてほとんど作らない、鍋や釜とか食器とかの生活用品がメインのお店なんだ」
やや自嘲気味に話すナギサが気になるものの、ひとまず会話を続ける。
「良いじゃないか。武器だけじゃなくてそういったもんを作ってくれる店があるからこそ俺たちの日常生活が成り立つんだ。華々しい武器を作るだけが鍛治屋じゃないだろう。お前の親御さんは冒険者よりも街の人たちの生活に関わる職人って事だろうさ」
「……っ!!」
そう自分が言った途端、ナギサの目からすっと大粒の涙が溢れた。いきなりの事で動揺する自分にナギサが涙を拭いながら慌てて会話を続ける。
「……あはは。ごめんねリカっち。いきなり泣いちゃったりしてさ。リカっちの今の言葉、嬉しかったんだ。あたしも凄い家族の事を誇りに思ってるから。たとえどんなにうちが極貧な家庭でもさ」
そう言ってナギサが涙を拭いながら言葉を続ける。強く擦ったのか鼻の頭は真っ赤になっていた。
「……うちね、凄く貧乏なんだ。いわゆる貧乏子沢山ってやつ?あたしは長女なんだけど、下に男の子と女の子が二人ずついるんだよ。しかも皆食べ盛りで大変なの。だからご飯の時なんてもう戦争。大皿にてんこ盛りのおかずが一瞬でなくなるんだから。その光景をリカっちに見せてあげたいくらいだよ」
そう言ってナギサが笑う。自分には縁がないであろう楽しい家族団欒の光景が容易に想像出来た。
「……いい家族なんだろうな。目に浮かぶようだよ」
そう自分が言うと、ナギサが涙目のまま笑って言う。
「うん、凄く良い仲良し家族。大好きなんだ。だからあたし、早く一人前になって家族に楽をさせたいんだ」
そこで言葉を一瞬切った後、ナギサが言葉を続ける。
「あたしに魔法の才能があるって分かった時もさ、本当はここに来るか悩んだんだ。パパの後を継ぐつもりでいたしね。でも一番上の弟もそう思っていたし、何よりあたしがここに特待生扱いで特進クラスに来ればあたしの衣食住の心配はないし。そしたら……」
ナギサの会話を遮り、自分が口を開く。
「……家族の食い扶持を一人減らせる。そう思ったんだろ?」
そう自分が言うと、ナギサが一緒きょとんとした後すぐに笑いながら言う。
「あははは。リカっちは何でもお見通しかぁ。うん、その通り。そしたらあたしにかかる生活費はゼロになるからね。そんな事情があってあたしはここに来たんだ。最初は不安だったけど、ルジっちやマキラっちをはじめ、クラスの皆は優しいし、真剣に学んでいけばいくほど魔法が身につくのも嬉しかったしね」
そう言って何かを思い出すように宙を見上げるナギサ。やがて視線を机に落とし小さくつぶやく。
「だから、ここでの生活は本当楽しかった。……あいつが赴任してくるまでは」
先程よりも怒りの念を込めてナギサが言う。ナギサに代わって自分が口を開く。
「……それが、校舎裏で話していたあの講師のことなんだな」
自分の言葉にナギサが頷きながら言う。
「そ。……あいつの名前はミローヒ=メックって言うんだけど、あたしと地元が同じなんだ。歳が離れているから地元で関わった事は全くないんだけどね」
そう言ってナギサがため息をついてから言葉を続ける。
「んで、ここに講師として赴任してから一回あたしらのクラスにも自信満々で臨時講師に来たんだよ。勿論ルジっちをはじめ、クラスの皆に知識も技術も劣っていたもんだからけちょんけちょんにされたんだけどね」
確かに、ただの講師程度ではナギサ達には敵わないだろう。その中には生徒にやり込められた事に対して恨みを持つ者もいたかもしれない。だが、それで何故ナギサだけが脅迫されなければならないのか。それが分からない。そのため、素直にナギサに尋ねてみる事にする。
「……それで、何故お前だけが脅迫される事になるんだ?お前個人が恨みを買う理由があるとは思えないんだが」
そうナギサに言うと、少し困った表情になりながらナギサが答える。
「……多分、最初は悔しかったんだと思う。講師としてこの学園に来たのにあたし達にあっさりあしらわれたのが。……で、何か報復できないかってきっとあたし達の出生をこっそり調べたんだと思う。そこで、あたしがあいつと同じ地元の出身っていうのが知られちゃったんだろうね」
なるほど。だが地元が同じだけでナギサが脅迫される理由が分からない。そう思っていた自分の表情で察したであろうナギサがこちらに向かって口を開く。
「リカっちが何が言いたいか分かるよ。あいつ……メック家はスワン地方の鉱山の大地主なんだ。それこそ、採掘された鉱物の卸しの七割を占めるくらいのね」
ナギサの言葉に先程までの会話が脳内に思い出される。ナギサの家は鍛冶職人である。そしてあの講師、ミローヒの家は鉱山の大地主だという。……という事は。
そこまで自分が思い至ったのを表情で察したのか、こちらが何か言う前にナギサが言葉を続けた。
「……リカっちにはもう分かったよね。あいつに言われたんだ。『あなたの家がそのまま地元で仕事を続けていきたいのなら、私のものになりなさい』ってさ」
堪えきれなくなったのか、止まっていた涙を再び流しながら震える声でナギサが言った。
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