第3話 リッカ、その才を見せる
自分が魔術学園で臨時講師として働き、数日が経過した。
「先生、この魔法を構築する際に意識する点を教えて欲しいのですが」
そう言って自分の元へ分厚い魔術教典を持ってきた緑髪の少女が声をかけてくる。開かれたページの術式を眺める。
「あぁ……これはだな、術式を組み立てて発動する際、詠唱を唱える直前にもう一度属性をイメージするのがコツなんだよ。言霊を事前に組み立てて即座に唱える魔法より工程が一つ多いと思っておくと良いかもな」
開かれたページを指でとんとんと叩きながら言う。少女は律儀にメモを取りながらそれを聞いている。
「なるほど……どうりで発動の際に何か違和感があると思いました。ありがとうございます、先生」
「おう。また何か分からない事があったらいつでも聞いてくれや」
こちらにぺこりと一礼して席に戻る少女に声をかける。
美しい緑色の髪と瞳の少女はセリエという名で、『地』の魔法を得意とすると事前に渡された資料に書いてあった。物静かで必要以上に言葉を発する事はないが、口にする質問や会話は的確で無駄が無い。教える側としては非常に楽である。
(……あっちの子は、何か自分に話しかけたそうにしているんだが話しかけてこねぇな。こっちをいつもちらちら見ているのは分かるんだが……)
そう思って奥の席の亜麻色の髪の少女の方を見る。こちらの視線に気付いたのか、こちらを見ると視線が合った途端に目を逸らされる。
(確か……あの子はマキラって言ったかな?この名前、どこかで聞いたような記憶があるようなないような……)
そう思っていると、明らかにこちらに向けて敵意を向けた視線に気付く。
(こいつは……分かりやすいくらいこっちを嫌っているな。ま、最初のやり取りからして無理もないか)
最初にこちらに向かって質問を飛ばしてきた銀髪の少女はルジアといい、『炎』を得意とすると資料にあった。最初の会話が会話なだけに、講師となって数日経ったにもかかわらず一度もこちらに声をかけてくる事はなかった。
(だが、他の生徒が『炎』に関する質問をしてきた時は聞き耳立てて聞いているんだよな。気付かれまいとしているようだがバレバレだ。ま、授業を妨害したりとか、ボイコットしている訳でもなし、何かあれば素直に聞いてくるのを気長に待ちますかね)
ともあれ、一部態度や行動に問題のある生徒はあれども、自分のセミリタイア生活は上手くいきそうであった。
(……暇過ぎるでもなし、忙し過ぎるでもなし。うん、このまま順調にいけばベストだな)
そんな風に思いながらも窓の方へ視線を向けて外を眺めていると、大音量の警告音が教室に鳴り響いた。
『緊急!緊急!魔族の残党が学園付近に来襲!初級から上級クラスは速やかに講堂に避難!職員は生徒を速やかに誘導!特進クラスは直ちに魔族の討伐、及び撃退に向かえ!』
警告音が鳴り止むと同時、職員の叫びに近い声が続けて聞こえてきた。
「みんなっ!行くわよっ!」
言うが早いかルジアが銀色の髪を振り乱して教室を飛び出す。
「りょ!」
ナギサがそれに応え、それに続く形で皆が一斉に教室を出て駆け出した。事態を把握出来ぬまま、思わず自分もそれに続き、後ろの方を駆けるマキラに追いついたので走りながら訪ねる。
「なぁマキラ。さっきの緊急放送だけどよ。こんな事ってよくあるのか?んで、その度毎回対処するのはお前たちなのか?」
突然話しかけられて一瞬びっくりしたものの、すぐにマキラが答えを返してくれる。
「……えっ?あ、は、はい。学園で魔術具や呪術品、魔法の研究を行う都合上、それらに引き付けられた魔族が度々こうして襲来する事があります。その都度、講師の方々の引率で生徒を避難、特進クラスの私たちが迎撃及び討伐する形になります」
「……それは、魔王が討伐されてからの話か?」
自分の質問にマキラが少し困惑しながら答える。
「は、はい。魔王が討伐される前にも何度か襲撃はありましたが、魔王が討伐された後はよりその頻度が増えたように思います。統率する魔王がいなくなったため、残党と思われる連中がここだけではなく、地方を襲う様になったと聞いています」
……頭を潰した事の弊害か。魔王を仕留めた事態に浮かれ、速やかに残党処理を怠ったからこういう事が起きたというのは想像に難くない。……あいつら、パレードや旅の自伝を書く前にやる事があるだろうに。この辺りはどうにかして国の連中に訴える必要がありそうだ。
「……なるほどな。魔王という司令塔がいなくなった事で、各地に存在している魔族連中が好き勝手に動き始めたって事だな」
なおも走りながらそうつぶやく。自分の様子を怪訝に思ったのか、並走しながらもマキラがおずおずと声をかけてくる。
「はい。……なので、せん……先生も講堂の方へ避難された方が良いかと。襲来した魔族は私たちで対処しますので」
そう言うマキラに、手を振りながら答える。
「いや、大丈夫だ。それより早くルジアたちに追いつこう。どんな連中か見ない事には対処のしようが無いからな」
自分の返答にマキラが困惑しながらもそのまま走り続け、魔族の元へ足早に駆け出した。
「遅いわよマキラ!……って、何であんたも来てんのよ!」
マキラと共に襲来した魔族の元に辿り着くと、既に魔族と対峙していたルジアがこちらに向かって怒鳴る。
「落ち着け。今は目の前の魔族に集中しろ。足手まといにはならねぇよ」
そう自分が言い返すと、慌ててルジアはすぐに魔族の方に向き直った。
「……分かってるわよ!せめて離れて見ているか、危険だと思ったらすぐに逃げなさいよ!」
そう言ってルジアと数名が魔族と向き合う。マキラが自分に向かって話しかけてきた。
「せ、先生。私もルジアさん達の元に向かいます。ルジアさんの言う通り、巻き添えにならない様に離れていてくださいね」
「あぁ。お前たちに迷惑はかけないよ。気を付けて対処してくれな」
自分の言葉に頷き、ルジアたちの方へ駆けていくマキラ。
(さて……ひとまず様子見と行くか。連中の実力もだが、魔族の状況を確認しないといけねぇからな)
互いに様子見のようで、魔族もルジアたちもお互い牽制しあっている。今のうちに魔族の様子を確認する。
(……見たところ、はぐれ魔族の類だな。魔王の直属の残党とかじゃなく、統率者を失って好き勝手に行動しているタイプの奴か)
魔王が討伐された事により、行動に制限がなくなり自由気ままに動く魔族と、自我を持って己の意思で目的を持って行動する魔族に二分された。こいつはおそらく前者だろう。
(……肝心の強さだが、こればかりは相手してみねぇ事には分からねぇ。ひとまず、こいつらとの戦いの様子で確認しなきゃな)
そう思った時、ルジアが先に仕掛けた。魔族に向けて手を開き詠唱を唱え始めた。みるみるうちにその手に『炎』の魔力が展開される。
(……言うだけあって優秀だな。魔法陣を構築するイメージがきちんと出来ているのが分かる。あとは最後に自ら決めた言葉で詠唱を発動するだけだな)
そう思っていると発動条件を満たしたルジアが、声を張り上げ魔法を唱える。
「『集えよ紅蓮!我が業火』!」
炎の渦が螺旋を描きながら魔族の方へと向かう。魔族が動くより早く、ルジアの放った魔法が魔族に炸裂する。瞬間、爆音と共に火柱が舞う。
(……やるな。威力も速度も申し分無い。単純な火球じゃなくて螺旋状にイメージして発動出来る点も流石だ。これが『特進クラス』の実力って事だな)
「やったわ!」
「ナイスだぜ!ルジっち!」
魔族に魔法が炸裂した様子を見て、連中が口々に叫ぶ。
「まだだっ!」
自分の声に皆が一斉にこちらに振り返る。
「は?何言ってんのよあんた?見事に炸裂したじゃ……」
ルジアの言葉を遮るようにもう一回叫ぶ。
「馬鹿!こっちじゃなくて前を見ろ!そして向こうの気配を探れ!」
自分の言葉に全員が前を向く。煙が徐々におさまり視界が開けてくる。そこには魔族が何事もないように立っていた。
「嘘……確実に直撃させたのに……」
動揺しているのか、ルジアが珍しく狼狽える。
「おそらく、特定の属性に耐性を持つタイプだな。あの威力でかすり傷程度なら『炎』の耐性は少なくとも持っていると思って間違いねぇな」
「あんた、一体何者……」
ルジアが口を開いたその時、近くにいたナギサが叫ぶ。
「……なら!違う属性で仕掛ければ良いんだよねっ!」
そう言ってナギサが詠唱を唱える。
「『弾けて候、放つは礫!氷散乱弾』!」
ナギサの手から無数の雹弾が放たれる。何十発もの雹弾の七割近くが魔族に命中する。
「どうよ!『炎』に耐性があるなら『氷』や『水』は逆に効くっしょ!」
そう言いながら、雹弾を命中させた魔族から視線を離さぬまま叫ぶ。
が、魔族は先程と変わらぬ姿でこちらを見つめている。驚いた表情でナギサが言う。
「嘘……『氷』も駄目なの?じゃ、一体どうすれば……」
「焦るな。効かなかった反対の相性を放つってのは、定石だし基本だ。お前の判断は正しいよ。……だが、魔族にとっては厄介な事に相反する属性それぞれに耐性を持っている奴もいるのさ。酷い奴はそれに加えて複数の耐性を持つ魔族もいるからな」
自分が説明していると、魔族がついにこちらに視線を向ける。どうやら、最初の一撃を放ったルジアに狙いを定めたようだ。
「……来るぞ。気を付けろよ」
そう自分が言うと同時、魔族がルジアに向かって襲い掛かる。ルジアが反応する間もなく、魔族の腕がルジアに振り下ろされる。
「なっ……早いっ……!」
咄嗟の事で反撃も回避も出来ずにその場に立ち尽くすルジア。……うん、この辺りか。
「『紡げ光よ、閃光の障壁』」
次の瞬間、振り下ろされた魔族の腕はルジアに届く前に防御結界に阻まれていた。
「な……」
何も動けないまま、もはや魔族の一撃をくらう事を覚悟していたルジアが目の前の光景に目を見開き茫然としている。攻撃を防いだまま、ルジアに声をかける。
「おい、いくらなんでも諦めるのが早すぎるぞルジア。今の状態なら攻撃を回避しつつ、新たな属性で魔法を放つか他の属性が得意な連中に指示を出す余裕は充分にあったぞ。……ま、こいつはちょっとお前たちだけで対処するには少しばかり厄介だったのは否めないがな。今後の反省材料としてしっかり覚えておけよ」
魔法の発動時間が限界を迎える前に、魔族の腕を弾いて弾き飛ばし、狼狽している魔族に向けて構える。脳内で魔法陣を構築し、詠唱の準備に入る。すぐにこちらに魔族が襲いかかってくるが、詠唱を唱えるには充分余裕があった。自分に襲い掛からんとする魔族に向けて魔法を放つ。
「……『輝け光よ!光刃の砲撃』!」
次の瞬間、自分の放った一撃によって魔族の体を貫く。その場に崩れ落ちた魔族が完全に絶命しているのを確認して、未だ地面にへたり込んでいるルジアに声をかける。
「おう、もう大丈夫だぞルジア。最後の対処は要反省だけど、その前までの攻撃のタイミングや魔法の発動は流石だったな。咄嗟の事態に備えて動けるように意識するともっと良くなるぞ」
そう声をかけると、我に返ったようで立ち上がり自分に捲し立てるようにルジアが叫ぶ。
「何なの!何なのよあんた!……一体、これってどういう事なのよ!」
叫びながら自分の胸ぐらを掴み、顔と顔が触れ合う距離でルジアが捲し立てる。いや、近い近い。
「あぁ。お前を守った魔法と、あいつを仕留めた魔法はお前たちじゃ見た事はないだろうな。既存の書物や資料じゃ目にする事はまずありえないと思うから、お前ら特進クラスでも初めて見たかもしれねぇな。あと、苦しいから手は離してくれるか?」
そこまで自分が言ったところで、ルジアがようやく手を離すものの、更に声を張り上げて叫んだ。
「……違うのよ!そこじゃない!私が聞きたいのはそんな事じゃないのよ!」
絶叫に近い形で叫ぶルジアに圧倒され、思わず言葉が出てこない自分をよそに、そのままの勢いでルジアがまた叫ぶ。
「……何で……!何で男のあんたが魔法を使えるのよ!」
自分も含め、特進クラスの面々が立ち尽くす中、ルジアの絶叫が辺りに響いた。
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