Wizard CLUB!!!〜前科三犯の侍、国も身分も捨てて剣術だけで魔術の世界にカチコミに行こうと思います〜
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第1話 ちょっと侍辞めますね
「私、侍辞めるから」
少し高くてよく澄んだ声が、広く静かな屋敷に響く。
ヒノモト特有の木造建築の屋敷、その広間にて。
ゾッとするほど美しく長い刀身……刀を携えた侍、不知火あやめは静かに、こともなげに告げる。
歳の頃は15ほど。160に届くか届かないかほどの背丈に青の羽織をかけ、長い髪を襟足でまとめている。顔立ちは少々幼く、快活な少女にも中性的な少年にも見える不思議な容姿だ。しかし、それとは裏腹に凛とした雰囲気を纏い、頼りなさを一切感じさせない。この歳でそのたたずまいのみで、歴戦の戦士を思わせる。
そこに向かい合うのは、60半ばの好々爺だ。筋骨隆々のその体躯と顔の傷。老いてなお数多の侍を木刀一本で薙ぎ倒すその様はまさに百戦錬磨。瀬戸の長崎貞盛といえば武士階級では有名であり、自身の目標は生涯現役であるらしい。
そんな強者2人が作る空間は……まさに異形の二文字に尽きる。
「そうか……」
ずずっ、と茶をすする貞盛。奇妙な沈黙、沈黙、沈黙……。
「ぬぅあにいいいいいいいい!?!?!?お前正気かああああああああああ!?」
「もーそんな大きな声出してさ、脳の血管やっても知らないよ?もう年なんだし」
目ん玉ひん剥いて吠える貞盛に、あやめは引くどころか老介護する介助者のようにやれやれと肩をすくめ、あっけらかんとした態度で宥める。
スバァン!!!と机を平手打ちし貞盛は更に捲し立てた。
「これが健康を気にしてられるかァッ!え、なに、なんなの?侍ってそんな軽い感じで辞めれるやつなの?違うよねえ絶対違うよねえ!しかも辞めてどうするつもりだそもそも働く気あんのか!?ぼちぼちニートが許されん年齢になってんだぞオイ!」
「私にそんな殊勝な心掛けがないのはじいさんがよく知ってるじゃん。だから今まさにせっせとスネかじってるわけで」
「えばんなっ!てかこんな老いぼれ捕まえてよくスネかじろうとか思えるな!ちょっとは情けなく思え!惨めに思え!」
「こっちだって好き好んでしわしわスカスカのスネかじってるわけじゃないし。どうせなら常盤御前みたいな美人に養われたい。じじいはもうちょい食べた方がいいんじゃない?小魚食えよ……痛い痛い痛い!!!ギブギブギブ!!!」
舐めた口きくあやめにアイアンクローをかます、60とX歳。
ジタバタしてなんとか貞盛の右手から逃れると、慣れた手つきで急須に手を取り、コポコポ……と茶を汲みなおす。
「まあお茶でも飲んで落ち着きなよ」
「茶はさっき飲んだ!でも頂きます!」
ずずっ……ふう。
カ……コンッ
ししおどしの音が静寂に響く。
先ほどまでの緊迫した雰囲気が霧散する。貞盛は暴れて若干乱れた衣服を整え、静かに言葉を紡ぐ。
「あやめ……お前、何考えて辞めるなんざ言い出しとるんじゃ。侍ってのはな、特別な身分なんだ。気楽になったりやめたりする代物じゃあない」
再びその場に緊迫が走る。貞盛の雰囲気は先ほどまでのそれとは違う。視線を、意識を、強制的に自身に向けさせる『何か』がそこにはあった。
「そもそも侍が生まれたのは数百年前。当時は釈迦死亡後二千年を経過した末法の世だった。世相は混乱し、戦乱、疫病は耐えんかった。そんな中、己の家族を、先祖伝来の財を守らんがために武装した……それが武士の始まりだ」
一方あやめは……ぼんやりとお茶をすすってる。
「わかるか?つまり侍というのは、政治家でも、高貴な身分に仕える身分ではない。己の、世界の運命に抗い、大切なものを守る。身分ではなく生き方、在り方そのものよ」
あやめは懐からキセルを取り出した。煙がお茶の湯気と混ざり合う。ふぅっ……と白い息を吐いた。
「侍はその後の末法の世においても、時の朝廷が解決できなかった紛争を武を持って次々に解決していった。当初は武士を低階級のままごとと嘲った朝廷すら、武士の力を借りなければまともに世の平和を保てなくなり……結局、リスクマネジメントができない朝廷の存在意義は失われ、政務を委任される形で武家政権が誕生、世を動かすことになった」
キセルの葉を飲み終わった湯呑みに落とす。
「今と昔、侍の役割は変わりつつある。だが時代が移ろうとも、その本質は同じよ。決して屈することなく、絶望にも、運命にすらも抗う気骨こそが…ってさっきから聞いてないだろお前えええええええ!!!!!」
「ああっ、私のキセル!」
ついにブチギレた貞盛にキセルをぶん取られ、庭に放り投げられる。それを四つん這いで必死に追いかける様は一周回って愛嬌がある。ちなみにヒノモトでは元服していれば喫煙OK。
「聞くも何も、その話何回も聞いてもう飽きたんだよね。別の話しない?最近さあ、じいさん行きつけの甘味屋に可愛い女の子が働きだしたらしいよ?」
「やかましいわ、でも後でその話詳しく」
貞盛は若い娘が大好きなのだ。この歳で。
キセルを取り返し、あやめは再び元の位置にズカッと座り込む。
「で、ヒノモトは侍が治める平和な国にになりましたって?それ過去の栄光じゃん。いつの時代の話してんの。もう十年前のことじゃん」
「うぐっ」
「二十年前、南蛮国から伝わった神の御技……『魔術』。当時の侍たちは悪魔の術として禁呪令を出したが、朝廷たちは南蛮からの学問と称してこっそりこれを研究」
当時、政務機能を完全に失っていた朝廷は、有識故実や南蛮学問といった学術研究を行う研究者となっていた。だが腐っても元権力者、その身分には侍も敬意を払うほどであり、武家と比べれば取るに足らないまでも、多少の求心はあった。それゆえ、人やコネを使って学術研究と称した南蛮由来の学問の中に、秘密裏に魔術関連の書物を混ぜておくことも難しくはなかった。
「結局、その十年後、魔術を身につけた朝廷魔術軍よるクーデターで武家政権は瓦解。武力を権力の根拠にしてた戦いのプロがまああっさりと、お勉強しかできないと思ってた集団に負けちゃったと。そりゃそうだよねえ、刀振り回したって遠くから炎や吹雪ぶっぱなされたら普通勝てないって」
「うぐぐっ」
あやめはそう言ってケラケラ笑う。
今語られた武家政権打倒から朝廷への政権復帰という時代の転換点とも呼べる一連の出来事、それを確定させた世紀の大戦争……魔術朝廷軍vs武家政権の戦は十月十四日の政変と呼ばれ、侍にとってはらわたが煮え繰り返るほどの屈辱的な事件なのだが……どうもあやめという人物にはこの件についてその辺りの感情はないらしい。
「その後は知っての通り。武力によって権威を補強した朝廷が再度トップに立ち、今度は士族弾圧政策を連発。それに反発した不平士族の反乱も度々起こっていたけどすべて鎮圧され、最大規模の反乱たる狐火の乱での敗北を最後に武装蜂起すら潰え、もはや侍は絶滅危惧種…いやあ、朝廷も相当鬱憤たまってたんだろうなあ〜。まー本来国の知行権は全部朝廷のものだから、自分の無能ゆえとはいえ、それを根こそぎ奪った侍なんか許せるはずもないよねえ」
そもそも元の権力者たる朝廷も、古代神武天皇が小国を武力で制圧、統一したことが始まりである。尊王斥覇などあったものではない。いつの時代も最初は徳ではなく武で治めるのが権力者というものだ。
「今や侍は旧時代の遺物……人々の尊敬どころか腫れ物扱い。帯刀に関しては今のとこ放置だけど、『あいつなんで殺しの道具持って闊歩してんの?こわっ』みたいな目でみられる始末……」
そう言って、刀を手に取る。
「いっそコレ、売ろうかなあ。南蛮じゃ美術品としてマニアが高く買ってくれるらしいし」
「なに文字通り魂売ろうとしてんだ馬鹿野郎!!!!!」
ちなみに刀は武士階級を示すステイタスシンボルであることから「武士の魂」と言われ、侍にとっては自身の命に等しい代物なのだが……。
「だってどうせ侍辞めるならこんなんいらんし、最近金欠気味だし、これ売った金で女の子と遊んだ方が有意義じゃん」
「最低だ!売ることも最低な上カネの使い道も最低だ!」
とことん侍を舐め腐った態度、もはや貞盛も臨界点などすでに超えていた。
「だいたい、お前侍辞めてどうするつもりだ!ええ!?商いでも始めんのか!」
「あははっ、無理無理!私に商才ないし、アレリスク高いし、だいたいの侍は失敗してるし、そもそも先立つものもないし」
「そーじゃろ!だったら……ッ!」
貞盛が何かいう、それを遮って
「私、南蛮行くよ」
「……ほえ?」
またとんでもない発言が飛び出した。
「南蛮?」
「うん、南蛮」
「魔術の発祥地の?」
「うん、あの南蛮」
「…………そっかあ」
ついに虚な目で虚空を見上げ始めた。
「あれま、随分落ち着いてんね、てっきりまた大暴れするもんかと」
「……ちょっと脳の処理が追いついてない」
「まあ歳だし、そろそろ終活も考えた方がいいんじゃない?」
そうして、あやめがまたキセルをふかして一息ついていると。
「ふっ……ふざっけんなああああああああああ!!!!!!!!!!」
ずがっしゃあああああん!!!!!
湯呑みもろとも机を吹き飛ばす。貞盛ははもはや鬼神のごとく烈火に燃え上がり、その殺気のみで周囲を圧殺せんばかりの勢いだ。
「あ、復活した」
「おまっ……!何考えてんの!!?南蛮てあれじゃん!ヒノモトに魔術持ち込んで、わしらをここまで追い込む遠因になったあの国じゃん!?まじ何考えてんの!!??」
「理由は二つ」
それまでの弛緩した空気とは一変、あやめが真剣な表情で二本指をビシッと突きつける。
「一つ、このヒノモトにもはや侍の居場所はないこと。これは私の勘だけど、おそらく近い将来、最後の大規模士族討伐戦争が起こる」
「ッ!」
「侍はもはや反乱すら起こせないところまで追い詰められてはいるけど、私らのような勢力もまだ残存している。朝廷連中は今すぐにでも根絶やしにしてやろうって思ってるはずだよ。あとはきっかけだけの話さ」
「……」
「そうなったら問答無用であの世行き。多分今から手を打っても遅い……特に私なんか、どう転んでも間違いなく抹殺対象だ。かといって残存士族を全国からかき集めたところで蟻とゴリラの戦いに勝ち目はない。なら国外逃亡が一番生存率が高いでしょ」
私なんか、そう意味深に自嘲するあやめ。
「……二つ目は?今の話だけなら、他にも逃亡先はある。わざわざ南蛮である理由がない」
「二つ目、魔術は今、間違いなく世界の中心にある技術……。おそらく今後は魔術の開発に遅れた国から脱落していくことになる」
ゆっくり、一つ呼吸をおく。
「流行りにはのっときたいなって」
「最低だ!最低の理由だ!謝れ!全国各地の侍に、今すぐ謝れええええええ!!!」
急に飛び出た俗な理由。侍を滅ぼした魔術を『流行ってるから』という理由で乗っかる軽さ。もう吠え散らかすしかない。
その怒号たるや、今すぐにでも血管がぷっつりいってしまいかねない勢いだ。
「てかそれ!思い切りわし見捨てて逃げるやつじゃん!ふざけんなよ誰が孤児のお前拾ってここまで育てたと思ってる!三年!三年だぞ!恩とかねえのか薄情者!!!」
「まあじいさんならしぶとく生き残るかなって、ファイ!」
「何その嫌な信頼!」
もう怒りを通り越して涙すら出てきた。ふーっ!ふーっ!と荒い息であやめを睨みつける
「そんなわけで、私は今日にでも出るよ。まあ今日まで世話になったね。……私が今生きてるのは、間違いなくじいさんのおかげだよ。そこだけは礼を言っとく」
話は終わりだ、といわんばかりに立ち上がるあやめに
「待て」
貞盛が、威圧的に引き留める。
「このまま……黙って行かせるなんぞ、思っとらんわな?」
その目にはもはや先ほどのようなコントじみた怒りも、おちゃらけた雰囲気もない。達人のみが放つ練り上げられた闘気。素人なら即、生存本能を無理矢理引き起こされる威圧感。それだけで空気が震える錯覚さえ起きる。
「ここを通りたきゃ、ってやつ?ずいぶん古典的な展開じゃん」
「だが、道理だろう?」
貞盛はニヤァと悍ましい笑みを浮かべる。
「彼の国の魔術師はヒノモトの朝廷軍率いる魔術師団とはわけが違う。当然よなあ。連中は何十、何百年かけて独自に研究、発達させ、民衆すら魔術を扱えるものも少なくないと言われる老舗。たかが二十年魔術をかじった程度のなんちゃって魔術軍など、比べるまでもなかろうて」
貞盛の言葉は的を得ている。南蛮国、とりわけ魔術発祥の地とも呼ばれるエルドランド王国では、近年その政治方針により、多くの民衆が魔術を学べる体制が整えられつつある。
さらにその教育の中で魔術の才を見出された者が、国が保持する魔術師団に加わる。紛うことなき選りすぐりのエリート集団だ。
そんな国の魔術軍事力に比べれば、ヒノモトの朝廷軍の魔術など児戯にも等しい。仮に南蛮国と戦争になった場合、瞬く間にヒノモトは植民地と化すだろう。
「要するに…わしすらも超えられん童が、化け物揃いの国で生きていくなど…笑止。そんなやつは、遅かれ早かれ死ぬ。ならばここで全霊をもって止めるのも、また親の愛」
瞬間。
剛ッ!!!
そう言うやいなや、着物をはだけさせ、その鍛え上げられた肉体があらわとなる。
それは例えるならまさに金剛力士。老いてなお衰えない気迫は威力で導く不動明王を彷彿とさせる。
「まあ、そうなるか」
しかし淡々と
「でもそういうことなら、もう勝負はついてんだよね」
淡々と、そう答える。
「……ほう?」
さすがの貞盛も訝しむ。
「まさか、やるまでもない、と?舐められたものよなあ。老いたとはいえ、まだまだ現役。いくら相手があの伝説の侍といえど、そう遅れを……」
「いやそうじゃなくって」
予想外のワードを、告げる。
「もう終わってんだよ」
ガクン!急に膝から力が抜ける。頭はなにか重量物がのしかかったかのように重く、目は開けているにも関わらず視界が曖昧となる。
意味がわからない、貞盛が動揺していると。
「やーっと効いてきた。タイミングばっちし」
ケタケタ笑う、あやめが映る。
その表情をみて、貞盛は痛烈に悟る。
「おまっ……!!!一服盛ったなあ……ッ!」
「どうせこうなると踏んでたから、予め。いやあ、自分の描いた絵の通りに事が運ぶってほんっと気持ちいいなあ」
「……ッ!」
悪びれもせず、へらへらとそんなことをのたまう。
「(いつだ……ッ!いつやられた……ッ!)」
貞盛とて簡単に盛られるほど蒙昧したつもりはない。停止しかかる頭で必死に考えを巡らす。
そして思い当たったのは先刻の一幕。
『まあ、お茶でも飲んで落ち着きなよ』
「(あの時……ッ!)」
気づいた時にはもう遅い。
すでにその鍛え上げられた身体は支え切れずに地面に伏し、あやめを見上げるが精一杯となっている。
「……ッ!卑怯……なッ!……正々堂々を……ッ、知らんのか……ッ!……侍だろうッ!」
途切れかけの意識で、ギリギリあやめを非難する言葉を紡ぐ。
当のあやめには……その言葉は刺さらない。
まるでそうするのが当然のように。
「だから、もう辞めたんだってば」
それが、直前に貞盛が聴いた、最後の言葉だった。
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