第2話 あれは本当にあった風景なのか?
僕は震災があった旅先からなんとか生還した。
古くてぼろい社員寮に戻れた翌日から、しっかりと働いた。肉体労働で、ものすごく腹が減る。
干物工場で働いていると、終業時にできそこないの干物をもらえることがある。
形は悪いが、味は上物と同じだ。失敗作の鯵の干物をおかずにご飯を食べる。
干物なんて大嫌いだったが、生還後に食べたら、不思議と美味しく感じた。
結局、僕は自力でトンネルから抜け出し、棚田を見た。
書きかけの遺書は記念のメモになった。
棚田は田植えをすませたばかりだった。陽光を浴びて水面はきらきらと輝き、冬眠から覚めたカエルが泳いでいた。崖崩れがあって一部が土砂で埋まっていたが、それでも美しかった。
しかし、死を覚悟したときに見た夜光虫の光の方が、より美しかったように思う。
あれは本当にあった風景なのか、自信がない。
思い返すと、この世ならざる風景だった。
ふわりふわりと光が舞っていた。
幻覚だったのかもしれない。
棚田のそばにこじんまりとした中華料理屋があった。
夫婦らしいおじさんとおばさんが割れた食器のかたずけをしていた。営業していなかったが、僕が旅のさなかでトンネルに閉じ込められ、長時間なにも食べていないと話すと、気のよさそうなおじさんがラーメンをつくってくれた。
なんの変哲もないチャーシューとメンマ、ナルトがのった醤油ラーメンだったが、生を実感する旨さだった。
干物も悪くない。
生還した僕のために、社長の娘さんが焼いてくれた。
なんでトンネルなんかに閉じ込められたのとたずねるから、どうせ理解されないだろうと思いながらも、廃墟を巡るのが好きなんだと話した。
五歳年下の女の子は、予想に反して旅の話を興味津々で聞いてくれた。
わたしだって去年ひとりで軍艦島に行ったのよ、と言った。
若い女性がひとり旅の行き先に選んだ場所としては、めずらしいかもしれない。
「楽しかった?」
「ちょっと気持ち悪かった。でもそれがよかった」
奇縁だ。彼女には廃墟好きになる素質がある。
「軍艦島よりもっとディープな廃墟が日本にはいっぱいあるよ。次は山奥の鉱山跡とそこの労働者たちが住んでいた廃村に行こうと思っているんだ」
僕はこりもせず、次にどこの廃墟に行くか話している。
「面白そうだね」
「危険すぎてきみは連れていけないけれど」
「帰ってきたら写真を見せてね」
そんな危ないところには行くな、とは言わない彼女に好意を抱いた。
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