第10話 初めての女性の部屋

咲耶に手を引かれて咲耶の部屋の前に立った緑箋は、

女性(女の子だが)に手を握られたのは、

小学校の時の運動会のダンスの練習で、

ペアの女の子に泣いて拒否された時のことを思い出した。

女の子は一度覚悟を決めて練習を再開したのだが、

やっぱり無理と泣き出してしまって、

なぜかその責任を負わされて、

女子全員から罵られて拒否されて、

結局ソロダンスになったのだった。

そして女性の部屋に入るのは初めてだった。


そんな緑箋の複雑な心境を知らず、

咲耶は緑箋を部屋に引き入れた。


可愛らしい、いい匂いがする女性の部屋。

ということを夢見ていた緑箋が見た部屋は、

緑箋の部屋の倍以上はある大きな部屋だったのだが、

その部屋の中央に50cmほどの箱が置いてあるだけだった。


「荷物はあれだけ?」


緑箋は思わず口に出していた。


「ん?そうやけど、結構荷物少なめにしてきたんやで」


緑箋は少なめにしては少なすぎるんじゃないかと思っていたが、

咲耶は気にすることなく箱に手をかざした。

箱が綺麗に消えて中身が姿を現した。


「ごめんやけど、ちょっと下がってくれるかな」


二人は入り口まで下がると、

箱の中身が徐々に大きくなっていく。

緑箋の部屋にあったものとはレベルが違う調度品が並んでいく。


「これは便利だなあ」


緑箋は心の声が漏れてしまっている。


「緑箋君、これも初めてやった?」


「うん、初めて見ました」


「そうなんやね。

見て通りなんやけど、

ものを小さくして運べるようにしてんねん。

小さくする魔法ももちろんあるんやけど、

ずっと小さくしていると魔力も使い続けなあかんから、

しんどいねん。

だから箱に魔力を込めて維持できるようにしてるんや。

これでいろんなものを持ち運びやすくしてるんやで。

魔力の量によって運べるものの総量も変わってくんねん」


「なるほど。

しかも転送できるからほんとに楽ちんなんだね」


「そうなんやで!

引っ越しも楽々なんや」


こういう時、なぜか咲耶が誇らしげにしている。

新しいことを教えられたことが嬉しいのかもしれない。

そんなことを話しているうちに箱の中のものが大きくなっている。


「じゃあ悪いんだけど、緑箋君手伝ってくれるかな?」


咲耶はテキパキと指示しながら、

魔法で物を浮かせて、

それを緑箋が動かすことで微調整して整えていく。


「おおまかに移動させるのはやれんねんけど、

細かく移動させるのは結構難しいねん。

やりすぎて破壊したりしたらやわやしな。

緑箋君がいてくれて助かったわ」


緑箋はほとんど力を入れることもなく動かせているので、

そんなに感謝されるようなことはしていないと思っている。

そしてまだ箱の中から出てきた箱が残っているのだが、

まだあの中には調度品が入っているのだろうかと考えていた。


「あの箱はもう小物が入ってるだけやねん。

だからもう大体は終わってん。

あとはうちがゆっくり片付けるから大丈夫やで」


咲耶は心が読めるのかもしれないと緑箋は思っていたが、

これは単に咲耶が人の観察力が高いことと、

緑箋の気持ちが意外と顔に出やすいというところが大きい。

以前の世界とは違って緑箋が人に受け入れられやすくなっている、

これは大きな変化の一つだろう。


「じゃあ緑箋君。

ちょっと探検しに行こうか。

今のうちなら寮を見放題やで。

緑箋君も慣れておかないかんわ」


咲耶はもう決まったこととして話を進めている。

緑箋は正直もう少しゆっくりしたい気持ちもあったが、

確かに今のうちに寮のことを知っておくのも悪くないと思っている。

緑箋もこの世界を楽しみ始めていた。

少しは積極的に行動した方がいいかもしれない、

どうせ一度死んだんだし、

延長戦みたいなもんだなと考え始めていた。


「よし、じゃあ咲耶さん、お願いしようかな。

寮のことを教えて!」


「お、そう来なくっちゃ!

緑箋君もわかってきたな。

よし、じゃあ出発!」


二人は部屋を出て、探検の旅にでることになった。


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