いつか

鈴宮縁

いつか

 海へ行こう。幼なじみのはるかと大学の夏休みに向けて旅行の予定を立てて、いざ来てみればなんとも言えないくもり空。泳ぐ気にもならない。ただ散歩をしてくると遥に声をかけて、午前10時、私は天気のせいなのか人の少ない浜辺へと向かった。

 こつ、とつま先にかたいものが当たる。そこには一本の瓶が転がっていた。浜辺に瓶を捨てるだなんて、そう憤りかけて思い直す。

「ボトルメールってほんとうにあるんだなあ」

 物語の中でしか見たことのない見知らぬ誰かからの手紙だった。ほんの少し心が踊る。

 でもそんな時間も一瞬で、中身を見ればそこに並んでいたのは異国の言葉。残念ながら私はそれが何語なのかわかる教養すら持ち合わせてはいなかった。落胆しながら、さっさと瓶に手紙を戻す。海へと戻そう、そう思った。私ではない誰かの元へ届けばいい、そう思った。

つむぎ、ポイ捨てはダメじゃん!」

 背後から突然、遥の甲高い叫びが聞こえる。

「ポイ捨てじゃないよ、野生のボトルメールを海に返すの」

「えっ何? 紡が書いたの?」

「野生のって言ったじゃん。流れついてきたやつ」

 遥は首を傾げる。

「どゆこと」

「読もうとしたら、言葉わかんなかったから。戻すの」

 なるほどね、遥はそう言うとスマホを取り出す。

「翻訳、しちゃえばよくない?」

「何語かもわかんないのに?」

「カメラで読み取ったら翻訳してくれるアプリあるよ」

「頭がいいね」

 遥はふふん、と不敵に笑うと胸を張る。

「頭よくないから知ってんの。和訳課題とか、これ使うといいって先輩が」

「えらそうに言うことじゃないなあ」

 再度、瓶の中の手紙を取り出す。相変わらず並ぶ知らない言語に少し目眩がする。授業でよく学んだはずの英語すら、拒絶反応が出るほど理解ができないのに、見知らぬ言語はなおさらだ。

 遥のスマホのカメラがそこに向けられたことで、ようやく見知った言語が並んで私は安堵した。つかの間、精度の低い翻訳によって並んだ文字列は意味不明で、私と遥の顔はどんどんくもっていった。

「あ、ちょっと待って」

 遥はそう言うと、ホテルのほうへと走り去る。しばらくすると一枚のポストカードを持って戻ってくる。

「住所と、意味わかる人は教えてって書いて入れよ」

 いつか、返信は来るのだろうか。異国の誰かにも、私たちにも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか 鈴宮縁 @suzumiya__yukari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ