38話 エンリ VS タマガワ ヤスリ
「———!!!!」
「ぎぁぁぁぁぁぁぁあーーー!?!?!?」
「お、おらっ…死ね、死ねぇ!!!」
敢えて残していた女や子供、老人も含めた人間や魔物を闘技場内に放って戦わせ、それを1番上にある観客席に座り、阿鼻叫喚の叫びを肴に、どこかから奪ってきた酒を口に含んだ。
「………不味い。つまらん…失せよ。」
下を強く睨んだだけで、闘技場内の人間も魔物も、抵抗する事も出来ずに内側から爆ぜた。
これで…19試合目。
「?…おかしいのう。昔は楽しかったんじゃが…」
驕る人間どもを虐殺し、鏖殺し…呪い殺す。それがワシの使命にして生き甲斐じゃというのに。
「次の試合は…はは!!殺したつもりじゃったが、生きておったか。」
「エンリ…僕は、」
凡人が下らぬ事を言う前に、ワシは酒瓶を投げ捨てて、血みどろの闘技場の上に地表を砕きながら着地した。
「その刀。やはり今の所有者はうぬじゃったのか。ワシがそれを持っていけなかった理由としては…納得じゃな。」
「やっぱり……戦わなきゃ…駄目なのか?今なら、引き返す事も…エンリがその『討伐特権』を僕に渡してさえくれれば…」
この凡人は何処までいっても……
「…はっ、はは…はははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」
「…っ!?」
「『討伐特権』…か。少しは賢くなったようじゃな凡人…じゃが、ワシが大人しく従うと…本気で思っておったかの?」
「……。」
ワシは闇から鎌を取り出した。
「構えよ…この世界を救いたいのなら、『原初の魔王』であるワシを力ずくで止めてみせよ。蛆虫の様に踊る事を許す…かかってこい。」
——凡人…タマガワ ヤスリ
……
…
時は少し、遡る。
「……ごめんなさい。僕は寝ているカオスちゃんを連れて戻らなければいけない用事が出来たので…鑢さんの事を手伝えなさそうです。」
「……すぅ…むにゃ……エクレール…いかないで…一緒に……ぐぅ」
「…エンリちゃんの事をお願いします。それと…これはアンさんからの贈り物です。味見はしないでと言われたので保証は…いいえ。確実に美味しいのでどうぞ…また何処かで会えたら恩返しも兼ねて、とびきりのご馳走を振る舞う事を約束します。」
誰かに異物を口の中に入れられて、その味に舌鼓を打ちながら僕は飛び起きた。
「何これめっちゃ美味しい!!!…ん?あれ、斬られた傷が…ない?というか…」
僕の側には料理が盛られていたであろう皿があるのみで誰もいなかった。ふと制服を見ると、バッサリとやられた後があるのに。まるで体がひっついたみたいな…
かかっ。やっと起きやがったか変態小僧。
「……?」
僕は地面に刺さっていた刀を引き抜いた。長さの割にはとても軽く、試しに振ってみた感じ…扱いやすそうだ。
おいおい。シカトかよ…って。ああ…小僧にゃあ儂の聞こえねえのか。嬢ちゃんみたいな奴の方が稀だったな。つーか刀の振り方、下手くそだなぁ…姿勢も何もかもがなってねえ。
「あ!?さっきから誰だよ!!!僕の事を馬鹿にしやがって…早く出てこいよ!!僕がこの刀の錆にしてやるっ!!」
主の刀が主の刀をどうやって斬るんだ?かかっ。試しに見せてくれよ。
「…か、刀が…喋った?」
僕は持っている刀を観察するが、喋っているであろう口とかは特に見つからなかった。
…へへっ。そうか…そこにいるのか。小僧。いい嫁さん持ったな。
「アンが…?いや、今はそれよりも…エンリの事を…」
『受肉』……魔力体が完全に現世へ降臨する手段。しかし受肉直前は本来の力は振るえず、種族も受肉に使った肉体と同じになる。
受肉する方法は様々で、エンリが取った方法は最も簡単な手段。
———生者の肉体を捕食する。
(って、これ…サビの記憶か!)
するすると知りたい事が出てきて、内心ドン引きだ。だからこの刀…武器の正体もすぐに分かった。
「お前は…元鍛治神の遺作『
かかっ…正解だ。よく儂の名を知ってたな。嬢ちゃんも知らなかったと思うぜ?
「その武器の最大の特徴は、使い手の魂の本質によって形やその威力すらも変動する…のか。へえ…僕の本質ってこんな感じなのかぁ…」
いんや小僧。それは違うぜ…これはな、お前が…あいつと魂が同化していた時に初めて、掴みやがったからこの形になっただけで、今の小僧なら…槍とかにでもなってたかもな。
「…槍か。」
——ヒャハハハハハ!!!!
アマス王国で聞いた狂笑が脳裏で流れて、反射的に顔を顰めて…鞘のない刀を肩に担いだ。
何処か行くあてでもあるのか…小僧?
「ああ。お前…ストスにも役立ってもらうからな。」
ストス…かかっ。所詮、儂は道具。今回は危なっかしい主に当たったが…これもまた一興か。
「と。カッコつけちゃったけど…これからどこ行こっか?」
知らねえのかよ、知ったかぶりが!!!
「…っ、だって…強者の気配を探るみたいな能力とか、そんな都合のいい能力ないもんっ!!」
いつまでも刀と口喧嘩していると、ちょんちょんと肩をつつかれて、振り返った。
「…ナハハ。何やらお困りでありますねぇ?」
…
そして、現在に至る。
(……って言ってもか。)
居場所を知らなかった僕を最後まで導いてくれた、元親友と闘技場の入口で倒れていた…あの兵士さんのお陰で、こうしてこれた訳だ。
——…娘はすぐに成長し、反抗するものだ。それをある程度の所で抑制させる事が…親であるお前の…には出来なかった…使命…だ…。
(最期まで、誤解したまま…だったな。)
上空から振り落とされたエンリの鎌を刀で防ぐ。足が地面にめり込んだ。
「っ…らぁ!!!」
両手に力を強く入れて、エンリの鎌を弾く…そして、油断したエンリへ…その刃を。
「…ほう。」
「……はぁ…はぁ…」
エンリの胸を貫いた。だが…今までの経験上、嫌な予感がする…僕が強くなったとしてもエンリがこんなにも、弱い訳…
「……まさか!?」
それに気がついた瞬間、僕は闘技場の壁にめり込んでいた。
……
…
所詮は『凡人』。すぐに戦いが終わるのはつまらないと思い、全力で魔眼の力を封じ、能力も権能も使わずに、手加減してみたのじゃが…。
この奮闘ぶり…さてはワシに戦いを挑むにあたり、何か小細工を弄したな?
「……よい。じゃが…その前に、無粋な観客にはここで消えてもらおうかのぅ。」
ワシは何もない遥か上空を視る。それだけで…天が裂け、偽装が消えて…船体が露わになる。
「元先輩のよしみじゃ…5秒間待ってやる。それ以上いれば…その自慢の船を砂に変えるが…」
2秒も経たずに消失した。
「…チッ……逃げ足だけは早…」
転移直前に放っていたであろう一発の砲弾が、上を向いていたワシの顔面を直撃し、体が爆ぜ粉塵が舞った。
「ぺっ…拍子抜けじゃの…」
肉体を一瞬で再生させて、刀を持って健気にも走って来る凡人を視る。
「…しまっ」
普通に凡人を直視して、終わらせてしまったのではないかと…僅かばかり危惧したが…
「何よそ見してんだよ!!!」
「…そうか!!!!」
凡人に体を斬り刻まれながら理解した。
それは凡人の奥底にある『盆陣』の『自浄作用』のリミッターが外れている事を。…否。意図的に外した…か。
ワシには見えんが、凡人の体から『自浄作用』が付与された膨大な魔力が溢れているのが…肌で伝わってくる。それなら凡人にしては、身体能力も上がっている事にも納得がいく。
(体を無色の魔力で分厚く覆い、ワシの魔眼を直接うぬへ届かせないようにしたか…それに…)
「…っぉ!?」
しつこく斬りつけてくる凡人を闘技場の隅っこまで蹴り飛ばし、ズタボロになった血みどろのドレス姿のワシを眺める。
(肉体の再生が心なしか遅いのも…刀に無色の魔力を通しているが故…か。)
「……成程のう。」
凡人は…凡人なりに本気で、ワシを止めようとしている。
「ならば…本気でうぬを殺してやろう。」
————砕け。割れろ。砂塵となりワシの糧になれ…幸福も平穏も、永遠すらも…等しく終わりを告げる。顕現せよ…
『
世界が黒く変質し、闘技場を…ソユーの町を飲み込んでいって……
「……?」
いつまで経っても、命乞いを叫ぶであろう凡人の声も…何も出来ずに闇に溺れ、腐り…溶けゆく姿すらもなく、首を傾げる。
「……凡人は、一体…何処に…」
……
当然の事だが『原初の魔王』であり…驕った人類への『抑止力』にして、数多の魔物を産み出した『最古の呪い』であるエンリを凡人である僕が真正面から堂々と戦って倒す事は…正直言ってかなり難しい事くらい、一緒にいた僕が1番よく知っている。
ソユーの町へと走りながらサビの記憶を辿っていくとかつて全盛期だったエンリは、ある日…迷い込んで来た人間の白髪の女性に滅ぼされたそうだ。
(僕もその人くらい…力があれば良かったなぁ。)
しかし…そんな僕にも、エンリと戦うにあたっての切り札がなんと二つもある。
一つ目は、アンさんが託してくれた…あの神器。
「…ここで、僕の…全てをぶつけるぞ!!!」
かかっ。儂を壊す気でやりやがれ。そうでもしなきゃあ…
「言われなくても!!!…『接続』」
記憶を受け継ぎ、使えるようにはなったがサビのように魔法適正がなく規格外の魔法が使えない僕は、召喚術師よろしく、契約に同意した意思疎通ができる存在に魔力パスを繋げる事しか出来ない。
(でも今は、これでいい。)
刀の刀身が紅く…燃え上がるような美しい焔の色へと変わる。
——
一度使えば、その世界全てを闇へと飲み込み…人間なら空間に耐えられずに即死。それ以外の種族だったとしても、耐性無視で抗えずに、じわじわと呪いに蝕まれて…確実に死亡する。
それをあえて使わせる為に、奮起し…詠唱が始まった瞬間に僕はどこでもいいから全力でソユーの町の外へ逃走した。
受肉したばかりで本来のスペックではない状態だからこそ出来た…裏技。僕が考えた訳ではないけれど。
ナハハ…奇しくも、あの時の元親友を救う計画と似てしまったでありますねぇ。
ソユーの町に行く道中、船の中でその立案者がしみじみとそう言っていたような気がする。
「ここで…お前のふざけた世界を絶つ!!」
僕の全魔力を刀に込めて、ソユーの町を覆っている黒い膜へと振り下ろした。
———小僧。デウスを…エンリの事を頼む。
膜全体が爆ぜ…刀が反動で砕け散る音が耳朶に強く響きながら、僕は折れた刀を投げ捨てて、エンリの元へ走る。
「……!!」
魔力を一時的に全て使い果たした所為で、魔眼に対しての回避手段を失い、徐々に体が呪いに侵されていくのが分かる。
でも。ここでは止まれない。
「いや、止まってたまるかぁぁぁぁあ!!!!」
「っ、凡人———!!!!」
僕の頭へと振り下ろされた鎌をすんでの所で回避して、腰につけておいたマキナが回収して落としてくれた赤いハンカチ…『
「『
攻撃に転じずに、エンリは結界を展開して守りに入る。
受肉の事といいエンリは知っていたのだろう。エクスちゃんの鋼鉄の体の一部を使って作ったこのダガーの特性を。
でも、これは知らないだろ…?
「「…………」」
天井の黒い膜が崩れ、雪のように降っている。
赤いハンカチで『
この状況にエンリは驚きのあまり目を見開いていたが、すぐに…僕の頭をガシガシと撫でて笑った。
「ははは…ワシの勝ちじゃな。凡人。」
「あーあ……あと少しだったんだけどな。」
僕は激しく吐血して、ダガーを落とし…そのまま仰向けに倒れた。
「もし、ワシが受肉した寸前にそれを刺せておれば…うぬの勝ちじゃったよ。」
「……そっか。」
よく見るとエンリの腹部や、服にも刺されたような傷や跡がなかった。きっと僕と対峙する前に、エンリも万が一に備えて、受肉の対策をしていたのだろう。
「…色々、こっちも頑張ったんだけどな…ズルもして…相談もしたりで援護も裏技もチート武器も使ったのに。」
「元先輩の入れ知恵や援護、武具ごときで悠久の時を生きたワシとの戦力差を埋められると愚かにも思ってしまった事が敗因じゃよ。」
『自浄作用』が間に合わず、体の感覚がなくなっていく。ちゃんと目を開けてエンリを見ている筈なのに薄暗くなって……
(これが…死か。)
なんやかんやで死んでいる僕だが、大体は痛みも感覚も感じる前に即死しているから、空気も読めずに新鮮だなと思ってしまう。
「さよ…な…僕…の、」
いつの間にか、しゃがんでいたエンリに唇を奪われて…別れの言葉は言えなかった…けど。
(エンリ…って。こんな表情…するのか。)
敗北した僕の意識は、何処に行く事もなく消えていく。
(あの約束…守れないかった…な。アン…誠心誠意謝ったら、許して…くれるかな?)
「下らん末路じゃ…どうしようとも…どこまで行っても作られたワシの役割は変わらんというのに。」
死体となった凡人の姿を眺めて、自嘲している事に内心驚いてしまう。
「この感傷……凡人が移ってしまったかもしれんな……この代価は高くつくぞ。」
バサッ……グチュ…ヌプッ……
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