37話 死者の宴

既に照明が消え、薄暗く人の気配もない沢山の机が並べられた巨大なホールの中に僕はいた。


(どうなって…僕は、確か…)


「は。漸く来たか………待ちかねたぞ。」


「!?…っ、お前は…」


突然、目の前に湧いて出たかのように…2つの飲み物が入ったグラスを持ったサビが現れた。


「それにしても大した奴だ。よもやデウスの胎内にいたセクロスを召喚に利用するとは。ほら。飲め…これは、お前の分だ。」


「え…あ。どうも。」


(初耳なんだけど…え?エンリの中にいたの!?セクロスが!?!?)


「すいません。喉が乾いていて…頂きます。」


サビは僕にではなく、僕の隣にいた色のない少年に手渡していた。


「…僕の分は?」


「はっ。貴様の分は既に我が全て飲んでおいた。残念だったな。」


「え、えぇ…」


「っ…美味しいです。これは何という飲み物ですか!?」


「…ただのオレンジジュースだが。」


「そうですか…これが……オレンジジュース。生まれて初めて飲みました。『船』が言っていた通り…果実の味がして…とても、甘い。」


一口ずつ噛み締めるように飲む少年に、僕は少し動揺しながら、声をかけた。


「その…デンだよな。どうしてここに…僕の中に溶けて消えたんじゃ…」


「…確かに、悔いがなくなったぼくは『僕』と同化したのですが…気づけば、こうしてここにいたのです…事の詳細は『彼女』が、教えてくれるのではないでしょうか。」


「…この少年の方が貴様より利口だな。」


「……。」


ここで文句を言えば、いつまでも話が進まないと怒りを抑え、歯を食いしばっていると、サビがわずかに関心したように目を見開いた。


「ふ…少しは成長した様だ。前なら確実に怒っていただろうに。」


「…勘違いするなよ。お前のしょうもない挑発よりも、この状況について気になっているだけだ。早く教えろよ…僕がブチ切れて、ここの机達をひっくり返す前にな。」


「それは困るな…最後までこのホールの掃除をしてくれた我が配下達に怒られてしまう。故に…我々の役割を果たす前に、一つだけ教えてやろう。」


サビは自分のグラスに入った飲み物を一口、含んでから…言った。


「異世界アリミレは…熾天使を喰らい、受肉し完全復活を遂げた『原初の魔王』によって」



———滅ぼされた。



「…あの。おかわりはありませんか?」


僕が唖然とする中、デンは能天気におかわりをサビにせがんでいた。


……


滅ぼされ…た?え、エンリが…でも。


「その顔。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが…知らなかったのか?アレがどうしようもなく…人類の敵…いや、『抑止力』だと。」


「……。」


人類の…敵。


————この数多ある異世界に蔓延る魔物や魔族、獣人といった人ならざる存在を産み出した存在にして、その種族の原典にして、頂点に君臨する者。


『原初の魔王』『抑止力』『最古の呪い』とも呼ばれておる………それがワシじゃよ。


(あはは…最初に言ってたじゃないか。)


「否…無意識にそこから目を逸らしていた。と言った方が正しいか。だが最初は…貴様も警戒していたのだろう?」


「……。」


ゴクゴクと、デンが飲み物を飲む音だけが聞こえる。


ソレニ村で人を殺さないと、約束させて…

ソユーの町、性竜の迷宮…アマス王国の時も。


ずっとエンリは人を殺さず、僕の約束を守ってくれていた。だから僕は段々とエンリの事を信頼して…いつしか、ギスギスしていても友達だって…思ってたんだ。


「いや違う…エンリはまだ約束を守ってる。」


殺した熾天使デウスは…人型であっても人間ではなく天使で。



——興醒めじゃ。またの機会とする。



……殺された僕だって、元々エンリに殺害予告をされていたじゃないか。


僕の発言にサビは失笑した。


「下らんこじつけだ。事実…異世界アリミレは既に滅ぼされている。」


「違う!!大体、何でそれを死んだお前が知っているんだ!?…まだ、完全に滅んたとは限らないんじゃないのか!!!」


僕はゼエゼエと息を吐いた。


「…ならば見るか?」


「ぜぇ……は?」


サビが飲み物を机の上に置いて、指を鳴らすと、天井から古そうなテレビとリモコンが紐に吊るされてスルスルと降りてきた。


「ここは神界や煉獄とも違う…選ばれなかった死者が集う…本来なら貴様やお前が来る事は許されない…『冥界』。我が、宴の特別ゲストとして呼ばなければな。」


乱暴に紐を解いて、テレビを机の上に置く。


「冥界を仕切る主人曰く。『もし異世界アリミレの行く末を知りたければこれを見ろ』…だそうだ。後は貴様の好きにしろ。」


僕はサビの手からリモコンを奪い取って…電源のスイッチを押した。


……



ザザッ——


——嗤っている


人が魔物が、生き残った、生命が。…ゴミや塵の様に 死んで 呪い……



…ピッ


——嗤っている


希望を、歓喜を、幸福のすべてを呪って嘲笑い、絶望に染め上げて、ぐちゃぐちゃに混ぜて…殺した。


殺して、殺して、殺して…黒いドレスに鮮血がかかっても、容赦なく…踏み潰した。


…ピッ


——嗤っている


大地は呪いが凝縮した砂漠と化し、海や川は池は真っ赤に染まり、入れば一瞬でとろけて消えゆく地獄に。辛うじて生き残った植物は呪いを撒き散らし…空気を穢していく。


…ピッ


——嗤っている


逃げ場はもうない。抵抗しても しなくても 子供も、老人も、女も、男も…平等に死んで、死んで、死んで…


…ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ……


死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで…



——ブチッ



無意味に無慈悲に 滅んで終わった。


「これが『原初の魔王』…エンリを再度召喚して熾天使デウスを殺し…この世界を救おうとした貴様が掴んだ」



……未来だ。



僕はリモコンを力の限り地面に投げつけた。


「…間違っていたのか?」


声が震える。


「エンリと再会した時さ、デウスも倒したし…願いを叶えて犠牲になってた人に謝りながら平凡に…僕とアンとエンリと…後、生き返ったポースさんの4人で、一緒に生きたいなとか思ってた…僕は。」


サビは何も言わない。


「あはは…馬鹿な奴だよな。エンリの事…知っているようで…全く知らずに、知ろうともしなかった。」


エンリが書いたあの本を、ちゃんと読んでいたら…気づけたのだろうか。どの道…読めなかっただろうが…エクスちゃんに聞けば。


「…どうすればいいんだ?どうすれば…良かったんだ?」



ソレニ村跡地で…デウスに殺されていたら良かったのか?


ジニヌ帝国やソユーの町の平原で…ラナド君やセクロス、サビに負けていれば良かったのか?


『飽食亭』でエクスちゃんに自分の正体を教えて貰わなければ良かったのか?


アマス王国を征服せずに大人しくあの場で捕まっておけば良かったのか?


あの時、急がずにアンの家の玄関からこっそり出れば良かったのか?


石化したラナド君を無視して、性竜の迷宮に行かなければ良かったのか?


タイタンを倒さなければ良かったのか?


僕が冒険者にならなきゃ、良かったのか?


あの決闘で僕が死んでいれば良かったのか?


エンリを召喚しなければ良かったのか?



そもそも。初めから僕が自殺しなければ…良かったのか?



分からない。もう…なにが正しいのかが分からない。それでも…これだけは言える。


「僕にとって、彼女は…」


ソレニ村で僕の命を救ってくれた存在で、1人じゃ何も出来ない僕を手段はどうあれ…いつだって助けてくれた。たとえエンリが人類の敵だとしても…その手が血に汚れていたとしても。


「…サビ。僕をここに呼んだんだ。まだ…出来る事があるんだろ?」


「罪を背負う覚悟を決めたか。ならば…早速我々の役割を果たすとしよう。」


僕の右胸にサビの右手が触れる。


「これから我の全てを貴様に託す。集中しろ…自身の奥底にある…『盆陣』を。」


「いやいやいや!?……唐突すぎて、えーと。具体的にはどうすればいいんだ?」


「…『僕』は心配しなくても大丈夫です。ぼくの頭に手を置いてくれれば、後はどうにかしますから。」


デンの柔らかい白髪の上に僕の左手を置くと、周囲から幾何学模様が浮かび上がった。


「『接続』…同調開始……」


「魔力融合…適応……臨界」


(……っ。)


何かが、僕の中に入ってくる…でも。あたたかい…陽の光の下。原っぱで日向ぼっこをしている様な…


「…え。体が…」


「……気にするな。貴様は集中さえしていればいい……これで貸し借りはチャラだ。」


「…そうですよ。気にしないで下さい。この力で『僕』がこれから何をしようとも。ぼくは責めませんよ…最期に『船』とまた会わせてくれて、ありがとうございました。」


消えかかる2人の言葉で…僕は涙が出そうになりながらも心を切り替えて目を閉じた。それが数秒…数分……あるいは数時間が経過したのだろうか。


僕はゆっくりと目を開けるとそこには、2人の姿はなく…見知った女性が立っていた。



「アン…やっぱり君もエンリに。」



長い沈黙の後、アンが頷くのを見て…僕は申し訳なくなって頭を下げた。


「ごめんなさい。僕を気遣って…そんな嘘をつかせて。僕って酷い奴だよな。本当はエンリの力を使っていた僕がアンの側に長くいた所為なのに。もっと早くに気づくべき事だったのにさ。」


「もし…ここに来ても尚、もじもじクヨクヨしていたら、力ずくで殴ろうと思っていましたが。もう大丈夫そうですね…ヤスリ。」


僕にしか見せないその気持ち柔らいだ表情を見るだけで、心が落ち着いていくのが分かる。


「私から言える事は…エンリちゃんを。一人ぼっちの彼女の事を…救ってあげて下さい。」


「…分かってる。」


「あ。その…約束の件は」


アンが言う前に、僕はアンの体に抱きついた。


「ん〜嫁さんの匂い…すぅ、はぁ…よし!!これで元気出たわ。これで、約束はチャラって事でいいですよ。」


「……っ。」


「納得出来ないなら続きは…僕がエンリとかも全て救って、生まれ変わった世界で…とか?」


「…欲張りですね。でも…はい。いつまでも待ってますから。ソユーの町で……ずっと。」


名残惜しい気持ちを抑えて、僕はアンの体から離れた。


「出口は私の後ろにある…あの扉です。」


「ん……じゃあ行って来るよ…なるべく早く帰って来るから…あ。晩御飯はカレーとかがいいなぁ。」


「…はい。また会えたら、カーマさんに作り方を教えて貰ったカレーうどん…作ってあげますね。」


「異世界でカレーうどん…こりゃあ、楽しみだ。」


「あ、それと…いいえ。やっぱり何でもないです。」


「……?」


僕はゆっくりとアンの表情を目に焼けつけながら、通り過ぎて…ホールの扉に手を触れた。



「ありがとう。」



扉を開ける直前。アンや既に僕の礎となって消えた2人に、僕は感謝の言葉を告げたのだった。









































































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