凡人奮闘記

26話 お前に別れの言葉は似合わない

———以下、回想。


「……?」


確か、僕はベルを鳴らして…飽食亭へ行った気がしたけど気がつけば、真っ青な空が広がる空間でポツンと佇んでいた。


「まさか僕はまた何かやらかしたのか。やっぱり都合よく行く訳なかったのか…くそぉ。ご都合主義なんて…なかったんだぁ!!!」


——喧しいわ。そのよく回る舌を引き裂くぞ。


聞き馴染みのある声で、反射的に俯いていた顔を上げると、少し離れた場所にいつの間にかエンリが立っていた。


「ひ…久しぶりじゃないか。僕を昏倒させて、エンリが突然魔王城に行っちゃった所為であの後、僕めっちゃ苦労したんだが…言っても無駄なのは承知の上だけど、なんか申開きする事はあるか?」


『……ハハハ!!!うぬにしては珍しく強気じゃな。このワシに反省を促すか。』


「そうだよ。あの場にもしエンリがいたら…」


アマス王国は崩壊しなかったし、きっと…門番さんは死ななかっただろう。


『ん〜。うぬに対して言いたい罵詈雑言の貯蓄ならいくらでもあるが、生憎とそんな物は存在せんの。』


(……こ、こいつ。)


「はぁ…その話はもういいよ。どうせ僕とエンリじゃ、平行線まっしぐらだしな。」


『ふん。分かっているではないか…時間も惜しいしの。』


「…?なあ、エンリ。ここって何処なんだ。」


エンリは僕の方へ歩き出した。


『うぬの脳内…精神世界…といった方が分かりやすいか…まあよい。さっさと済ませるぞ。』


——違和感。


「…ここから出る方法を知ってるのか?」


『やる事を終えれば、すぐにでも解放される。そこは安心するのじゃな。』


「そっか…で、エンリさんや。これから何かするかくらいは聞きたいんだけど。身構えときたいし。」


『うぬの事を、ワシは勘違いしておった。あの魔王を認識するまでそれに気がつかなかった事は…ワシ史上最大の失態かもしれんのう。』



——違和感。



「…あの、エンリさん?」


『今は何も考えずにワシの話に耳を傾けよ……出来なければ、この場で殺すぞ。』


「ヒッ…はい。」


僕の体に手が触れられる距離で、エンリの足は止まった。


『結論…ワシは魔王城に赴き、そして…死んだ。』


……はい?


「えっと、エンリさんや。ここにいるのはじゃあ誰って話…ぃ!?!?!?」


『黙って聞くのじゃ……次はないと思え。』


エンリの手で僕のお腹を思いっきりつねられて、思わず絶叫を上げた。


『続けるぞ。うぬの質問に答えるなら、ワシはうぬの肉体に残しておいた保険…言うならメッセンジャーじゃ。』


「……」


(メッセンジャー?なんでそんな言葉をエンリは知って、)


『うぬに寄生しておったからのう。いつの間にか勝手に覚えた…いつぞやの迷宮であったアレについても…じゃな。』


(えっと…さいですか。とりあえず、僕を睨まないでくれると…)


どこから一緒にいたのかは、何となく想像がついた。きっとスロゥちゃんの難解な講義の一件辺りからだろう。


(…じゃあ何で一緒にいたのに、助けてくれなかったんだ…?)


『ワシは本体ではないからの。戦闘能力はこの肉体相応しか出せん。それに、このワシは精神体じゃからどの道、参戦も出来んよ…これで満足か?』


心境は限りなく複雑だったが、僕は強引に自身を納得させて頷く。


『…タマガワヤスリ。』


「うひゃいっ。」


初めてエンリに名前を呼ばれた事と名前を覚えてくれていた事自体に僕は驚愕し、つい声を漏らしてしまっていた。


「えっーと。うん……ごめんなさい…お慈悲をくれる………え。」


そんな謝罪もエンリの発言を聞いて、言葉を失った。


『タイムアップじゃ。残りはあっちにいるスクラップにでも聞け……ワシとしては癪じゃからの。ではやるぞ。』


「……なあ、もう一回、言ってくれないか。」


『断る。本体亡き今、ワシも限界が近い…思いの外、話し込んでしまったな。職人気質な所といい、うぬを見ているとあの馬鹿な男と話しているようでのう。』


……誰の事だろう?


僕はずっと頭の中にあった言葉を吐き出した。


「な、なあ…どうして、僕の事を凡人って言わないんだ?」


エンリは無言で僕を見つめる。


「あ…さては変態って一々言いたくないから…とか。それなら」


『しゃがめ…そして目を閉じよ。』


「何だよエンリ。まさかキスがしたいとかか…おいおい、お子様にはまだ早い…」


そんなふざけた事を言いながら、言う通りにしゃがんで目を閉じて


……その少女相応の力で、押し倒されていた。


びっくりして目を開けるとエンリが僕の腰の上に跨って、頬をほんのり赤く染めている。



——違和感。



「え、エンリ…さん?何をしてムグッ!?!?」


キスで黙らせられた。互いの舌が絡み合い、何処か既視感がある感触を味わった後、離れる。


『うぬにとっては…突然の事で、心中では混乱しておろう?』


「……そうだな。」


———今この時を持って契約を破棄する。魔王討伐も別にせんでよい。飽食亭で残りの余生を過ごすのもよい…うぬは幸せに生きよ。



——違和感。



『…だからせめて、今だけはワシの手でその悲しみを…苦しみを忘れさせたいのじゃよ。う、うぬの趣味ではないじゃろうがダメ…かの?』


「……」


ゆっくりと恥ずかしそうにエンリは衣服を脱いでいく。僕は紳士なので即座に目を逸らした。


『…ほれ、何を見ておる……早く脱がぬか。』


「あ、え……はい。」


雰囲気に流されるままに、起き上がって服を脱ごうとして…エンリが脱ぎ捨てた衣類がふと目に入った僕は反射的に、裸のエンリにダガーを向けていた。


『な、何じゃ…ほう…そういうプレイが好みか…ふ、ふん。ワシは…構わんが。』


「違うな。おい…お前は誰だ。いくら上手くエンリを演じようとしても、僕を騙す事は出来ないよ。」




——偽物。




『ハハ。何を言っておるかと思えば、ワシが偽物…?余興にしては、存外つまらん事を言うのう。』


……改めて考えてみると、違和感はずっとあった。


僕から見たエンリは事あるごとに僕の事を凡人と言って僕を見下す傲岸不遜な奴で、僕を心配するそぶりすら見せない。


特に契約破棄の件なんて聞いていて正直、違和感バリバリだった。


(お前は、一度でも敵対した連中がのうのうと生きている事が嫌いだったんじゃないのかよ…)


(余生を過ごすって言っても、まだ僕は19歳なんだぞ…計画も何も考えてないし、『幸せに生きろ?』…馬鹿か。『凡人は永遠に凡人のままで朽ち果てて死ね』って言うよな…エンリなら。)


挙句、僕を押し倒した時に言った台詞も、普段のエンリなら、到底ありえない行動や言葉の山ときた。


……紳士力が高い僕でも一応1人の男だから危うく雰囲気に流されそうにはなったが。



しかし、僕が偽物であると断定できた決定的な理由はこれではない。



大前提として、僕が知る……エンリは!!!!!!!!!




「ノーパンなんだよぉーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」




脱いだ服からチラリと見えた青い花模様が刺繍された白色のパンツを振り回しながら、ダガーで偽物を刺そうと…


「…っ。」


人型の魔物や無論、人も刺した事もない僕にはとても出来る芸当ではなく躊躇してしまう。そんな姿を見た偽物は優しく微笑みながら、おどおどする僕からさっとダガーを取り上げて…


『キャアァァアァアァァ!?!?!?!?!?』


「う、うわっ!?」


触れた手が火傷したかの様に腫れて、ダガーを取り落とし、地面をのたうち回りながら涙を流して悲鳴を上げる。


(…今なら、やれる…けど。)


落としたダガーを拾い上げて悩んでいると、何処からか声がした。



——全く。止めすら刺せぬか…本当に使えんな…寄越せ凡人。



僕は信じるままに、のたうち回る偽物へダガーを投げた。


「ずっと傍観しておったが、いい加減…ワシの体や声を勝手に使うのをやめよ。心底不愉快じゃ。」


ダガーをそのまま偽物…否、エンリがキャッチして、自分自身を何度も何度も刺していく。


「さあ根比べじゃ。早くワシの中から出てゆけ…でなければ、死ぬのはお主じゃよ。分かるじゃろう?」


『う、くぅ……っ!?!?…っ、潮時ですね。』


エンリではない声がしたと思ったら、体から何か透明な物が飛び出してそのまま溶けるように消えていった。それを見届ける事はせずに僕は消えかかるエンリに駆け寄った。


「エンリ!!!」


「…ふん。奴が言っていた事は事実じゃ。ワシはここまでで…契約はこれで破棄される。」


「っ、僕の魔力は多いんだろ!?それでどうにかできないのかよ!?!?」


「無理じゃな……痩せ我慢していても、もう魔力が底をついている事くらいお見通しじゃ。」


——その原因は主にワシにあるのじゃが。


「僕は、これからどうすれば…いいんだ?」


「自分で考えよ。やりたい事を成すがよい…どうせ、成るようにしかならないのじゃから。」


僕はエンリの手を握ろうとするが、すり抜けてしまう。空間のあちこちからヒビが入り、崩壊が始まろうとしている。


「ハハハ…泣くな凡人。惨めでみっともない…既に種は託した。今は泉の水が無いが、いずれまた湧き出し、そこから何かは芽吹くじゃろう…後は凡人次第じゃ。」


「…何言ってるのか…分かんねえよ。」


エンリは目を閉じる。


「っ、いかないでくれ!!僕に出来る事ならなんだってやるから…エンリの好きそうな服も沢山作る…だからっ!!!」


「それは魅力的じゃのう……ふ。戯れじゃ。特別にうぬの国の作法に習ってやるとするかの。ん、んっ!!」


エンリは弱々しくも爛々と輝く金眼で僕を見据えて言った。




——さようなら。愚かで間抜けな凡人。




一度も見たことがないエンリの穏やかそうな表情を見て僕は、感情を押し殺して必死に言葉を紡いだ。


「ああ…さよなら。僕の…最狂。」


「は…何じゃそれ。ワシはうぬのものになった憶えがないのじゃが…その醜いツラといいここまで来ると…哀れじゃな。」


そんな表情もすぐに消え失せていつものように、エンリは僕に悪口を言って笑う。


「ズズッ…う、うるさいやい!!泣いてるんだから仕方ないだろ!?!?」


「ハッ…弱虫が。」


「…ん?そう言うエンリさんも、心なしか目がうるうるしている気が…」


「…そんな訳ないじゃろ。このワシを誰と心得るか…ついに錯乱を起こしたな。早々に死んだ方が世の為かの。」


「原初の魔王が、世の為とか言うなや!!」




エンリが消えるまでお互いに話しては笑い合い……僕は1人、崩壊に巻き込まれていった。








































































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