12話 食事は、幸不幸の繰り返し

——チリン。


気がつくと、僕はソファの上に倒れていた。


「えっと…僕はあの後、アンさんにキツイ説教をされて…えと、あ、駄目だ。腹が減ったのと…強烈なトラウマで思い出したくない。」


懐かしい匂いで思わず体を起こす。調理場の様な所から何かを煮る音が聞こえてきた。


「…間取り的に、ここはアンさんの家じゃない。なら…ここどこだよ。僕はどんだけ、知らない場所に来るんだよ…」

「『世界の果て』にある飽食亭の2階じゃよ…凡人。」


目を擦りながら、エンリがやって来た。


「…エンリさん。何でそんなに眠そうなの?」

「さっきまで、久々にワシの部屋で軽く仮眠をとってただけじゃ…ふぁ…気にするでない。」


(…飽食亭って、確か、エンリが前に住んでた場所の一つ…だっけ?)


「ここに連れてきた理由は、うぬと今後の話をするのと…」

「——エンリちゃん〜ご飯できましたよ。先に席についていて下さいね。」


自分の話を遮られて怒るんじゃないかと僕は内心身構えたが…エンリは僕が見た中で最高の笑顔で、すぐに席へとついた。


「えっと、僕はどこに座ればいいんだ?」

「…適当でよい。早く座るのじゃ。」

「あ、はい。」


僕は急かされて、エンリの左隣に座る。少しすると灰色の髪の男が、それぞれの料理を運んで来る。


「お待たせしましたエンリちゃん。マトンカレーです。ナンとトッピングはこちらに置いておきますね。チーズナンは…もう少し待ってくれると。」

「良い許す…………ふぉおお!!これもいつ食べても絶品じゃのぅ。」


男が小鍋を開けると、湯気と共に…スパイスのいい香りがする。エンリはナンをカレーにつけて、無心で食べ始めた。


「初めまして、前にエンリから話だけは聞いていました…僕の名前はグラと言います。貴方の好みは分からなかったので……最近知った天麩羅に今回初めて挑戦してみました。日本人はこれがいいと…前にあるお客様がそう言っていたので天丼と、麩の味噌汁…それと、麦茶です。」

「……!!」


(天丼…っ味噌汁!?……む、麦茶…だと。)


もう2度と食べらないと覚悟していたもの…異世界にやって来て以来、初めてのまともな料理がここにある。


「…あの、大丈夫ですか?」

「…………ぁ。」


気がつくと、僕は目から涙を流していた。


「…大変な旅路だったんですね。おかわりは沢山ありますから…今日は目一杯、食べていいんですよ。」

「……っ。いただきます!!!」


箸を使って、大ぶりな海老天を一口齧り、味噌汁をすする。


癖が強く不味い魔物肉と比べちゃ駄目なくらい非常に美味しく、いつか食べた串焼きや硬いパンよりも暖かい…久方ぶりの家庭の…幸せの味だった。


……



「お皿洗いは僕がやっておきますので、ゆっくりして下さいね。麦茶はここに置いときますから。」


「ありがとうグラさん…いやグラ様。紹介が遅れてごめんなさい。僕の名前は玉川鑢です。迷惑でなければ、お皿洗いを手伝っても…」


「待て凡人。本来の目的を忘れたか?」


チーズナンに舌鼓を打ちながら、エンリは言った。


「…どちらかといえば、エンリさんの方が目的見失ってたよな?何なんだよ、その満面の笑みは…」


「…フ。このチーズナンは命に替えても絶対に渡さんぞ。これはワシのじゃ。」


「っ違げーわ!!遠回しにチーズナン要求してねえからな!?」


「あのぅ良ければ…作りましょうか?」


「グラ様…いやっ……あ…お、お願いします。」


「はいっ…分かりました!!やっぱり量が足りなかったと思っていたんです……では、すぐに作ってきますね…鑢さん。」


グラが元気に台所へ戻って行った。



——数多ある異世界に七人しかいないといわれる『超越者』の一人だからね。



いつかあの胡散臭い軍服の男が話していた事を、今になってふと思い出した。


「…なあエンリ。グラ様もなんか凄い力とか持ってるのかな?元々は一緒に住んでいたって事はまさか『超越者』…だったりする?」


「言いたくなる気持ちは分からんでもないが…まず様呼びをやめよ。何故ワシよりも彼奴の方が言葉の位が高いのじゃ…?彼奴は…まあ、持ってはいるがそれとは関係なく、料理の腕だけで『超越者』になった男じゃよ。」


「…really?」


エンリは僕の唐突な英語が分からず、可愛らしく首を傾げながら、チーズナンを食べて言う。


「ん……全種族から『神技の料理人』と呼ばれる程に料理を極めても尚、亡き料理長の背を追って精進し続けておる……ワシから見ても、かなりの変わり者じゃな。」

「…座ってる椅子がさ、七つあるって事は…まさか、ここに他の『超越者』がいる…」


僕がそう言いかけた所で、「雑談はここまでじゃ。」とエンリは面倒そうに会話を切った。


「それは後々でいいじゃろ…凡人。何故そうもこの話題に食いつくのじゃ?」

「……」


(世界最強の存在達の話なんて…紳士の…漢のロマンじゃないか。)


と、言う訳にもいかず(絶対、馬鹿にされて笑われるのがオチだ。)渋々ながら、エンリの話を聞く事にした。


「…分かったよ。お腹もある程度膨れたし、今なら何でもどんとこいだ。」


「その姿勢だけは褒めてやるが…この話を聞いてから、その態度は一体、どれくらいもつかのう?」


「言ってみろよエンリ…僕をあまり侮らない方がいいぞ。一応、今まで色んな危機から何とか生き延びたんだからな。」


僕は入っている麦茶を余裕そうに飲む。


「結論から言うとじゃな…」


「……ごくっごく…」


「——資金が底をつき、借金が出来た。その額はよく分からんかったが…その金で、大国が二つ買えるそうじゃ。」


「っ!?…ぶ、ぶふぅーーー!?!?」


2秒と耐えられず、僕は思いっきり麦茶を吹き出した。エンリはすぐに回避したが…


「…あ、ぁ!?ワシが…取っておいた、最後の一切れ、が……」


吹き出した麦茶がチーズナンに直撃した。僕はすぐにリカバーにかかる。具体的に言えば、床の上に座る事でいつでも発動できる日本人が誇る究極奥義…土下座だ。


——スタスタスタ…


「……ごめんなさい。命だけは…命だけは…ぐええっ…」


エンリは僕の頭をグリグリと踏みつける。


「…もう契約なぞどうでもよくなったわ…うぬをここで殺す。」


「え、エンリさん……そこまで…その、気分を害したんですか!?自暴自棄なんです!?!?」


「当たり前じゃ。ワシは今、まさに食べようとしていた最高級の料理に汚物をぶちまけられた様な気分であると言えば…分かるか?」


踏む力が段々と、強くなっている。このまま行くと、僕の頭蓋骨がエンリの足によって踏み抜かれて……即死コース行きだろう。


(……っ、考えろ…考えろっ……)


一昔前の僕なら「正直ここで死んでもいい。」とかほざくだろうが…迷宮の一件で…もう分かったんだ。僕は…本当は死にたくないって。なら、命を賭けて…足掻いて……思考しろ。


——タタタタタタタ。


「あっ、良ければグラ様が僕の為に作ってらっしゃる…チーズナンを譲るという形で……ここは手打ちにしませんか。僕が死んだら、現界できないって話じゃなかったでしたっけ?!」


「ほう。凡人にしては頭を回したようじゃが、魔力パスがない程度…ワシが消滅する前に、魔王城に向かい、中にいる魔王を引き摺り下ろし、その四肢を引きちぎった後、生き残った部下を1人ずつ、目の前で惨たらしく殺し、絶望に染まり発狂するのを見て愉しんだ後…ぶち殺すくらいの時間はあるぞ。」


僕はその言葉に寒気と戦慄を覚えた。


「…え。魔力なしでもそんなに余裕あるの?」


「今までは、凡人の鈍足な足並みにあえて付き合っていただけじゃ…それで、命乞いは終わりかのう?」


「なら、かくなる上はグラ様に…助けを呼ぶしかっ」


「無駄じゃよ。彼奴は『超越者』の中で2番目に弱い奴じゃから…今のワシの状態では、瞬殺はちと難しいが、秒殺で終わる相手じゃな…全盛期なら、魔眼で視認しただけで終了じゃ。」


僕は恐怖と後悔の余り、叫ぶ。


「嫌だあぁぁぁぁぁーー!!!!魔王とか、もっとカッコいい場面ならともかく、チーズナンの所為で死ぬなんて…絶対嫌ぁぁぁぁーーー!?!?」

「食べ物の恨みというのは割と馬鹿にならんぞ…では、」


……タタタタ、タッッ


「エンリーー!!!!!!」

「っ!?…なっ、待て…カオ…」


何者かが飛びかかり、ドターンと床に倒れる音がして……僕は恐る恐る顔を上げる。


「ひさしぶりだなー!!どこにいってたんだー?」


「…う。」


「どうしてしんちょーがいつもよりひくいんだー?」


「〜〜っ。」


「なんでだまるんだー…んん〜?あやしいなーー。」


エンリがなすすべもなく、色とりどりの花飾りを頭につけた、巫女服を着て長い茶髪で虹色の目の6歳ほどの少女に抱き寄せられ、愛おしそうに頬擦りされていた。


「……。」


僕は起き上がって、何となく視線を逸らす。そのタイミングで、グラがチーズナンとプリンを持ってやってきた。


「チーズナンが完成しましたが…」


「それはエンリに渡しておいてくれ。このプリンは…僕へのサービスだったりします?」


「あっ、プリン食べたかったですか?すいません。これはカオスちゃんのなので。」


「…ぷりん!」


さっきまでエンリの体を撫で回していた手を止めて少女…カオスは椅子に飛び乗り、スプーンを手に持った。


「…今日は苺と生クリームを乗せてみましたよ。」

「わーい!……ん〜〜おいしーー♪」


僕は疑問に思った事をグラに小声で聞いてみる。


「あのグラ様はさっきまで、台所にいましたよね。どうして来るのが分かったのか…聞いてもいいでしょうか?」

「僕は生まれつき、五感が鋭いんですよ…それよりも、エンリちゃんが…」


僕はエンリがいる方を見ると、服が少しはだけていて、明らかに疲れてぐったりしているのが僕でも手に取る様に分かった。


「…エンリ。その…無事か?僕のチーズナン食べるか?」

「うぬに頼むのは……死ぬ程嫌じゃが、もう動けん。ワシを部屋まで運んでくれぬか?チーズナンも含めて…じゃ。カオスが、プリンに気を取られている…今がチャンスじゃぞ。」


僕は素直に従わなかった。


「…さっきの件を水に流してくれるなら、運んでもいいぞ。」


卑怯で意地悪な事を言ってるのは自分でもよく分かってる。けど、ここで引き下がれば…絶対に後で「さっきの報いを受けよ!!!」とか言われて、殺される未来が何となく見えた。


エンリはやつれた表情で迷わず即答した。


「要求を呑もう。」


「……ごめん。」


「…何を謝る必要があるのじゃ…さっさとせい。」


僕は倒れたエンリを持ち上げる前に、麦茶がついた一切れのチーズを食べた。普通にめちゃくちゃ美味しかった。


「「………っ!?」」


何故かエンリとグラがそろって驚いた表情をしていたのは少し気になるが…今は考えない様にしよう。


「…グラ様、その。」


「話は聞いてました…チーズナンは僕が運びます…部屋までの案内は僕にお任せを。」


「……感謝します。」


「…すまんのう。」


僕は改めてエンリを持ち上げて、グラの案内の元、エンリの部屋へと向かう。


「……おいしーーー♪」


後ろからは1人、プリンに夢中になってはしゃぐ明るい声が聞こえていた。



























































































































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