10話 VSセクロス

——初めての感覚だった。


「喰らいやがれ死体女…!?うえぇ…ごふぅ。」


間近まで迫っていた男が転んで、全身から血を撒き散らし絶命する。


「……ひえっ。ま、また倒れたんだけど!?一体何が起きてんだよ!!」

「……。」


後ろの様子を見て叫ぶ彼を一瞥する。


(…不思議。)


腐死の側にずっといるのに、どうして死なないんだろう?


こんな人がもっと早くにいてくれたら…


腐死は———


「…腐死ちゃん、前、前っ!!」

「……!!!」


足を止めると距離は遠いが、前方に3体の同じ姿の竜が見えた。


「…近づけねえってならさぁ…遠距離からやりゃあいいだけの話っしょ…」


「……キヒヒヒ、おいら達って賢いよね!!」


「そんじゃあ、醜い糞童貞と死体女…後、後ろから追ってたおいら達…おつかれちゃんっ♪」


口を大きく開けて…


「「「◾️◾️◾️ブレス…っ!!!!」」」

「っ!?…ばっ、馬鹿野郎!!!」


彼が叫ぶの同時に、桃色のブレスがこちらに迫る。


反撃は…不可能。まだ『王剣』による傷のせいで全力が出せない。


「…あ、ああ。ヤバい…ヤバいって!!」


防御も…不可能。腐死は多分生き残れるけど、彼は必ず…死ぬより酷い末路を迎えるだろう。


「…追いついたぜ、エヒヒ…手間取らせやがって…」


「っ、はっ…待て。まず、前方を見てからどうするのか判断してくれ。」


「はぁ?何言って…あっれーーーー!?!?」


「マジかよおいら!?道連れにする気なんか!」


なら、もう…回避するしかない。


「だから一旦、お互い矛を納めて…一緒に対策を考えようぜ……なっ?」


「…チ。仕方ないなぁ……オカズ共を台無しにされちまうよりかはマシか。」


「ほ、本当か!!ありが——」


腐死が壊れる限界まで『肉体変異』で右足を強化して…地面を思いっきり踏みつけた。


床は物凄く硬いが、人が落ちれるくらいの穴を開ける事は出来る。


「…う、うわわわわわわぁ!?!?」


下へと落ちていくと同時に、上ではブレスが通過した。


右足は暫く使えない。腐死に出来る事は…もう


「……っどう、して!」


落下する中、腐死の体を抱きよせた彼は…


「女の子を守るのは…紳士の特権だから。」

「……!」


泣きじゃくってなければ…もっと様になっていただろうに。


下へ、下へと…最深部まで落ちていく。


「くそ…やっぱり童貞のまま、死にたくねえ…なぁ。」


口では弱音を言っていても、腐死の事を折れた両腕で抱えて、少しでも受ける衝撃を何とか減らそうとしてくれていた。


腐死の肉体は———既に、死んでいるのに。


地面に到達しその努力も虚しく、一緒に体がグチャグチャになる寸前で…声が聞こえた。


「…ようやくか凡人。待ちかねたぞ?」


……



(暗い…何も見えない。)


折れた両腕が痛い。


(声も出せない…か。)


一瞬だけ死後の世界だとも考えたが、痛みがある以上、現実の…筈だ。


(地獄とかだったら…ありうるのか?でも、)


決して視えはしないが…僕は両手で何かを持っている…この重みがもし…僕を助けて彼女のなら。


(?…何か髪が…痛っ。痛い痛い…!!引っ張られてる!?)


僕は何も抵抗も出来ずに体が持ち上がっていくのを感じて……


「…お試しでやってみたが、ふむ…うぬはワシに対する耐性がある故、闇に入れても無事なのか…これは後々、役立ちそうじゃな。」

「……え、エンリ…なのか?」


体が何故か無性に怠い中、目を開けるといつものエンリがそこにいた。


「…っ、腐死ちゃんは!?」


「そこで倒れとる。ワシと性質が似ていた故なのか…偶然、闇に呑み込まれずに生き残ったようじゃな。」


「というか、誰じゃこいつは?」という言葉を無視して、僕は腐死ちゃんに駆け寄った。


「腐死ちゃん!…起きて、起きてくれよ!!」


「少しは落ち着け凡人…此奴は気絶しておるだけじゃ。後、ワシの言葉を無視するなよ。その振る舞いは万死に値するが?」


「…ありがとう、エンリ…本当にありがとう…」


僕は反射的に、エンリを抱きしめに行こうとして…


「…ごふぅ。」


鳩尾を殴られ悶絶する。


「…此奴は何者で何故、そこまで拘る?」


「この子は、腐死ちゃんで…弱い僕を助けてくれた…恩人だ。」


「…予想通りの答え過ぎてつまらんが…まあよい。」


エンリはふと前方を見やると、一体の竜がいた。


「グヘヘ…全員ここに来やがりましたかねぇ。手間省けて丁度いいや……孕ませてやる。」


「…まだいたか。絶滅させたと思っておったが…面倒いのう。これ以上滅ぼされたくなくばさっさと、万能薬を寄越すのじゃ。」


「嫌だよーん。こんなにおいら達を殺してくれたんだ。それに、そろそろ…上にいるおいら達がここに来るからなぁ。命乞いすんのはそっちじゃね?」


「ふん。数だけが取り柄の烏合共に何ができるのじゃ?ワシ相手に傷の一つもつけられないとは…やはり他の2体の竜の方が強いんじゃないかのう?」


「……………は?クソガキ。今なんつった?」


エンリは淡々と言い続ける。


「聞こえんかったか?ワシは他の竜よりも、弱いと言ったのじゃが……年をとりすぎて、耄碌したのかの?」


「宝石オタクと本の虫な奴らよりも…弱い?おいらが??……ギャハハハハハハハ!!!!そうかそうか分かりやしたよ…生きて返さねえからな。クソガキ。」


「よい…鏖殺じゃ……む?凡人、何を…」


僕はエンリに耳打ちすると、珍しく困惑した表情を浮かべた。


「……おい凡人。気は確かか?」

「ああ。だから…そこで見ていてくれ。」


僕は手ぶらでセクロスの方へと歩き出した。


「…来いよセクロス。僕が相手だ。」

「はいぃぃ?糞童貞風情が調子にノリやがってますねぇ。まずはその思い上がりを…っ!?」


竜の姿で動揺しているのを見るのは何だか新鮮だなと思いながら、僕はエンリみたく笑う。


「…どうした。僕を孕ませるんじゃなかったのか?」

「……な、何で…さっきまで、確かに…」


僕は今までの情報を加味して考え抜いた仮説を言い放った。


「繁殖能力…つまり『精力がない生物相手には孕ませられない。』そうだろ?…セクロス。」

「……」


その表情でこの説が正しい事が証明された。


今の僕からは——精力が完全に失われている。

その理由は、ほぼ確実に…あのハンカチだ。


(後でお礼をしなくちゃいけないな。でも一生このままなのは…精神的、紳士的にも辛いから治し方とか…教えてもらわないと…)


「……ふ、くくっ。」

「何だよ。可笑しくなったのか…いや、元々だったか。セクロス…お前の負けだ。」


上から数十体のセクロスが降りてきて、僕を取り囲んだ。


「犯せねえ孕まねえ糞童貞以下のゴミは…普通に殺せばいいだけでありんす。ほーら、集団リンチのお時間ですわよ〜なんつって。ギャハハハッ!!!」

「おい…これから無双劇が始まるぜ?そんな数で大丈夫か?」

「へぇ。これから、無双(笑)…ギャハハ……いいですよぉ?」


さらに数えきれない程の数のセクロスが降りてきて、皆が同時に同じ言葉を僕に投げかけた。


『さあ、ではやってみせてくださいよ…口だけのゴミ畜生♪まさかできないとは言いませんよねぇ…』


僕は後ろを振り返らずに、呟いた。


「8割だ。」

「…?何を言って…」

「……やっちまえエンリ!!!」


僕はエンリの攻撃に巻き込まれて、ここで死んでしまうかもしれない。


——でも


「信じてる。」


曲がりなりにも今は亡きソレニ村で僕を救ってくれた…エンリの事を。


「——『浄化オセン』」


最深部の床が一瞬で暗黒色に染まった。


……



———弱い僕が前に出て、アイツらが油断してる隙に…全員ぶっ倒してくれ。



展開を解除し、また闇に腕を突っ込んで凡人を取り出す。


「……。」

「……やはり耐性があるか。不思議な奴じゃのう。普通なら廃人…いや、この場合は廃竜になるんじゃが…」


意図的に生かした竜を蹴り飛ばす。


「…おい、万能薬じゃ……早く寄越せ。」


「auewmdg!」


「何を言っておるのか…はぁ。だからやりたくなかったんじゃ。」


「…djtdl…え、ふ…ふぇぇぇぇぇえん!!!!」


傷だらけの竜は幼児の様に泣き出した。


「…面倒じゃし、こうなったら吐かせるまで闇の中に…」

「———やめときなよ。これ以上やったら…コロっと死んじゃうぜ?……『原初の魔王』」


咄嗟に鎌を取り出して、声がした方向を斬りかかるが…空を舞った。


「チッ…忌々しいのう。」


「全く。過分な評価だって…こうして話すのは『煉獄』での一件以来になるのかな?」


「……」


後ろを振り返ると、黒い軍服を着た男が立っていた。


「……何が目的じゃ…『漂流者』」

「あ、私の事を知ってたのか…ふ〜ん。そんなに警戒しなくてもいいよ…ただの回収作業だから。すぐに戻るさ。」


男は何かをエンリに投げる。


「…‥何のつもりじゃ。」


「ん?欲しかったんじゃないのかい…それ。玉川君のお陰で『非人』を発見できたんだ。これは、私からのささやかな報酬さ。」


「…ふん。貰っておいてやる。」


「はぁーツンツンしてるねぇ。もっと素直に…」


突如、男が黒い焔で燃えて…灰になった。


「…なればいいのにね。」


「……」


「おいおい、そんな盛大に舌打ちしなくても…私の心が折れてしまうよ。」


「…折れて死ぬのがお似合いじゃ。」


男は凡人が連れて来ていた少女を抱えた。


「…よっ、と。んじゃあね♪玉川君によろしく〜。この子はこっちの管轄だから気にしなくていいよ。後…ここに私が来た事はくれぐれもご内密にって事で。」

「内密…?ハハ…ワシがそれに従うとでも…」


男はおどける様に言った。


「盗聴してたろ?玉川君がつけてる指輪で。理屈は分からないけど…あっ、私が玉川君に教えちゃおっかなぁ〜」

「…っ………………………チッ、分かった。」


男と少女の姿が消えた。


「……。」


エンリは無言で地面を何度も蹴った後、息をついた。


「…おいトカゲ。帰り道を案内するのじゃ。」

「………。」


さっきの行動を見て怯えているのか、素直に頷き、先導を始めようとする。


「待て。その前にこの凡人を背負え。」


「…うん。」


「うわぁ…気色悪いのう。逆に不気味じゃな。」


「……。」


セクロスに案内されて数時間後…迷宮の入口に到着した。


「ふぅ…新鮮な空気は美味いのう。あそこは息が詰まる。」

「……。」


未だに気絶している凡人をセクロスの背から地面に叩き落とす。


「もう下がってよいぞ…トカゲ。ここで殺さない事…精々、ワシに感謝せよ。」


「…エヒ。」


「…?」


変な声を漏らした後、そのまま背を向けて迷宮へと戻って行った。


「また闇の中に入れてもよいが…」


——信じてる。


脳裏にさっきの言葉が浮かんで、昔の事をふと思い出し…複雑な気持ちになる。


「…ふん。このまま引きずって町へと戻るとするかの。そっちの方が、途中で起きるかもしれん。」


そんな事を呟きながら凡人の折れた右腕を両手で持って引きずりながら、ソユーの町へと向かう。


(む……飯を食い過ぎたか?)


その時…下腹部から来る小さな違和感をエンリは無視した。




















































































































































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