地獄の様な迷宮探索
6話 いざ、聖竜の迷宮へ
「………。」
僕は後ろにいるエンリを見やる。
「…凡人?何故ワシを訝しげに見る…心底不快なんじゃが…」
「…エンリさんや。この人…僕達に何か話をしようとしてた気がしたんですけど……」
エンリは鼻で笑った。
「…『石化』程度で留めてやるという最低限のうぬへの配慮を見せてやっただけじゃが?」
「配慮…って。」
改めて…石化し微動だにしない青年を観察する
「…これって、治せるものなのか?教会とかに連れていけば治るもの…なのか?これ。」
「たかが聖職者如きに——治せるものではないよ。弱体化しているとはいえ…このワシの目によってかけられた『呪い』じゃからの。」
「あの、善意でやってくれたとしても…ただ、僕が困るだけなんだが…」
「…適当に砕いて地面にばら撒けば、確実にバレないじゃろう。やるか…凡人?」
「…っ!?やらねえよ!!そんな事したら、夜罪悪感とかで寝られなくなるわっ!!」
「ふむ…いい案だと思ったんじゃが……」
どうしようかと僕は途方にくれていると、エンリが閃いたように手を打った。
「この世界は何処なのか…知ってるか凡人?」
「……確か『異世界アリミレ』とかあいつが言ってたけど…それがどうかしたのかエンリ?」
「ほう………なら、解決法はあるぞ。」
「……っ!?本当か、教えてくれ。」
「そう焦るな凡人。」
エンリは闇から地図を取り出し、ある場所を指さした。
「……『聖竜の迷宮』?って何だ?」
「……詳細は省くが、そこに万能薬がある。恐らく『呪い』も解呪できるほどの…じゃが…」
「……エンリ?」
珍しくエンリが戸惑う様子を見て僕は。
「…覚悟は出来てるから。お前、あんなデカいタイタンだって倒せるんだろ?僕は精々足手まといにはならない様に頑張るから…頼む。力を貸してくれ。」
「ずっと気になっておったが…何故そこまでこの人間を助ける事に拘るのじゃ?」
「…それは、」
———立場?人間性?クク…それがどうした。善人も悪人も関係ない。もし誰かに助けられたのなら、その受けた恩を死ぬ気で全員に100倍して返すまでのこと。このアタシを誰と心得る?
昔、高校の卒業式で彼女がそう言っていた事を思い出していた。
「僕の精神を何度も救ってくれた人への恩返しの為だけど…それじゃ駄目か?」
「……ふん。」
エンリは僕に背を向けてから言う。
「恩返しか…思いの外、阿呆らしい理由じゃが……魔王を潰す前座じゃ…付き合ってやる。感謝せよ凡人。」
「…ありがとうな。エンリ。」
「ふん。では早速向かうぞ。場所はソユーの町からそう遠くない…」
すぐに向かおうとするエンリに僕は待ったをかけた。
「…何じゃ…凡人?」
「その前に、この人を町の教会とかに運んでからでいいか?」
「…ふん。勝手にせい…ワシはここで待つ。」
「え?エンリは来ないのか?」
エンリは振り返るとその場に座り、目を閉じた。
「まだ『魔眼』の制御が出来ておらん。仮にワシが町に行けば…全滅じゃよ…どうしてもというならワシは一向に構わんが…」
「…!?!?分かった、すぐ戻るから!!ちゃんとそこにいてくれよ!」
僕は動かない青年と大剣とかを何とか持ってから、町へ向かった。
……
…
ソユーの町の入口付近まで行くと、大勢の人達に囲まれた。
「おい…タイタンはどうなった!!」
「え、ラナド君!?ねえ…しっかりしてよ、どうして…」
「えっと…」
周りにいる人達にこうなった経緯を言った。
『僕は偶然にも平原の近くにいて、見つけた時には既にタイタンは倒されていて、そこにこの青年がいました。』
……そんな嘘の話を。
本当はエンリが全部やったんだけど…言える訳がないし、絶対に信じては貰えないだろう。僕がやったと言っても良かったが…『タイタンを倒したその力で〜』とかで厄介な事になりそうだから…やめた。可哀想な青年への慰謝料代わりという事にしておこう。
声とかちょっと震えてたけど、何故か納得した様に頷いている人達ばかりで幸いした。青年と武具をパーティメンバーと思われる子達に預けて、ぼくはエンリの元に戻ろうとする。
「…あっ、冒険者カードが落ちましたよ。」
「す、すいません。ありがとうございます。」
見覚えのある桃色髪の女性が落としたカードを拾い上げ、僕に手渡してくれた。
……その時に見えてしまったのだろう。
「あの…えっ、タマガワさん…レベルが25に上がっていて…討伐履歴に…『タイタン』と…」
「……あっ、すいません、用事が…ではまた今度っ!!!」
「…え、待って…」
ボクは2度目になるであろう全力疾走で、ソユーの町から逃げるように駆け出した。
……
…
エンリの元に戻る頃には日が沈み、夜になっていた。
「…遅いぞ凡人。ワシを何時間待たせるつもりじゃ。」
「ごめんエンリ。町で色々あったんだよ。」
暗い中、エンリは立ち上がった。
「…では行くぞ。今から動けば朝には辿り着くじゃろう。」
「あの、エンリさんや…晩飯とかは…」
「いらんじゃろ。そんなに何か食べたいなら、森にいる魔物共を食べろよ。」
「アレ…あんまり美味しくないだろ。」
僕はその味をよく知っている。あの地獄の行軍で何度も食べたから。
「それは単純にうぬが料理下手なだけじゃよ…ワシが知っている彼奴の作る料理は、どんなに粗悪な魔物肉でも……最高の一皿を作り上げるぞ。」
「…さいですか。」
「……フフ。もし、凡人が大きな貢献をしたその暁には、その料理を食わせてやろうかの。」
人は…極度の空腹には抗えない。
「っ、言ったなエンリ。約束したかんな!!」
「…おい。そんなに急ぐと…」
はやる気持ちを抑えられずに暗い夜の森に入ると、僕の真横から爪が迫って…その直前に、エンリが割って入り…肉が抉れる音がした。
「…簡単に死ぬぞ。分かったか…凡人?」
脇腹から出血しながらも、エンリが右手で熊の様な魔物の頭をグシャッと潰した。
「……ふん…返事が聞こえんのう。そうじゃ!一度、殺して…」
「はい分かりました、エンリさん。一生ついて行くっす!!」
「何じゃその変なテンションは…それにその手を離せ。血で汚れとるし…うぬの手汗で余計気持ち悪いわ!」
その夜は、エンリに嫌がられながらも人並みに温かいその手をずっと握っていた。
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