やみなべ

創作集団「Literature」

玉響/遺書

 あの日、僕は錆だらけになった正門の鍵を開けた。


 記録的な寒さと言われた十二月。関東でも、かなり積もるほど雪が降った。


 僕が通っていた中学はこの冬休みが明ける前に廃校になったから、一月からは少し遠いところにある違う学校に通わないといけなかった。これを機に学区が変わってくれれば良かったんだけど、人生そう思い通りに行くもんじゃない。


 黒ずんだ校舎にツタまで絡まった廃校なんて、昼でも気味が悪い。だから解体工事の業者ぐらいしかここに来る人はいないけど、僕はどうしても、もう一度ここに来なければならなかった。


 別に大した理由じゃない。誤って持ち帰ってしまった正門の鍵を返しに来たんだ。生徒会長だった僕は、どうしても外せない用事があるという先生の代わりに、正門の戸締まりを頼まれた。鍵は近くの植え込みに隠しておけって言われたけど、考え事をしてたら鍵を持ったまま家に着いてた。次の日から冬休みだったし、休み中のどこかで返しに行けばいいやって思って、今日持ってきたんだ。


 本当は鍵を植え込みに置けばいいだけなんだけど、他に目的があって、鍵を開けた。なるべく音が鳴らないようにゆっくり回したんだけど、ガチャッて結構大きい音が鳴っちゃった。


 多めに積もった雪と薄気味悪い校舎は妙に調和していて、上手く使えば良い感じのお化け屋敷とか作れそうだった。そんなことを考えながら校舎の周りを歩いていると、校舎裏に植えられている大きな桜の木のところまで来た。ここが僕の目的地。


 今は冬だから葉っぱすらないけど、春になったらすっごく綺麗な花が咲き誇る。そういえば、桜の木の下には死体があるってよく聞くよね。


 僕、今日のために色々準備したんだ。ホームセンターで縄を買って、ほどけにくい結び方を調べて、理想の場所はどこなのか考えて。


 僕が出した結論は、こうだよ。まず、首を吊るための縄を買う。それから結び方の練習をする。実際に結んだときに失敗したら、嫌だからね。場所は家でも良いかなって思ったんだけど、なんか味気ないから「思い出」がたくさんの、この学校にしたよ。


 そうそう。霊は不思議なチカラがありそうなイメージだけど、それ本当。だって僕、自分で自分を埋めたんだもん。ダメ元で宙ぶらりんの自分に触れたら、それが揺れたんだ。だからやってみた。


 僕をいじめたクラスメイト。いじめアンケートに書いても対応してくれなかった先生たち。相談しても聞く耳を持たなかった親兄弟。


 桜の木の下を掘ってごらん。


 でも安心して。呪うとかはしないから。ていうか、そういうのはできないっぽいし。僕のことなんか忘れちゃってよ。だって、


 ”君”の世界に”僕”はもういない。

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