異世界帰りの勇者は、ダンジョンが現れた世界で無双する
島
第1話 黒の魔帝と白の剣帝
「あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……………暇だ」
俺はベッドに寝転びながら天井を眺めていた。
今日は休日で特に遊ぶ予定もなかったので暇を持て余していた。
「ちょっとお兄ちゃん、ダラダラしてないで何かしなよ」
部屋の扉が開かれ、見慣れた顔の女の子が入ってくる。
低い身長に短いボブにした茶色がかった髪、見惚れるくらいに整った顔。
家族の贔屓目を無しにしても、麗奈はモテる。
たまに義兄妹で出かけるのだが、その時でさえとんでもない数のナンパをされる。
関係上は俺の従姉妹なのだが、幼少期に麗奈の両親が他界し、うちの両親が引き取ったのだ。
対する俺は
義妹のハイスペぶりに対して、俺は根暗コミュ障のモブだ。
平均的な身長、整えられていない黒髪、ある程度整っただけのフツメン。
我ながら残念なスペックをしている。
「………麗奈、ほっとけよ………」
「お義兄ちゃん、何か用事がなければずっとそうやってゴロゴロしてるでしょ。不健康なんだよ」
「そうは言ってもな、動きたくないもんは動きたくないんだよ」
俺がどうあっても動かない姿勢を見せると、麗奈は禁断の一手を出してくる。
「お義兄ちゃんの小説やら漫画やら捨てるよ」
「それはやめぃ!」
俺の命とも言えるものを捨てると言われて咄嗟に飛び起きる。
「やっと起きた。ほら、お義母さんからのお使い。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、豚こま肉、カレールーだって」
そう言ってエコバッグとお金を差し出してくる。
「はいはい、行ってきますよ………」
俺は渋々受け取り、家から出る。
「スーパーなんていつぶりだよ………好物のカレーが食えるなら良いんだけど」
俺は足を動かしてスーパーまでの道を歩き始める。
「いやー、こんなふうに舗装された道を歩くのも、あの時は驚きでいっぱいだったなぁ」
そうして思い出すのは、俺の異世界での日々。
実を言うと、俺は転生者だ。
前世での俺は、いわゆる異世界で、勇者としてその名を轟かせていた。
勇者と言ってもその実、俺は地球から異世界転移させられた、向こうの世界における“異世界者”だった。
魔王を討伐するために、全国各地を回り、仲間を集め、実力をつけ、人々の悩みを解決していった。
そうして旅の目的、魔王討伐を成し遂げた俺は、なんとその世界における脅威だとして強制送還。
強制送還の影響で、最初から人生を歩むことになり、地球へと帰還した結果、いつの間にか地球にもダンジョンが現れていたのだ。
現代に戻ってきた俺としては、もう戦いに興じる気はない。
人助けとして戦うようなことはするが、基本的に戦うことは最小限にしたいと思っている。
そんなことを考えていると、スーパーにたどり着く。
「タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、豚こま肉、カレールー、だったかな?」
頼まれた食材をカゴに入れていき、お釣りでアイスを買う。
「溶ける前にアイス食っちゃおう」
俺は帰り道を歩きながらアイスを袋から取り出し、食べ始める。
夕方ではあるが、まだ暑い夏の日差しで上がった体温にアイスの冷たさが心地よい。
「あ〜………美味い」
俺が夢中でアイスを食べていると、すぐにアイスが無くなってしまった。
「ふぅ、美味かった。帰ろ」
俺は軽い足取りで家へと帰った。
「ただいま〜」
「お義兄ちゃんおかえり。早かったね」
「なんだ?俺が普段から遅いって言いたいのか?」
「そうだね」
「否定しろよ………」
妹とそんな会話をしながらリビングへと向かう。
「母さん、買ってきたよ」
「あぁ、海斗。ありがとう」
俺は冷蔵庫に買ってきた食材を入れ、夕飯ができるまでテレビを見ようと電源を入れた。
すると、ニュース番組が流れ、とある事件が取り上げられていた。
題名のテロップには『またもや活躍!“黒の魔帝”と“白の剣帝”!』と書かれている。
音声はアナウンサーや専門家たちの会話が流れている。
『最近話題の“黒の魔帝”と“白の剣帝”、一体何者なんでしょうね?』
『素性に関する情報が全くない以上、誰なのかと推測することは難しいんですが、一つだけ言えるのは、その実力は“
『素性に関する情報が無いんですか?』
『ええ。何をどう探しても、出てくるのは多数の写真だけ。“剣華七聖”も“天魔九眼”も、国家直属の冒険者組織ですから、国からの情報供与も期待できないですしね』
そのニュースを見ていた麗奈が呟く。
「本当にこの二人って誰なんだろうね?今も人助けしてるのかな?」
「さぁ?どうなんだろうな」
今も人助けをしているのか。それを俺に聞くのであれば、それはNoだと即答する。
なぜなら、“黒の魔帝”も“白の剣帝”も、どちらも俺が正体なのだから。
剣華七聖とは、日本政府と冒険者ギルドによって日本人から選ばれた7人の剣豪たちの総称で、強い順に一席から七席まである。
その第一席を務めるのが“白の剣帝”で、先ほども言われていたように、素性は誰も知らないという謎に満ちた人間。
天魔九眼とは、これまた日本政府と冒険者ギルドによって日本人から選ばれた9人の魔導士たちの総称で、強い順に一位から九位まである。
その第一位を務めるのが“黒の魔帝”で、“白の剣帝”同様、誰も素性を知らない。
この二人に関して分かっているのは、日本人であることだけ。
そのため、「この二人は宇宙人である」だとか、「実は高性能戦闘ロボット」だとか噂されている。どちらも違うが。
ちなみに、俺がこの二人の正体であることを知っているのは、俺の父親と内閣総理大臣、他の剣華七聖と天魔九眼だけだ。
普段の日本の警備をしているのは第二席から下の剣華七聖か、第二位から下の天魔九眼たちだ。
俺以外の剣華七聖と天魔九眼は全員成人しており、俺はそれらの業務に就く前に、学業の義務があるということで、ある程度の警備任務は免除されている。
それでも任務がないわけでは無いので、正体バレを避けるために正体を隠して警備していたら、謎の救世主としてこんなにも有名人になってしまった。
「それにしても、この二人ってどんな人なのかなぁ。フードの下は案外イケメンとか美人だったりして」
「………まぁ、想像は自由だよな」
義妹には申し訳ないが、その二人の中身はどちらもフツメンの俺だ。
そんなことは知る由もないのだが。
しばらくして、母さんがカレーを完成させたので、3人で食卓を囲む。
「「「いただきます」」」
スプーンで白米とカレールーを掬い、口へと運ぶ。
すると、中辛のピリッとした辛さと鼻を抜けるスパイスの香りが広がる。
「うめぇ」
「やっぱりお義母さんの料理は違うね!」
「ふふっ、ありがとう」
あまりの美味しさに夢中でスプーンを動かしていると、すぐに皿からカレーライスが無くなってしまった。
「ふ〜、美味しかった。ご馳走様」
「お義兄ちゃん食べすぎだよ。私もご馳走様」
「ふふっ、お粗末さま。2人ともありがとうね」
しっかりカレーライスを完食した俺は、皿を片付け、風呂に入ってからその日を終えた。
◇
次の日。
「くぁ……………ふぅ、眠いな。帰ったら寝よ」
今日は月曜日なので、学校でしっかりと勉強してから帰るところだった。
一応、剣などの武器の携帯は許可されているため、腰には2本の打刀がぶら下がっている。
眠い目を擦りながら通学路を歩いていると、背後から悲鳴が聞こえた。
「ん?」
気になって少し駆け足で引き返してみると、裏路地にて少女がワンボックスカーから出てきた二人組の剣を持った男に連れ込まれそうになっていた。
「いやいや、まさかの誘拐?面倒なところ見ちゃったなぁ………」
俺は面倒だと言いつつ、助けに入る事を決意する。
俺は昔から、困っている人を見逃せないタイプのお人よしだった。
そうなったのには理由があったりするのだが、ともかく困っている人は助けたくなってしまうのだ。
「流石にこの姿じゃあれだし、いつもの変装してこう」
俺は一度、見つからないように別の路地裏に身を隠し、周囲には隠している魔法を発動して、姿形を変える。
「光魔法【
光魔法で変えられたその姿はまさに漆黒。
黒を基調としたローブに、頭をスッポリと覆ったフード。
これは昨日、ニュースでやっていた謎の魔法使い、“黒の魔帝”として俺が活動するための姿だ。
俺は姿が変わった事を確認した後、魔法で空を飛んでワンボックスカーの近くに降り立つ。
「誘拐とは感心しないな」
「なっ、なんだお前!」
「こ、コイツ、“黒の魔帝”だ!」
「あ、あの有名な!?クソ、やっちまえ!」
2人は少女を魔法で手早く拘束した後、こちらに切り掛かってくる。
「失せろぉぉぉぉお!!」
「死ねぇぇぇぇぇえ!!」
2人の剣による連撃を俺は華麗に避けていく。
「遅いな。その程度で俺が倒せる訳が無い。俺を倒したきゃ、剣華七聖か天魔九眼を連れてくるんだな」
俺は一瞬の隙を突いて2人の背後に回る。
「さらばだ。風攻撃魔法【
「げっ!?」
「がっ!?」
俺の両の掌から放たれた風の刃は、男2人の後頭部に直撃し、2人の意識を刈り取った。
「空間魔法【
俺は魔法でヒヒイロカネ製のワイヤーを取り出し、男2人を縛り上げる。
ヒヒイロカネは、この世の金属において2番目の硬度を誇る金属だ。
この世界にダンジョンが現れる前の時代、この世には存在しない金属であったが、とある日に突然ダンジョンが現れた結果、そのダンジョン内でのみ採取できる金属として、ヒヒイロカネがあったのだ。
ちなみに、1番はオリハルコンで、こちらもダンジョン内でのみ採取できる。
男たちを車と一緒に括り付けた俺は少女の方に向かう。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
冷静に話す俺だが、内心凄く焦っていた。
(この子、うちのクラスの“学校一の美少女”、
霧島沙羅。
腰まで伸びたロングの黒髪、その見事な肢体に似合ったブレザーの学校の制服。
俺が通う学校、岩咲高等学校一の美少女と呼び声高い女の子だ。
クール過ぎる性格の持ち主で、彼女に近づこうとした男は数多。しかしその度に………
『それで?』
『誰ですか?』
『興味ありません』
といったありがた〜いお言葉を頂いているんだそう。
それには学年一のイケメンも同様で、『あなたの事は存じ上げませんね』と、言われたそうだ。
一部のそういった性癖を持つ輩にとっては栄養なのだそう。俺は全く興味がない。
何でも、その冷徹な様子と、戦闘実習における氷魔法の練度の高さから、“魔氷の花姫”とも呼ばれているらしい。
確か、霧島グループとかいう全国に展開する大手企業の令嬢なんだとか。
誘拐された理由が判明したところで、意識を現実へと戻す。
「外傷はなさそうだが、一応回復をしておこう。それにしても、霧島グループの令嬢様がなぜ護衛も付けずに登校なんて………」
バレるのは面倒だが、俺が同じ学校の一生徒であるとバレなければ良いだけ。
霧島グループの令嬢である事を知っていることは明かしても良いだろう。
「あら、“黒の魔帝”さんも私のことはご存知なのですね」
「有名だからな。貴女のことは」
これは事実だ。
霧島沙羅という名前は、霧島グループ令嬢であることを除いても、かなり有名だ。
沙羅は実は、女優やモデルもやっているのだ。
そちらの方面で知っているという人も少なくない。
「ふふっ、有名人に知られているのは光栄ですね。護衛を付けていないのは、敢えてですよ」
「ほう?」
それは意外だった。
なぜ犯罪に巻き込まれるかもしれない危険を犯しながらわざわざ登校なんてしているのだろう?
「私、こんな身分ですから、贔屓をされることが多かったんです。私は、それが嫌でした」
「………」
「私が贔屓されるのは、単に私が霧島グループの令嬢だから。だから、考えたんです。まず護衛という存在を無くして、皆さんとの距離を縮めようと」
「………なるほど。上流階級特有の悩みか」
「はい………“黒の魔帝”さんは、この悩み、分かってくれるでしょうか?」
「………なぜ、そのような事を聞く?」
俺は確かに有名人であるが、そこまで裕福であるわけではない。
それを俺に聞くというのは、少し場違いではないだろうか?
「いえ、単に気になっただけです。贔屓される立場というのは、家の裕福さだけではないですから」
「………なるほどな。そうだな………贔屓が好きか嫌いかで言ったら、嫌いだな。そもそも不平等が嫌いというのもあるのだが、俺は有名人で、政府との関係もある。それを理由に贔屓されては、それは対等とは言えない。まぁ、俺は正体を隠しているから、あまり意識しなかったがな」
しかし、それを考えると、彼女は俺なんかよりも長い間その不平等感を味わって来たわけだ。
「でも、貴女はそんな俺の不快感とは比べ物にならない程のものを味わって来たんだろう。俺なんかにこんなことを言う資格はないのかもな」
「……………」
俺が心のうちにあった思いを語ると、彼女は何やらハッとした様子でこちらを見る。
何があったのかは、俺の知るところではない。
話しているうちに細かい傷も治ったようで、俺は回復魔法を解除する。
「これくらいでいいだろう。一応警察を呼んでおくといい。俺はそろそろ行かなきゃならんのでな。さらばだ」
「あっ」
必要な後始末はしておいたので、あとは所轄の警察に任せればいいだろう。
俺は立ち上がり、【空間転移】を発動して家の前まで転移する。
転移系魔法は一般的に扱われる魔法なので、転移と同時に姿を変えれば、特にバレることもない。
「ただいま〜」
俺は玄関を開け、そのまま家に入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます