第4話 誠司の推論

 次の日の朝、教室で姫を待つ。昨日の事をいろいろ聞かねばならないからだ。あれは一体なんだったのか。それに今日もまた同じ様な事が起きるかもしれない。昨日はなんとかなったが、今日はどうなるかわからない。であるなら、できるだけ情報を貰われなければならない。そして対策を取っておくに越したことはない。そう思って姫を待つが一向に現れない。

 今日は休みなのかと思った頃合い、チャイムが鳴る瞬間に姫は現れた。特に慌てた様子もなく堂々とギリギリに来やがった。

「やれやれ、やっと来たか。転校早々に欠席するのかと思ったぜ」

「あらぁ、そんなにわたしに逢いたかったのぅ?」

「誤解されるような言い方するな。それにしなを作るなしなを!」

 彼女はケラケラと笑って、バシバシと俺の背中を叩いた。

 ふと目の端に由美の姿が映った。はっとした。昨日初めてメッセージを送らなかった事を思い出したからだ。そして彼女は此方を見ていた。最近では、どんな事があっても俺の方を見ていなかったのに。それは強いて見ない様にしている感じだった。しかし今、此方を見ていたのだ。俺が見ている事に気づくと、直ぐに眼をそらして、前を向いてしまった。これはつまり、俺がメッセージを送らなかったから気になっているのだろうか? そんなふうに解釈してもよいのだろうか。確証はどこにもなかったが、由美はまだ俺の事を気にしている。そうだ、まだなんとかなるのではないかという希望が湧いてきた。


 それはそれとして、姫の登校が遅すぎた為、直ぐにホームルームが始まり、昨日の事を聞く事が出来なかった。また昼休みにでも聞くしか無さそうだった。焦る必要はない。今日の夜、寝るまでに話が聞ければいい。そう思っていた。


 昼休みになり、特に姫と約束した訳では無いが、俺も姫もどちらともなく席を立ち、屋上へ向かおうと教室から出ようとしていた。

「隼人、ちょっと待った」

 教室を出る寸前に、誠司が止めに入ってきた。「なんだ?」と聞くと、「話があるので、お昼付き合えよ」と言ってきた。その様子から、誠司が由美に関して何か情報を掴んだと感じた。

「姫、ごめん、今日はこいつと一緒に食べるわ」

「ほいほい、りよーかい。隼人くんの親友の為なら仕方がない。姫は独り寂しく食べてくるわ。じゃあ相模くん、隼人くんをよろしくー」

 そう言って、元気に走り去っていった。意外だった。姫の事だ、もっとねちっこく拒否してくるのではないかと覚悟していたので、肩透かしを食らった感があった。

「へえ、あの子、僕の名前知ってたんだ」

 誠司が凄く不思議そうに呟いた。

「そりゃあ、クラスメイトだし、お前の名前ぐらい知っててもおかしくはないだろう?」

「いやあ、あの子ってさ、お前以外とは関わらないって感じだしさ。他のクラスメイトには興味ないと思ったんだがね。他の奴と話してるところも見たこと無いよ。僕は。それにあの子、昨日転校して来たばかりだし、僕はまだ、彼女と喋った事すらないよ?」

 そうだったのか。気が付かなかった。確かに昨日、教室で一悶着あったけど、そのせいで周りと上手くいっていないのかな。あのせいで周りが避けているという事はあるかもしれない。いや、それよりも前に、そもそもあいつがみんなを拒絶したんだっけか。

「それに噂になっているよ。お前が今度はあの転校生といちゃついているってね」

「まじか。まあそう思わなくはなかったが、まだ一日目だぞ」

「まあ、一日あれば充分じゃない? 昨日、一緒に帰ってるところ、見られてるよ。すぐに伝わってきたよ。昼休みもどっか二人っきりでどっか行ってる事もね。噂の伝達速度ってのは怖いねえ」

「そういう仲じゃねえよ。向こうから一方的にだな、ぐいぐい来てるんだよ」

「ふーん、一方的にねえ。隼人も満更でもないって感じにみえるけどね」

「そんな事ねえよ。迷惑してるぐらいだ」

「まあ、それはそれとして、あの子、なんかおかしくないか?」

「おかしいってなにが?」

「なんていうかさ、仮にお前に一目惚れしてアクション起こしているんだと考えてもさ、なんか違うんだよな。なんだろう。初めからお前しか見てないというか、お前以外に用は無いという感じがね。凄くするんだよね。それこそ出逢う前からお前しか見てないっていう感じ? なんかさ、最初に教室に入ってきて挨拶終えた後にさ、誰かを探している、僕にはそう見えたよ。それにあの子の言葉さ。お前に向けて言っているというより、周り対するアピールに見えるんだよね」

「アピールってなんの?」

っていうアピールさ」

 すごく怖い事を言う。特にそんなふうには感じてなかったが、外から見るとそう見えるものなのか。本人に問いただす訳にもいかなそうだし。実際のところどうなんだろうか。そしてそんな彼女の態度に、悪い気はしていない自分がそこに居た。


 久しぶりに、誠司と机を合わせて弁当を食べる。

「話は食べ終わってからな。周りに聞かせたくないので別の場所で」

 あまりいい話ではなさそうだ。誠司の意向に従って、食事中は世間話てお茶を濁す事にする。

「お前と食べるのも久しぶりだな」

「そうだね。二ヶ月ぶりってところかな」

「勝手にフェードアウトしやがって」

「そりゃないよ隼人。お前と由美ちゃんが居るとさ、僕はなんか邪魔って感じがして仕方がなかったよ」

「そんな事無いだろう。ちゃんと俺も、あいつもお前と話ししてただろう?」

「そーいうの、気を使われているって感じなんだよ。そこまでして一緒に居ようとは思わないね。僕は。それなら他の奴らとつるんで居たほうが気が楽ってもんだよ。あ、でも怒ってたり恨んでたりはしないよ? 僕は二人の仲を応援する立場さ」

 何が応援だよ。俺と由美はどうこうなるつもりはねえっての。


 二人して弁当を食べ終わると徐ろに教室を出て、さらに校舎を出て、人気の無い場所を探して歩きながら、誠司は話を始めた。

「隣のクラスの矢道翔やどうしょうって奴を知っているか?」

「いや、知らんが」

 まったく聞き覚えがない名だった。俺はクラブ活動もしていないので、クラスで一緒になった奴ぐらいしか知らない。そうそう有名人でなければ名前を覚えていたりはしない。

「そいつが由美ちゃんに告ったっていう噂を掴んだよ。最近の事らしい」

 由美が他の男から告られた? その事にショックを受けた。まあ、由美はそれなりに美人だし元気だし可愛いから、そういう事もあるだろうし、今迄だってあったことだろう。本人から聞いた事も噂で聞いた事もないが。しかし、なんで自分がこんなにもショックを受けているか不思議だった。

「やっぱり、気になるよな? まあ振られたって話だから安心しなよ」

「安心ってどういう意味だよ? 俺は別に」

「まあまあ、落ち着いて。本題はそこじゃない。矢道って奴は振られた。そして由美ちゃんは頬に怪我をしている」

「それって?!」

「振られた腹いせに殴った。そう言われてる。まあ、噂だけどね」

「それで、由美には確認したのか?」

「一応ね。由美ちゃんは否定したよ。嘘ついているようには見えなかった。それに矢道を庇うって感じでもなかったな」

「それじゃ、結局のところ振り出しじゃないか?」

「そうでもないさ。矢道って奴は去年、クラスで暴力事件を起こして停学処分を下されている」

「それがなにか?」

「わからないかな? お前は自覚ないかもしれないけど、お前と由美ちゃんは付き合っているっていう噂は結構広まっているんだよ。そこに矢道は割って入って、しかも振られたんだ。お前に怒りの矛先が行っても不思議じゃないと思うだろう。つまりさ、お前が言っていた、お前と会うときに由美ちゃんが人目を気にしていたというのはさ、矢道が知ってお前に何か危害を加えないかどうか心配だったんじゃないかな? そしてなんかそんな気配でも感じたんじゃないか? それがいよいよ危ないって感じなったので、完全に関係を断つような素振りを見せ始めたという可能性を僕は感じるね」

「俺を心配してって事か? それ由美には?」

「聞けるわけ無いだろう。それに聞いたって言わないだろうさ。由美ちゃんは」

 誠司の推測が正しいとしたら、この問題を解決する方法は……


「誠司、ありがとう。矢道ってやつに会うしかないな」

「気をつけなよ。怪我すると由美ちゃんの意思が無駄になるからね」

「解っている。話をつけるだけだ」


残り少なくなったお昼休みの時間を使って隣のクラスを覗く。近くに居た生徒に矢道を呼んで欲しいとお願いすると、すぐに矢道は、やって来た。

 矢道は、俺を上から見下ろして威圧してきた。俺は170センチメートル丁度ぐらいだが、矢道は180近くあるのではないかと思われた。そして、がたいがいい。番長っという言葉が似合いそうな男だった。少し怯む気持ちを引き締めて、「話がある」と告げ、ほとんどの生徒が使わない側の廊下の隅にある階段に移動する。矢道も何か察したふうで、何も言わずに付いてくる。廊下に居る生徒から見えない位置まで歩いて止まり、そこで話を始める。

「由美を殴ったのか?」

 回りくどいやり方は苦手だったし、話し合いでどうこうなるような相手とも思えなかったので、単刀直入に切り出す。もう少しオブラートに包んだ言い方をするつもりであったが、つい口からストレートに出てしまった。相手の反応が怖くて一瞬怯んだが、矢道は特に動じた様子はなく、極めて冷静に言葉を返して来た。

「俺は殴っていない」

 その返答は予想していた。誠司から聞いていた話から、矢道が殴った事実は無いものと思っていた。重要なのは次の質問だ。由美に振られた腹いせが俺に向かっているのかどうかだ。

「お前は、由美に近づく男を追い払っているのか?」

「なんだそりゃ? どういう意味だ? えぇ?」

 凄みの効いた声音に少し後退る。この言い方はどうかと自分でも思うが他に良い言い回しなんで思いつかなかった。それにここは正念場だ。引くわけには行かない。

「俺が由美に近づくのを、お前が邪魔してるんじゃないか?」

 口に出してみて初めて気がつく。これは言いがかりというものだ。実際に俺は何の邪魔もされていない。由美の方が避けていったのが事実だ。矢道が俺の邪魔をしているというのは誠司の推測に過ぎない。

「お前が何を言いたいのかわからん。喧嘩がしたいんなら買ってやる。ただ、理由を言え。何が気に入らねえんだ?」

 矢道の言い分は最もだった。俺がどうかしていた。誠司の言葉に惑わされた。いや、誠司にせいじゃないな。これは俺自身の問題だ。

「矢道、済まない。邪魔した。忘れてくれ」

 立ち去ろうとした首根っこを掴まれる。

「おいおい、そりゃねーぜ。一方的に好き勝手言いやがって。こっちの質問にも答えろよ」

「わかった」とうなずいて合図する。危うく殴られるのかと思って身構えたが、矢道にその気は無かった。

「お前、早月隼人だな。佐奈川さながわさんと付き合っているのか?」

 意外だった。矢道は、由美の事を佐奈川と言った。まあ、由美の名字が佐奈川なんだが。てっきり由美と呼んで来ると思っていた。この事だけで判断するわけにはいかないが、矢道と由美との間の距離を感じられた。それも矢道の方からの距離だ。そんなちょっとした事に安心している自分を見つけた。

「いや、別に付き合っているわけじゃない。ただちょっと仲が良かっただけだ」

「俺はお前が殴ったっていう噂を聞いているが?」

「殴ってねえよ」

「ああ、それは佐奈川さんから聞いたよ」

「じゃあなんでまた俺に聞いたんだよ?」

「なんとなくな。お前の口から直接聞いておかないとな。俺はてっきりお前が殴ったんだと思ってな。女を殴るような奴を俺は許さねえ。だから、お前をぶん殴ってやろうと思ってな。彼女に確認しに行ったんだよ。そしたら彼女は必死で否定してたよ。そういう噂になっててお前に申し訳ないってな。拍子抜けだよ。まったく。とんだ恥をかいた」

「待て、つまり矢道、お前は由美に告って振られたわけじゃないのか?」

「ああ、そんな噂になってる事は知ってる。まったく好き勝手に広められてこっちは迷惑してるよ。佐奈川さんとは去年同じクラスでな。何度か話をした事がある。まあ気になってないと言えば嘘になるがな。告るとかそういう気はねえよ。ただ、佐奈川さんが怪我をして、それが彼氏に殴られたと聞いてな。流石に黙っちゃいられなかった」

 あぶねえ。由美の返答の仕方次第では俺はこいつにぶん殴られていたのか。怖すぎるわ。人の噂は恐ろしい。

「まあ、お前が殴ってねえのは信じてるよ。ただ、あの怪我の原因については何も教えてくれなかった。その様子じゃあ、お前も聞かされて無さそうだな」

「ああ、知らない」

「そっか。俺はあんまりいろいろ詮索したりするのは好かんのよ。だから今のところその件に関してどうこうする気はねえ。ただ、もし何か解ったら、教えろ」

「わかった。内容次第だがな。話せるようなものなら伝える」

 丁度話の切りが付いたあたりで昼休みの終わりを告げるチャイムがなり、矢道と別れた。


 誠司の話で光明が見えたかと思ったが、結局のところ空振りに終わった。結局のところ得るものは何も無かった。単に矢道ってやつが熱血漢だってこと以外は。

 どこかで様子を見ていたのか、誠司の奴が興味津々で結果を聞きに来やがったが、全くの的外れだった事をきっぱり言ってやったら、しょぼくれてやがった。「僕もまだまだだなあ」そんな事を呟いてすごすごと自分の席へ帰っていった。まあ、あいつなりに協力しようとしてくれているのは感謝しているんだけどな。次こそは有効な情報を頼む。

 

「さあ! 放課後だよぉ! 一緒に帰ろう!」

 放課後になったとたん、姫がけたたましく叫んで背中を叩いてくる。

「あんまり大声を出すな。みんなに聞こえる」

 誠司の話ではもうすでに遅い気もするが、とはいえそのままにしておく訳にはいかなかった。

「隼人くん、わたしに聞きたい事があるんじゃないの? そんな事言うと教えてあげないよ」

 耳元でそんな事を囁いてくる。

「まったく、行くぞ!」

 姫の腕を掴んで急いで教室を出る。

「あらぁ、隼人くんたら大胆」

「うるせえ!」


 駅へ向かう途中にある公園に寄り道をして、姫をベンチに座らせる。長い話になると思ったからだ。駅までの帰りの道すがらでは話しきれない。それに駅前で長い時間話し合っていたりしたら、他の生徒の注目の的になってしまうからな。これ以上噂を立てられたくはなかった。


「昨日のは何だ?」

 単刀直入に切り出す。

「アレとは?」

「夢のあれだよ! ほら、黒い霧のイノシシみたいな奴が襲ってきただろう」

「何の事かな?」

 姫は、とぼけているのか、ぽかんっとした顔をしている。

「からかってるんだよな? それどころじゃねえだろう? 今日もまた来るのかよ? あいつ。昨日は何とかなったけど、今日はどうなるかわかんねえだろ? お前今日も来てくれるのか?」

 姫は立ち上がって、ドウドウっとしたり顔で俺を鎮める仕草をした。

「まあ、隼人くん落ち着いて」

 そして俺にぐぃっと顔を近づけて言った。

「夢の話は、夢の中で、だよ」

 そう言うと、立ち去ろうとした。

「ちょっと待てよ」

 すぐに呼び止めたが、彼女は両手で制してきた。

「隼人くん。今日は何時に寝るのかな? 出来れば正確に教えて欲しいな。その方が無駄がなくなるし」

「普段なら、0時ぐらいだよ」

「わかった。じゃあ0時ね」

 まるで、いや、たぶんそういう事なのだろう。彼女は、夢の中で0時に待ち合わせしよう。そう言ったのだった。

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