ぼくとわたしの幸福論
海野夏
ディア・ユートピア
「……あ! やっと通信が繋がったわね!」
「あぁ、
宇宙船の進化は目覚ましく、一人乗り用の小型船でも銀河系の辺境星まで一週間とかからずたどり着くようになって久しいが、星間音声通信は確立されたばかり。通信状態は不安定で、距離が離れれば通じないことの方が多い。
星間配達員のぼくが地球からの通信に気付いたのも、あとで履歴を見るともう何十回目か分からないくらいの試みの後だった。通信をオンにすると、ノイズの向こうから元気そうなユートの声が聞こえてきた。
「久しぶりだね、ユート。元気そうでよかった」
「久しぶりだね、じゃないわ。貴女と連絡つかないのはいつものことだけど、今回は長かったから心配したのよ」
「……あぁ、いつもより遠くの星だったからさぁ。ごめん。何か急ぎの用があったの?」
「そう、急ぎと言えば急ぎなのだけどね。わたし結婚するの」
宇宙は広く異星語も多種多様だが、はて、ユートは何語で話しているのだったか。
「……でね、お願いね、ディス」
「待ってユート。結婚って、君が? 本気で言ってる? 無自我無生物と結婚した方がはるかに良いって言ってた君が? 相手は何?」
「もう、その話はしたでしょ。聞いてなかったのね? 同じ地球人の男性よ」
ユートが結婚するなんて。あの、人嫌いのユートが、だ。嘘だろ。前に地球に帰った時はいつも通りでそんな素振り一つも見せなかったのに。嘘だと言えよ、笑ってないで。
聞けば相手はユートの職場の同期だと言った。人当たりの良い穏やかな男で、結婚してほしいと真摯に言ってきたから、将来性も鑑みて決めたらしい。……そんなことで。
宇宙にいるぼくにも結婚式に来てほしいと、何度も通信を試みていたらしい。ぼくは友達の少ない彼女の唯一の親友だ。連絡がつかず知らせることもできないまま、もう数日後には彼女はぼくの知らない奴の女になるのだ。
「どうしても帰れない? ディスにも来てほしいの。わたしのたった一人の親友だもの」
「親友以前に友達もぼく一人のくせに。……、いいよ。もう近くなんだ。すぐ帰るから、ぼくのドレスも用意しておいて」
通信機の向こうで喜ぶ声が聞こえる。これで良い、他でもないユートの望みだ。ぼくは彼女の親友なんだから、叶えてやらないと。
法定速度ギリギリで宇宙船をかっ飛ばした。途中宇宙取締局の局員に見つかりかけたが……、まぁ多分大丈夫だろう。仮に見つかっていてもせいぜい注意通知が来る程度だ。
そうして滑り込みで出席した結婚式は前時代的でありふれたものだった。ユートの望みでなければ途中で飽きて帰っていたかもしれない。彼女は相変わらず綺麗で、だけどこの宇宙のどこにでもいそうな平凡な男の隣で平凡な花嫁になってしまった。
大好きな親友、ユートの結婚式は残念ながらつつがなく終わった。
ユートのお願いといえど、やめておけば良かった。
そんないい人そうなだけの男の隣で、ありふれた白のドレスを着てお綺麗に笑う君なんて見たくなかった。人々を惹きつける魅力で誰からも愛されるくせにそれらすべてを嫌ってはねのける、それが君だった。ぼくを隣に置いてくれたのだって親友の立場に甘んじていたからだ。彼女が人嫌いだから、誰も選ばないから、ぼくは安心して宇宙に発てた。学生の頃からぼくは星間郵便局員になるのが夢だと、星のように宇宙を飛び回るのが夢だと度々ユートに話していた。だけど本当は振り向かない君のそばにいるのが苦しくて、ただ君のいない宇宙に逃げたかったんだ。
「よく似合ってるわ、ディス。さすがわたしの見立てね」
「君ってセンスだけは無駄にあるからね」
「あらひどい。うふふ」
ウェディングドレス姿のユートと並んで、彼女が選んだドレスを着て記念写真を撮る。耳元でくすくすと笑う声が心地よくて煩わしい。
「このあとわたしたちのお家で二次会のパーティするのだけど、ディスも来てくれるでしょう?」
当然のように問う可愛い顔が憎たらしい。
「もちろん。今日はいい日だから」
ぼくは嘘をついた。
憂鬱な足を必死に動かして船に乗り込む。何かがこみ上げるのを誤魔化したくてガチャガチャと乱暴に離陸準備に入る。酸素の心配のいらない地球で、上手く息ができなくて呼吸音が大きくなる。
ぼくの愛しのユートピア。
ぼくは君がいては上手に生きられないみたいだ。
危険を知らせる何かのアラームが鳴っていた。
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