魔法の手《マジック・ハンド》

青月地蔵

一章 発現

一話

 それに気がついたのはつい先日、春先にしては暑い夜の事だった。

 深夜、勉強机に向かいながら俺――真九呑地マクノミチ ジン――がだらだらと漫画を読んでいた時だ。

(今日暑いな……。クーラー付けるか)

 と壁際にあるリモコンを取るために漫画から目を離さずに立ち上がろうとしたとき、すっと手渡された。

「おっと、サンキュー」

 手渡されたそれの起動ボタンを押す。

 そしてそのままリモコンを返し、ページを捲り漫画の内容に入り込もうとしたが、ある疑念が頭をもたげた。

(あれ、今リモコン手渡されたよな? 俺の部屋一人なのに? )

 俺は首を傾け、いつもリモコンを掛けている壁へと視点を向ける。

 そこにはリモコンと


 半透明な手首がふわりと浮いていた。


「だぁあぁ?! 」

 驚きのあまり椅子から転げ落ちる。

(なんだ今の?! は、半透明だったぞ……。

 お化けなの? お化けなんていないさ嘘さって小さいときお姉さんお兄さんが歌ってたよ? ……いや待て待て幻覚でも見たんだな。ずっと漫画読んでたしまぁ目も疲れてくるわ)

 ふうと目を瞑り深呼吸をする。そして念入りに目頭の辺りを揉みしだき目の緊張を解す。

 そしてぱちりと目を開くとそこにはしっかりと存在した。

 半透明の手首が。

(……いやさ、お化けにしてもさ、美少女とかだったら良いのに。手首だけとかモナリザ勃起マンぐらいにしか需要ねえぞ……)

 そのまま幾ばくかその手を眺める。が、幸い? なにもしてこないようなのでとりあえず放置することにした。

 とりあえず立ち上がろうと足に力を入れたとき、その手首は急に動き出す。

 俺の腰辺りに移動すると、俺を支えるようにして立ち上がるのを補助した。

(……ありゃ? 害が無いどころか良い奴だったりする? )

「……まあいいや、とにかく寝よ」

 拍子抜けしたのもあり、今日は寝ることにした。

 漫画を本棚に直し、蛍光灯のスイッチを押そうと手を伸ばすと、それより先に手首がそれを押した。

 部屋が暗闇へと変わる。

「おぉ、優秀だな……。お休み」

 欠伸をしながら俺は布団に潜った。

 それから手首との生活は数日続いた。 

 その中でこの手首の事をいくつか知ることが出来た。

 まずこの手首は俺の意思で動かせること。

 ある程度の自動操縦と細かく指示の出来る手動操縦を意識することで切り替えることが出来た。

 そしてもう一つはこの手は増やせるということだ。

 半透明ではなくなる――恐らく他者にも見られるようになる――が、最大3つまでは同時に操作できることが分かった。

 3つ以上は一度やってみたが、頭痛がしたので恐らく今の俺には3つが限度だろう。つーかこれが限界。

 とにかく総評するならこれはお化けではなく、俺に身に付いた特殊能力といった所だ。

 手首1つに絞れば、他人にも見られずに使用できる点は日常生活においても中々有用である。


 名を付けるならば――魔法の手マジックハンド


(まあ、こんなもんか。端から見れば立派な黒歴史ノートだ)

 と俺は自分の能力の事を粗方書きなぐったノートを閉じ、伸びをする。

 そして手首にペンとノートを片付けさせながら窓から外を眺める。

 もう夜中なのもあり、出歩く人はおらず蛍光灯が寂しげにアスファルトを照らしていた。

(これなら見られないよな? )

 今日下校中にふと思い付いたことをテストしてみることにした。

 まず手を3つに増やす。そして片足ずつ上げて足裏を握るようにして両足に2つと、バランス取るために肩の辺りに1つ配置して準備は完了だ。足裏の手を浮かせるように意識すると……。

(おぉ、やっぱり浮けたか)

 思惑通り自分を浮かせることが出来た。

 足の裏の手をそのまま前にスライドさせようとすると自身も同じように移動できる。

「割と楽しいなこれ……」

 部屋の中で様々な移動をすることで操作はほぼ完璧に覚えられた。

(……ちょっと外出てみるか)

 窓から顔を出し、 周りを見渡す。

 先ほども見たがやはり人はいなかった。

 決心するとそのまま窓から身を投げ出す。

 外からゆっくりと窓を閉め、そっと家から離れる。

「……よし、家じゃ出来なかったことやらないとな」

 ひとしきり飛び回った後、部屋ではできなかった高速移動や高度調整などを確かめる。

(……なるほど、こんな感じか。さて、もう少し遊ぼうかな)

 夜風を浴びながらのこの移動は、きっとどれだけ金を積んでも味わえないと思うと、優越感に浸れた。

 絵面は人が直立不動で空中を平行移動している物凄くシュールな感じだったとしても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る