グラス1杯分の「愛」を。

@tibi-tibi

悪魔と紅茶と人間と

「晴れ……か…。」


私の瞳にこれでもかと言う程突き刺さる日光で目が覚めた。


多少埃臭くなったであろう布団をむぎゅっと抱きしめ部屋を見渡す。

部屋の中はインクや紙、その他諸々、色んな匂いが漂っている。


どう頑張ってもレディの部屋とは呼べないなぁ。


花一つ無いテーブルには雑多な仕事道具、ガサツに色々詰められた棚……

もうレディどうこうではなく生き物の部屋とは呼べないんじゃないだろうか。

そう、このぐちゃぐちゃな部屋がここの主人である私の部屋。そして……

ここは私の……いや、悪魔、レクス・ツェアシュテーラーの屋敷だ。


んぁ?悪魔が何かって?

あのーほら、あれだ、あの、あのー…

…………悪魔は悪魔だよ(適当)

想像してみろ悪魔。悪魔想像したか?できたか?

はいそれが悪魔でーす。はい、ちゃんちゃん。


……はいごめんなさい。

悪魔とは生物の種類の1つ。犬、猫、馬、牛、人間、悪魔……と並ぶ普通の生き物だ。

悪いヤツだ!とか思ったろ?そんなこたない。

悪いかどうかは悪魔による。

人間だってそうだろう?

馬鹿みたいなことしでかす素っ頓狂もいれば、他者の命の為に自身の命を捧げるご立派な奴もいる。

人間にはわかりにくいか?

ならそうだな、ちょっと魔力やらなんやらの強い人間、だと思っておけばいい。


でだ、ここは、少し町外れの土地に立った、静かで美しく、人も寄り付かん素敵な屋敷だ。

私はここの主人をしながら…まぁ仕事をして過ごしている。


ゆっくりと起き上がりベッドに座ると、丁度というタイミングでノック音がした。


「ご主人様、おはようございます。」


パールのような白い髪をキュッとまとめたメイドが入ってくる。

華奢な体でよく働く、全くもって非の付け所のないよく出来たメイドだ。


「あぁリア、おはよう。」


彼女の名前はリア。

絹のような白肌にパールのような髪、瞳までもが薄っすら透き通ったグレー……おまけに大層な美人ときた。私の寝起きが悪くなりづらいのはリアのおかげかもしれない。

私みたいな悪魔の元について何百年…いや、1000年は超えたか…?

それほどに長い間働いてきた自慢のメイドだ。


「おはよう、と言っても、もうお昼の時間帯ですよ。」

「うっ………世界が昼だろうが夜だろうが私にとっては朝だぞ。問題無い!」


全く……といった顔をして紅茶を容れ始めるリア。紅茶のいい香りが部屋に広がり埃臭さが薄まる。

リアには部屋の掃除もそろそろしますからね、と言われてしまった。


「ランチはどうなさいます?シェフがそわそわしながら待ってらっしゃいますよ。」

「出たな、シェフの料理したい病。屋敷で食べるよ、伝えておいてくれるか?」


リアが部屋の窓を開けて空気の入れ替えを始めた。

紅茶片手に眺めた窓の外側に広がったのは、たっぷりの水に青の絵の具を溶かしたような空だった。


「おぉ…綺麗だなぁ……」

「はい。洗濯日和で何よりです。」


秋の風に頬を撫でられながら、いつの間にか3杯目になった紅茶を。飲み過ぎかな、とも思ったが、紅茶を飲む私を見てリアは嬉しそうに微笑んでいる。


「何をそんなににこにこと?」

「いいえ、なぁんでもないですよ?」

「ほぉん……?」


よくよく考えれば紅茶を飲むのも久し振りかもしれんなぁ。

仕事で忙しく寝る間もない時はいつもコーヒーだった。味の濃くて苦い、どろっとしたのじゃないとダメでリアをよく困らせていたなぁ、と空のティーカップをくるくる。


「私の紅茶がご主人様に好評なようでなによりです。して……ご主人様、今日の予定はどうなさいますか?」

「うーん………」



仕事も大方終わらせたし……

久々に外で日光を浴びるのも悪くない、馬車で城下街まで行って買い物でもしてこようか。


「よし…………出かけるか!」


ティーカップを片付けて着替えを始める。

黒のスラックスに白のワイシャツ、朱殷…ワインレッドのネクタイを着け、黒い手袋を。

革靴のヒールを鳴らせて黒のロングコートを肩に羽織らせる。

長い金髪をざっと梳かしひとつに束ねる。


「珍しい…。用品の買い足しですか?」

「あぁ、それも含めてだが……久々に散歩もしたい。リア、ついてきてくれるか?」

「えぇ、仰せのままに。」


どこへ行こうか…と考えながら外へ向かう。

レターセットとインク、シーリングワックスならあそこで揃うな。

ガラス瓶もいくつか買い足すか…

なんて考えながらビターチョコのような色の床を踏みしめる。

先代主の趣味で随分と暗い色の素材を使って建てられたこの屋敷、そこらの人の子なんかからしたら近寄りたくもない、とでも言われそうな建物だった。

勿論、掃除は行き届いているし庭に咲く華が枯れたことはない。あと食事はバカ美味い。

だが所詮…


「…所詮……」

「…?ご主人様、どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。」


どれだけ屋敷が綺麗だろうが飯が美味かろうが、持ち主は所詮悪魔だ、奴等はそれだけで近寄らなくなる。

何もかもの価値が、私が「悪魔である」ということだけを理由にぼろぼろと崩れていくような気がした。


手すりを掴み少し軋む階段を奏でて下へ。

先代主人の為に一から造られたこの屋敷も、細かい所一つ一つがゆっくり、ゆっくりと私に合うようになってきたのはいつからだっただろうか。

先代主人が居なくなってから、もうそんなに時が経つのか…。

階段を降り、玄関ホールの扉を開けた。


「なんだ、2人ともこんな所にいたのか」


「おはようございます、ご主人様。」

「おぉ!おはようさんだぜ主!」


用事もそんなに無いであろう玄関ホールには、銀の髪をかきあげたシェフのシルバーと、

白髪をオールバックで纏めた、じいやことファールスがいた。

少し褐色で筋肉質のシェフ、とった歳の数だけ色気を増しているようなじいや…

うちの使用人達はやはり美形が多い。

じいやもシルバーも、そこら辺の女を引っ掛けて来ることなんて容易だろうに。

……まぁするつもりは無いみたいだが。


「ぃよっしゃぁっ!賭けは俺の勝ちだぜじいや!」

「いやはや、負けてしまいましたねぇ…」

「ふふ、おめでとうございます。」


何だか皆楽しそうだな。

歳の差があるにもかかわらずこの屋敷のリア、シェフ、じいやは全員仲がいい。


「いやね?リアが、今日は珍しくコーヒーじゃなくて紅茶を作ってったもんで、今日は主が降りてくるんじゃないかなぁって!じいやと賭けてたんだぜ!」

「はい、賭けておりました!」


主の行動なんかで賭け事をするんじゃあないよ全く…楽しそうでなによりだが…。

でもまぁ、ここ暫くはずっとまともに飯も口にせず仕事部屋に缶詰だったからなぁ…少し心配をかけてしまったのかもしれないな。


「そうかいw

まぁいい、私はリアとちょっと城下街へ行ってくるよ。今は9時か…2~3時間で済ませる。何か買ってくるものは?」

「珍しい!普段は仕事詰めで外出なんてしねぇのに…」

「お散歩の気分だそうですよ。ランチは帰ってきてここで召し上がるそうです。」

「それならば私はご主人様のお出掛けの間にお部屋のお掃除をさせていただきましょうか。」


全員目をキラキラさせてはしゃいでいる。

何だ、私の外出がそんなに嬉しいか…?

とりあえずおつかいメモを貰い、外へ出ることに。


「屋敷の主人がおつかい、だなんて、他では見られないでしょうね。」

「まぁ……地位が高い馬鹿どもはプライドも高いからなぁ、おつかいなんて行けんだろう。どうだリア、君の主人が私みたいな悪魔で良かっただろう?」

「えぇ、勿論ですわ。」


二人の笑い声が響く。


本来、この世界…グレインでは、悪魔と人間が同じ地位に立つことはできない。そういう世界だ。

特に私が住むこの国…タニティラ国では、

悪魔は常に讃えられ、恐れられ、人間と対等に話すことなどしない。

悪魔は悪魔であるだけで王族と同じような扱いになる。

だから私達のように、人間と悪魔がこんな会話をしたり笑いあったり…なんてことは普通は無いんだ。


「リア、今更ではあるが…

ツェアシュテーラー家に残ってくれたメイドがお前で良かったよ、ありがとう。」


人間であるリアが私と会話してくれる、笑いあってくれる、それだけで私はとても嬉しかった。

笑いあってくれる人間が近くにいる…それだけで、私はもしかしたら世界で1番幸せな悪魔かもしれない。

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