第59話 環裳の誘惑&銅輔サイド 

(おかしい……!)


 めったに表に出てこない実力派女性探索者、久尾 環菜。

 そんな彼女を演じる環裳は、言い知れぬ焦りを感じていた。


(我の誘惑に反応しないなんて)


 いくら鉄郎の血族とはいえ、篤の奴は2秒で篭絡できたというのに。


(!! 好機……!)


 厄介な雌ども……理沙と萌香は前線に出現したドラゴン種と相対しており、遠隔攻撃を得意とする統二のそばにいない。


「うふっ♪」


 人間の求愛行動でよく観察される鳴き声を上げ、わざと統二の周囲で全身を見せつけるように舞う。


 しゃなり


 舞い散る雪がグリフォンを凍らせ、動きを止める。


(これなら、どう?)


 どさっ


 仕留めた獲物をさりげなく統二の前に落とす。

 雌から雄への、最上の贈り物だ。


「あ、トドメですね!」


 統二の持つ弓から放たれた光の矢が、凍ったグリフォンを粉々に砕く。


(ち、違う!?)


 これほどまでに分かりやすい求愛行動(注:狐基準)で誘惑しているというのに、なぜこの男は全く反応しないのだろうか。


 >おお~、ナイスコンビネーション!

 >この久尾 環菜って強くね?

 >いちお、協会のデータベースには載ってるけどギルドや企業に所属してないな

 >こんな実力者が野に隠れているなんて、世間は広いな……

 >環菜たんのエキゾチックな赤い瞳、ぞくぞくするわ!

 >それな、好きになりそう!


(ちっ!)


 ”いんたーねっと”上の有象無象は誘惑されているというのに、この男手ごわい!

 己の誘惑を受け入れなかった鉄郎……九尾の狐神としてその血族である統二にも同じ仕打ちをされるなど、許せるはずがなかった。


(これなら、どう?)


「くあっ」


 統二の正面に立ち、口を大きく開く。

 濃密なフェロモンを散布することを忘れない。


 雌からの究極の挑発行動とも言うべきこの仕掛けに……。


「了解、回復ですね!

 腹が減ったなら、戦闘糧食(レーション)もありますよ!」


(な、なぜえええええええっ!?)


 統二から返されたのは、あまりに的外れな反応だった。



「……ん~?」


「い、いったい何をやっているのかな、あのお姉さん」


(まずいわね……)


 このままでは、自分の下位存在とはいえ同じ稲荷であるコンにバレてしまいそうである。


「トージさんっ! ドラゴンやっつけましたっ!」


「おう、お疲れ!

 あとはボスモンスターか……ちょっと休憩するか?」


「はいっ! えへへへへ♡」


 戻ってきた理沙の頭を撫でている統二。

 稲荷である環裳にはよく分からないが、理沙は人間族の基準ではまだ若く、つがいとしてまぐあうには律令上の支障があるらしい。


(ならば……)


 あの雌を使うか……8周期前に一度相対しており、干渉することは容易である。


 ぼうっ


 理沙を見つめる環裳の両目が、怪しい光を放った。



 ***  ***


「なーはっはっは!! なかなか面白いじゃないか!!」


 同時刻。

 呼ばれもしないのにフェスにやってきた銅輔は、フェスの展示を満喫していた。


「おお~、ユニ子!

 どうしてもというなら、この銅輔がコラボしてやってもいいぞ!」


 ライブを終え、ファンサをするユニ子に声をかける銅輔。


「は? なんだこの男?」

「迷惑ファンか?」

「コラボって……せめてクライネーズの統二くらいの格がないとな」


 失礼な物言いに、周りのファンが胡散臭げに銅輔を見る。


「ぐうっ、貴様らも統二統二と……!」


 一瞬で顔を真っ赤にした銅輔を慌てて止める部下。


「ぼ、坊ちゃん! あちらに大変興味深い展示があります!

 穴守家の次期当主として、ぜひ見ておくべきかと!」


「む、それもそうだ。

 おい貴様たち、ボクに無礼な態度をとったことは特別に許してやるが、次はないぞ?」


 部下のフォローに機嫌を直した銅輔は、真っ赤なスーツを翻し企業ブースの方に歩いて行った。


「な、なんだあれ……」


「皆様、申し訳ございませんでした。

 弊社ショップで利用可能なクーポンを差し上げますので、SNSに書き込むのは勘弁していただけますと……」


 彼の的確なフォローで、銅輔の炎上はかろうじて防がれたのだった。



 ***  ***


(し、しまった!!)


 一難去ってまた一難。

 銅輔の気をそらすためにやってきた企業ブースで、部下はまたしてもピンチに陥っていた。


「どうです? 変身系モンスターの偽装を解いてしまうものすごいアイテム!

 名付けて”ムゥの鏡”!!

 今なら水中属性モンスター特効武器をお付けして、お値段そのまま!」


「それは凄い! 将来の穴守グループをしょって立つボクにふさわしいじゃないか!」


「ななっ、穴守家の御曹司様であられましたか!

 よっ、若旦那!!」


「はーっはーっはっは!!

 全部まとめてもらおうか!!」


 怪しげな風貌の営業マンにおだてられ、胡散臭いアイテムを買わされそうになっている銅輔。


 値段はびっくりの30億円。

 ぼったくりもいいところだ。


 そもそも、変身系スキルを盛ったモンスターの数は少ないし、ダンジョン内に水辺はほとんどない。

 水中属性モンスター特効武器なんて、何処で使うというのか。


(そもそも、なんで会場に詐欺業者がいるんだ!)


 どうやら協会の手違いで紛れ込んでしまったらしいが、彼らには知る由もない。


「ぼ、坊ちゃんいや社長! 先日行われた監査の影響で今期もわが社は赤字なのです!

 余計な経費など何処にも……」


「買った! 金はボクの会社にツケておいてくれ!」


「まいどあり!」


「ああああああああっ!?」


 止める間もなく、小切手を切る銅輔。


「さあて、せっかくだからダンジョンで試してみるか!」


「ううっ」


 こうなったら銅輔は止まらない。


 そろそろ潮時だな。

 勤勉な部下は、そっと転職サイトを開くのだった。

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