第11話 オラの村にアンテナが立った
「しばらくぶりやトージ、お前も災難やんな。
せっかくそこそこの案件を任せてもらえそうやったのに、いきなりド田舎に移住なんて」
数日後、収穫した大量の梨を剛さんと市場に運んだ後、俺は名古屋駅までやってきていた。
新幹線から降りてきたのは、俺の数少ない友人でダンジョン設備屋の川上 雄二郎(かわかみ ゆうじろう)。探索者養成校の同期で建築事務所時代に一緒に仕事をしたこともあり、ダンジョン関係の設備に詳しいプロだ。
「モテへんお前がせっかく合コンで彼女出来そうやったのにな、ジ・エンドやで」
ニカッ、と人聞きの悪い笑みを浮かべる雄二郎。
「はっ、お前こそ連絡先交換したあの娘はどうなったんだよ?」
「……なんのことや?」
ばしん、とお互いの腹に拳を当てる。
1か月ほど会ってなかっただけなのに、このノリがもはや懐かしい。
「くく、今の俺はダンジョン探索で故郷の村を発展させる夢追い人だぜ?」
「!! 結局探索者はじめたんか!
お前の適正は結構やったからな~、おめでとさん!」
雄二郎は探索者適正が低く、裏方に回ることを選択した男だ。
それなのに、俺のことを祝福してくれる。
「ゆーても岐阜の山奥じゃ、村におるのはジジババばかりやろ?」
「ふっ」
コイツは何か勘違いしている。
倉稲村で俺はたくさんの出会いを得たのだ。
「ほらよ」
スマホに保存した記念写真を雄二郎に見せてやる。
「…………は?」
そこに映っているのは制服姿で元気よくピースする理沙に精一杯のキメ顔を作っている礼奈。モデルと見まごう美貌を持つ美里さんに、俺に抱かれて満面の笑顔を浮かべるコン。
「美人JKJC姉妹に、超かわいいケモミミ娘、やと?
それになんや! この超絶美人な丸の内OL(仮)は!?」
「ふははははは! みんな俺の仲間だ! うらやましいだろ!」
「なんやとトージ、通報すんぞ!!」
割とガチ目の取っ組み合いになった。
*** ***
「お、お前の”村づくり”に一枚噛ませろや。
こんな理不尽が許されてええはずあらへん……」
ようやく落ち着いた俺たちは駅前の喫茶店に移動し、”商談”を始めていた。
「恩に着るぜ……次に彼女が村に来るときは連絡するから」
「絶対やぞ!!」
雄二郎を美里さんに紹介する……それを条件に奴が必要な設備を準備してくれることになった。
「ほんで、通信設備がいるんやっけ?」
「ああ。
倉稲村の通信環境は旧規格の衛星通信……最大でも32kbpsしか出ないからな」
じーちゃんが村の人たちのために私財で整備したらしい。
礼奈以外はあまり使っていないようだったが。
「ま、まだサービス続いてたんやな……旧時代の化石やぞ、それ」
雄二郎が顔を引きつらせている。
「スタンドアロンタイプのブロードバンド基地局設備にはいくつか心当たりあるけど、できれば省エネタイプがええんやっけ?」
「そうだな……何しろ倉稲村は自家発電だから」
あまりに山奥の為なのか送電線が来ず、電力はもっぱら発電機による自家発電に頼っていた。
「令和の世の中に信じられへんな……。
そんなら」
雄二郎はPCを操作し、機材のカタログを俺のスマホに転送してくれる。
「”地脈”から電力を取り出すジェネレーター付きのタイプがいくつかあんで。
あとせっかくやし、地脈発電機もどや?」
「おおっ!?」
ダンジョンスキルでこのような電子機器を生成する事は不可能である。
ガワが出来た後の電気工事などは雄二郎らダンジョン設備屋の仕事だ。
(例えば、俺とコンが設置したトンネルの仕上げ工事は市がやってくれることになっている)
「結構いい値段するな……」
村全域をカバーするだけの基地局に、大容量の地脈発電機。
全部で数億円規模の投資になりそうだ。
「ま、ツケにしといたるわ。
お前さんのダンジョン、稼げるんやろ?
設備関係はウチの独占という事でどや」
「マジか、助かる!!」
モンスターを倒して得られる資源コインは売却することもできるし、市から補助金も得られるだろう。
「ほんなら、契約成立やな!」
「おう!」
持つべきものはプロの友人である。
俺はこの頼れる親友と、がっちり握手を交わすのだった。
*** ***
「このトンネル、赤スキルで作ったんかい……マジですげぇな」
数日後、必要な機材がそろったと連絡を受けた俺は、山高市内に到着した機材をピックアップトラックに積み込み雄二郎とともに倉稲村に向かっていた。
「詳しくはまた教えるけど、じーちゃんから相続したダンジョンが上位ランクに進化したんだ」
「大事件やろ、それ……」
トンネルの内部では、片側車線を封鎖して市から委託された業者が電気工事をしている。まだ仮設の照明で内部は薄暗いが、最終的に山高市内を走る国道へ接続される予定だ。
10km近い長大トンネルを抜け、クルマは倉稲地区に入る。
「ホンマにとんでもない山奥やな……せやけど、地脈の反応は凄いわ」
業務用の地脈測定器を覗き込んでいた雄二郎が唸る。
「やっぱそうなのか?」
「正直、今まで仕事したダンジョンの中で断トツや。
ちょっとこれはマジで本腰入れさせてくれ。
ウチの事務所も山高市に置こうかと思っとる」
「マジか……!」
雄二郎が経営するダンジョン設備会社は、最近特に業績を伸ばしている。
その雄二郎がここまで言うなんて。
コンは地脈の力が満ち満ちていると言っていた。
彼女が現界したことで、良い影響があったのだろうか。
「そうやな……地脈発電機はトンネル近くの高台。
基地局は同じ場所と用水路近く、そしてお前さんの屋敷内に置こか」
「了解!!」
場所によって、地脈のエネルギーの取得効率が異なるそうだ。
雄二郎の指示に従い、機材を設置していく。
「ふお? トージさん何してるんですか?」
「見たことない男の人が……トージにぃにも友達がいたのね」
屋敷内にあるダンジョン近くに基地局を設置し、電線を接続する作業をしていると、笠間姉妹が現れた。
二人とも学校帰りらしく制服姿で、もぐもぐと収穫したばかりの梨スイーツを食べながら歩いている。
「どーよトージにぃ! ハラジュクでトレンドの、ナタ・デ・ナシよ!」
「礼奈ちゃんがねっとで調べてくれたんですっ!」
「お、おう」
「いまさらナタ・デ・ココブームって……ここは本当に令和の日本なんか?」
「倉稲村は周囲の時空から15年遅れてるんだ……触れないでやってくれ」
唖然とする雄二郎に精いっぱいのフォロー(?)をしておく。
「15年どころやないやろ……」
「む~、倉稲のトレンドリーダーの礼奈ちゃんに失礼な人ね?
なんか格好も変だし」
雄二郎の服装は派手目のベストに短パン、プロデューサー巻きマフラーと、変な格好であることは否定しない。
TPOを弁えた俺のミリタリーファッションを見習ってほしい。
「これが都会のトレンドなんやで? 礼奈ちゃん。
ほんでこの二人がトージの幼なじみで探索者仲間か……写真で見るより断然かわええな!」
「ほんと!? あたし可愛い!?」
一転して笑顔を浮かべる礼奈。
ちょろすぎて心配になる。
「結局、何の機械を設置してるんですか?」
雄二郎に褒められて有頂天になっている礼奈は置いといて、理沙は俺たちの作業に興味津々だ。
「地脈からエネルギーを取り出して動くブロードバンド基地局……これで倉稲村でも高速インターネットが使えるぞ?」
「いんたーねっと?」
首をかしげる理沙。
彼女は携帯電話を持っていない。
ピンとこないのも仕方ないのかもしれない。
「マジ!? 倉稲に高速ネットが来るの!?
もしかして、最新着メロも1分でダウンロードできちゃう?
ウワサのニヤニヤ動画も見れちゃったりすんの!?」
対照的に、ものすごい反応を見せる礼奈。
「そ、そうだな」
この基地局の対応回線は5G。
いきなり数百メガのスピードが出たら、礼奈の奴ひっくり返るんじゃないか?
「導通良し……電源入れるで?」
機材の最終チェックをしていた雄二郎が、基地局のスイッチを入れる。
ヴンッ
「おっ」
圏外だったスマホに5Gのアンテナが立った。
「……何も変わらないわよ?」
頭の上にはてなを浮かべている礼奈。
「どれどれ?」
彼女のガラケーの画面を見てやると……。
『この機器では上位回線に接続できません』
無情なメッセージが表示されていた。
「……ど、どうやらケータイが古すぎて繋げないみたいだな」
「なんでええええええええええっ!?」
頭を抱え、絶叫する礼奈。
ちょっとかわいそうになったので、礼奈と理沙にスマホをプレゼントすることにした。
「よし、街まで行くぞ~」
俺は二人を車に乗せ、山高市内のケータイショップに向かう。
スマホの使い方を一から教えたり、ネット利用で気を付けるポイントを伝えたり。
その日は忙しくて自分のスマホを見る時間が取れなかった。
ブブッ
ブブッ
オンラインになったスマホに美里さんからのメッセージが届いていたことに気付くのは、翌朝になってからだった。
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