第19話 魔王デビュー
勇者一行、と言ってもレプトンが欠けてしまったから、勇者とシスターの二人きり。
だけど、慰霊祭の地からドメルラッフ公ロバートと息子のダミアン、及び彼らが引き連れた軍隊と、ダイアナから送られていた僧兵たちが行軍している。
そして王都ステラを通過するの時に、ウラヌ王と王妃、宰相ゲテムと近衛兵及び王兵たちが加わって、巨大な蛇のように見えるほど人がうじゃうじゃいる。
聖都ダイアナでは教皇ゼットと枢機卿団、各地司教やシスター、占星術師と神学研究者等々、こちらも多くの人間が出迎える。
ただ、その前に修道院長の出番が先であった。
つまり子供らの移送先の責任者である。
「先にもお伝えました通り、この子たちをよろしくお願いいたします。今は大人しくしていますが、もうじき【催眠魔法】も切れると思います」
「承知しております。この子たちにもアリスの導きを教えることを誓いましょう」
「魔王の洗脳が発動するかもしれません。暫くは鍵のかかる部屋に入れた方がいいかもしれません」
「勇者様‼」
「大丈夫だ、マリア。…魔王を倒せば呪いが解け、全てが解決します。長くはかかりません。私が魔を滅すれば全てが解決します」
僧兵の配慮か、マリアの苦肉の策か、呆けた状態にさせられた子供たちが、修道院へ移送される。
そして、ウラヌ王の策か、ドメルラッフ公の策か、勇者の策により、魔王に捕まっていた子供たちとして、信者および群衆が「可哀そう」「むごいことを」「魔王は卑劣なやつ」などとひそひそと話している。
「皆、静粛に‼」
何を言うか分からない子供たちは無事に建物の奥へと移された。
きっちり勇者の仕事に使われたとは映らない。
魔物は子供を狙う、それは一般常識だから。
——そしてここからが本番だった。
教皇を中心に要人達がズラっと並び、皆が膝をつく。
因みに、勇者アークは大聖堂の小部屋で密やかに話をしただけだ。
実績のない勇者が盗賊を連れてやってきた、と見る者も少なくなく、盛大なセレモニーは開かれないまま、若き勇者は大聖堂を後にした。
アークがここに立ち寄って、書庫に閉じこもったのは将軍ライデンを倒した後の話だ。
とは言え、それは失われた世界。
今回の勇者の評判はうなぎのぼりだった。
ウラヌ王国の貴族、庶民、アリス島の島民のみならず、ウェストプロアリス大陸の各地、具体的にはモルリア諸侯連合、サラドーム公国、住むには厳しい土地である大陸北部のロージン自治領からも見学者が訪れている。
付け加えると、モルリア諸侯連合の連合議長エリサ・ダラバンが緊急に来訪することになった為、数日遅れの開催である。
彼女に惨劇を見せつける為に、洗脳されただろう子供たちの来院も遅らせたほどだ。
『どういうことにゃ?なんで始まらないにゃ‼』
『戦後の力関係の探り合い。俺の時は終盤に起きたっけ。序盤に起きるってのもどうかと思うけど…』
『時間が遅れるなら、私たちは構わないけど、舐められたものね』
周辺で暗躍する者はそのように話していたが。
「ツェペル・マラドーナはその日はアリバイがあると申しておりました。その金貨にも見覚えがないと…」
「だが、この金貨はモルリアで流通しているものだが?」
勝ったも同然の勇者誕生に連盟議長とウラヌ国王がバチバチと睨み合う。
既に次の二千年を睨んだ戦いがここで繰り広げられる…が
「本人は関係ないでしょう。その使い魔が魔王と通じていた。モルリアの法を見直すべきではないでしょうか」
「う…。そ、それは…。他の議員にも相談しなければなりません。と、とにかくあの子供の件とマラドーナ家は関係ないのです。」
「どうかな。まぁ、その議論も私が全て解決してみせますよ」
モルリアと魔物は切っても切り離せない。
それはこれから先の話だが…
「勇者様。準備が整いました。壇上へお上がり下さい」
勇者の演説の準備が整ったので、今回は割愛する。
「承知しました。では、皆さまに女神の希望を伝えましょう」
アルバートが壇上に立つと、場内の静粛が一斉に破られた。
聖堂の中ではなく、外に設置された壇上で、勇者は雄弁に自らを語る。
アリス島は島全体がアリスの威光で守られている。
魔物は簡単には入ってこないから、老若男女問わず、勇者に衆目する。
但し、僧兵は別である。彼らは勇者を視界の端に捉えつつも、警戒を続けている。
「——今回の件は盗賊レプトンと魔族が通じていたという悲劇です。彼も最初は悪気はなかったのでしょう。ですが、人とは魔が差すものです。悪魔とはそういうもの、絶対に関わってはいけません。だから女神アリスはこの俺を…」
警戒する理由は勿論。
「だーーはっは。脆弱な人間共が集まっているニャンねぇ」
「しかも、既に勝ったかのような振る舞い。馬鹿な人間共だこと」
「臆病者ほど、よく吠えるにゃんねー」
伝統的に魔王が顔を出すからである。
今回は下見の成果もあり、どこからでも目に付く三つの尖塔の先が選ばれた。
右の塔の先端にミアキャットが、左の塔の先端にはハーピーが、そして中央の先端にはアングルブーザーが突然現れた。
「く、くっくっくっく…。それは仕方あるまい。たかだか60年しか生きられぬ脆弱な猿なのだからなぁぁぁ。だから我らが教えるしかあるまい。世界を統べる王がここに居るとなぁ。二千年の封印など、我にとっては丁度良い睡眠。これから始まる…」
因みに、アングルブーザーは小部屋にも現れてくれた。
【投影魔法】で、映し出されたかなり小さなアングルブーザー。
アイツは結構律儀で良い奴だったのかもしれない、とオズが思い返したほど。
そして、その魔法を使っていたのは、マジックラビットとマジックラットの二匹で、そちらは何も喋っていない。
「出たな、アングルブーザー‼そんな遠くから眺めることが出来ないとは、お前の方が臆病者だ‼」
「愚かな勇者よ。たった一度、悪魔を倒しただけで調子に乗るなよ?」
だが、今回は豪華仕様だ。左右の魔物が喋ってくれる。
しかもミアキャットはモルリアで見かけるとは言え、二体とも基本的にはイーストプロアリス大陸生息の魔物だ。
「何を言う‼あんな真似をしやがって。子供たちを‼」
「何の話だ。まさか人間共の勝手な行動を全て我のせいにする愚か者か?」
「愚かなのはお前だ、アングルブーザー。この剣の情報をどこで聞きつけたか知らないが、卑怯な手を…。アングルブーザー、貴様は小物モンスター以下の男だ。俺が勇者となった以上、好きにはさせないぞ‼」
「アングルブーザーじゃないにゃ‼魔王オズ様……にゃ‼」
「愚か者ではないわ。愚かなのは人間…、…‼」
その瞬間、何かを察知したミーアとモーラは尖塔から飛び跳ねた。
「オズ…だと?今回の魔王はオズというのか。さぞ、弱い魔王なんだろうな。投影魔法だと分かっているんだぞ‼…おい‼逃げるな、卑怯者‼」
ミーアはモーラに捕まり、こう叫ぶ。
「騙し討ちする方が卑怯にゃん‼魔王様、この勇者はやっぱり卑怯にゃん‼」
とんでもない数の伏兵が一斉に弓と魔法で攻撃を始めた。
しかも投影魔法の魔王ではなく、左右の魔物を狙って。
「成程なぁ。伝統も情緒も知らぬとは話にならぬ。では、勇者の送別会を楽しむが良い。だーーっはっはっは。人間共よ‼震えて眠るがいい…」
そして魔王の姿も消えていく。
「己が身ではなく、投影魔法で現れるお前の方が卑怯者だ。絶対に滅ぼしてやるからな‼」
こんな茶番が繰り広げられた、その裏側は…
『ミーア、モーラ、こっちからは全然見えないから合図で教えてくれよ』
『分かってるニャン‼なるべく気を引いとくにゃん‼』
『本当に気を付けてよ。私たちの方がずっと安全なんだからね』
投影魔法なんて用意していなかったから、オズはスライムを微粒子化して、ソレに見せかけていた。
ちょっとチラつく感じだったから、体の五分の一程度で事足りた。
本体は別の場所だから、投影魔法と言えなくもないけれど。
『本当は行かせたくなかったんだからね』
『危ないと思ったら、直ぐに帰ってくるんすよ』
オズはただ一人、修道院内を疾走していた。
『分かってる。でも…、これだけは絶対にやらないと…』
空気を振動させて、言の葉を紡ぐなら、膜状のスライムで十分。
なんだったら、全体が緑のモノトーンでも、そういうものかと思ってくれるだろう。
だって投影魔法なのだ。
「でも、こっちは駄目だ。人間になりきらなきゃ…」
ここで漸く、念願のアレの話が出来る。
それは秘密兵器でも、伝説の魔物でも、上等なクリスタルでも何でもない。
「アシュリー、マジで言ってんの?」
「うん。本当に言ってる。スライムが食べてもいいよって」
「えっと、体に悪くない…の?」
ある意味で妙な思い出があるスライムのことだ。
レプトンとアシュリーとアークと、とある色のスライムと出会った時の話。
「だけどよー。スライムって不思議だよな。どこで考えてるのか、全然分からねぇし、一説には魔王の体液って話もあるし」
「た、体液?体液だったの?スライムって…」
レプトンは知らない街に辿り着く度に、一人で勝手に情報を集めていた。
その中には絶対に嘘だろうって話から、そうだったんだと思う話まで。
柔軟な性格の彼は、会話が出来るならと、魔物の存在を許容した。
子供を狙った凶悪な魔物の存在と、ソレとを分けて考えてくれた。
アシュリーと僕の為に。
「って感じでさ。エルフの姉ちゃんが話してたぜ。」
「エルフが言ってたってことは…、本当?僕、全然知らなかった…。スライムって体液だったんだ…」
彼と出会ったことで、記憶の靄が少しだけ消えた。
俺はスライムが体液だって知っていたらしい。
なんで、こんな大切な思い出が消えてたんだろう。
何か、きっかけがあった筈だ。
魔王を倒した時には、この話を忘れてたんだから。
「うん。そだよ。でも、一部を食べるくらいだったら平気って言ってる…。美味し…そう。じゅるり…」
「いやいやいや。ちょっと待てって、アシュリー。確かにこいつは綺麗な色してるし、そういうスイーツもポートアミーゴで見た気がする。」
「うん。確かにあそこは美味しいお菓子のお店とかもいっぱいあったよね。」
レプトンが調べて、フレデリカとマリアとアイシャが食いつく。
それがモルリア諸侯連合での過ごし方だった。
勿論、冒険もたくさんしたし、強い魔物とも戦っていたけど。
「うーん。食べていいって確かに言ってるし、僕も美味しそうって思い始めた…」
「って‼お前は思っちゃダメだろ‼いいか、アーク。魔王は一応男だったよな?」
「うん。そうだったと思う。直接会った訳じゃないけど…」
でも、確かにプルプルしていて美味しそうだった。
ミルクとお砂糖の味の…
「って‼やめろ、アーク。いや、アークはギリギリオッケーな気もするけど、アシュリーは止めろ‼」
「ん、なんで?スライムは痛みを感じないよ?」
「分かってる。ってか、やっぱアーク。お前もダメだ。ってか、お前が止めろ」
「えっと…」
「さっきも言ったろ‼スライムは魔王の体液。んで、魔王は男‼これが女ならギリギリオッケーなんだけどなぁぁぁ」
この場所に他にも誰かいたような気がするけれど、今思い出せるのは三人だけ。
でも、ここで誰かが僕の話をして
「あー、そっか。その発想が抜けてたわー。アークとアシュリーはまだお子様だった」
「ちょっ!!僕はもう大人だから!!」
「私も大人…」
「分かった分かった」
アシュリーと俺はどこか抜けていて、レプトンは年下なのにずっとませていた。
そして
「アーク。大人なら分かるだろ。男のお前から、…白い液ってどこから出るよ」
「え…?」
この時も盛大に恥をかいた。
時間が止まり、ジワジワと顔と耳が熱くなったのを覚えている。
「わーー!!駄目だよ!アシュリーは絶対に食べちゃ駄目!!」
「なら、アークが食べて」
「ぼ、僕………ってやっぱ無理ーーー!!」
そ。
アレと言えばアレだ。
大した話じゃない。
アシュリーがあの時に気付いていたかは分からないけど。
「白い…角と黒い角」
あの日、ライデンが連れてきたのは虹色のグラデーション。
色素スライムを色々混ぜて黒色は目指せた。
だけど、白色は作れなかった。
もしも、あの時に嫌がらずに白いスライムをお願いしたら、彼を死なせない方法があったかもしれない。
「だから俺がやらないと」
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