夜刀の待ち侘ぶ禍つ家
鋏池 穏美
第1話 女《ジョ》の章
しゅるりしゅるりと
穢れは束なり大蛇と成りて──
今か今かと待ち
果たしてこの地、曰く付き纏う東北の奥地、多くの穢れを内包せし山の
──二〇一三年四月二日、東北地方
「くそ……何をやっているんだ私は……」
物悲しい防災無線の音が鳴り響く夕暮れ時、三十代半ばくらいだろうか、一人の男が自動販売機の横でガシガシと頭を掻き毟りながら呟く。手には傍らの無機質な箱から吐き出された加糖の缶コーヒーを握っているのだが、
男が「ちっ」と舌打ちをし、胸ポケットに忍ばせた煙草と年季の入った
「ふぅぅ──」
男の名前は
刑事部捜査第一課で刑事として奔走し、いくつかの事件を解決してきた。人の守るべき道筋から逸脱したのであれば、自分が
順調に自身が思い描いた道を進み、この度
左遷された。
今は同県内、
この半島、中心には八峰の外輪山に囲われた忌み地、奥森と呼ばれる深い森がある。八峰の外輪山は、まるで忌み地からの穢れを抑え込む結界の
夕暮れの、他界と現実を繋ぐ境が曖昧となる時刻ともなれば、もはやその結界も曖昧なものとなり──
山から吹き下ろす
穢れが
「ああ……くそ……頭がおかしくなってしまいそうだ……、やってない……、私は何もやっていないんだ……」
そんな曰く付き纏う地の片隅で、
ではなぜわざわざ嫌いなものを飲んでいるのか──
それは左遷されたことにも通ずるのだが、
その想いがしゅるしゅると頭の中を這い回るように支配し、意識もぼんやりとミスを繰り返す。無糖と加糖のボタンを押し間違える程度のミスであれば問題はないのだが──
あろうことか
「だめだ……、何度考えてもおかしい……、私は……」
「私はそんなことはしていない!」と、声を荒げて
「ちが……う……違うん……だ……違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
何故こうなってしまったのか分からず、「違う違う」と叫びながら
それは一年前──
この左遷された地へと偶然訪れ──
目撃した仄白い──
一年前、二〇一二年の夏。
その時から
そしてなんの因果か
ただ──
なぜなら──
殺したのだ。
おそらく──
昨日、四月一日の夜。
おそらくと表現したことや、自首も通報もせずに
それは昨日の夜のはっきりとした記憶が
泣き喚く女性と──
嬉々としてその女性を陵辱する──
自分の姿。
「そんな……そんな訳はない……。私は……私は……」
「あ……ああ……」
そこには殺されたはずの女性の後ろ姿。
「ち、違う! 私じゃない!」
しゅる──
しゅるり──
佇む女性が
ハッと我に返った
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