夏色の風
@wakumo
第1話 アーケード
例年に無く長引いていたジトジトと湿っぽい梅雨もようやく明けて、町に暖かい太陽の光が戻ってきた。
商店街のアーケード越しに明るい陽射しが差し込む。店先には色とりどりに工夫を凝らした七夕飾りが勢ぞろいして、くたびれかけた商店街も、この時とばかりに着飾り活気づいていた。
夏本番を思わせる六月の終わり頃…
私は、大好きな季節を前に戸惑いと疑心暗鬼の中にいた…晴れない気持ちに塞ぐ毎日…それは…一週間前の金曜日、同級生の斎木龍哉から、突然、付き合って欲しいとド直球で交際を申し込まれたから…
息をするのも忘れる程の衝撃と、羞恥。付き合ってほしいなんて言われる方も言う方も正気じゃいられない。簡単に返事なんて出来ない。
付き合うと言う事がいったいどういう事なのか具体的に解らなかったし、好きとか言われてもピンとこなかったから、何が何だか解らないままその場で反射的に断った。
そう、まさに反射としか現しようがない。その時は何も考えられず断った。好き嫌いなんて感情に問うてみたわけじゃなく、冷静に考えてみても問題外って全身が否定した感じだった。受験前だし、余計な事は考えてられない、そう思った。頭の硬い私の限界…
「美咲、交際申し込まれたんだって?」
「交際?なんで知ってるの?」
「噂してたよ。男子が」
「なんだ。そうなんだ」
「そうなんだって、あんたまさか?」
「断ったよ」
「断ったって…なんでよ!あいついい奴だよ。絶対、ああいうタイプはその辺にそういないよ」
「でも、断った」
「何で?」
「今、交際なんて考えてる暇ないから」
「暇ないって、別に時間のかかる事でもないでしょ」
「興味ないんだ」
「まったく、嫌な奴だね」
「暢子だって悩んだりしてるじゃない」
「悩みのあるのがいいのよ。この歳で悩み無かったら若者とはいえないよ」
「若者になれたって、嬉しくないわよ」
「あんたみたいに頭が硬いと、いい絵、かけないよ」
「良い絵が描ける……」
それは魅力だけど……そこは欲しいところだけれど、人と付き合うだけでそんな能力が備わるものか…暢子の言うことも漠然とは解る気もする。けど、今更って感じだった。高三になってから付き合い始めたって、先は見えてるんだし、触らぬ神に祟りなしってとこだった。
「ああ、そうそう美咲、今日付き合わない。修司と映画見にいくんだけど、券三枚あるんだ。なかなか見れない映画だよ。招待券だから」
「制服で映画なんて見に行かないわよ」
「ちょっと、今日しかないんだよ。招待券…」
「私は、嫌。いい」
「じゃ、どっかその辺で食事するから、それだけでも付き合わない」
「なんで私があんた達のデイトに付き合わなくちゃいけないのよ」
「それはそうなんだけど…何事も学習よ。あんた勉強好きでしょ?」
私の弱みでも握ってるみたいに暢子が横目で笑った。腐れ縁の暢子の頼みを断るのは苦手だ。こんな私に付き合ってくれる数少ない友達だから。
だけど…なんでふたりのイチャイチャに付き合わないといけないのか…
「ねえ、修司、何食べる?」
「そうだな」
「美咲は?ここのサンドウィッチ美味しいよ。美咲!」
「ねえ暢子、こんなとこ制服着て入ってもいいのかな?」
「もう、回りを見てみなさいよ、学生ばっかでしょ。学生お断りって表に看板出したら、潰れるよこの店。本っ当に、あんた頭硬いんだから」
「あの~、竹原君。暢子のどこが好きで付き合ってるんですか?」
「ブッ…」
暢子が吹き出した。
「どこがって、あ!性格?……このとうりおせっかいだし、優しいし」
「そうなんだ」
ふーん…人は、人のそんなところを好きになるのかなあと思う。私にはよく理解できないけど、そういえば家の母さんも結構おせっかいで、みんなに慕われているなあと。
「それじゃあ、私は、そろそろ邪魔だから帰るわ」
「ええ、誰も邪魔になんてしてないでしょ、もう?ちょっと待って……」
「なんで?」
「なんでって、ほら、修司~」
ふたりでこそこそやっている。
「あら、まあ、龍哉偶然ね!」
「え?」
斎木君が何でここに。
「あ、ちょうどここ、空くから……」
「え?……」
「どうぞ、ごゆっくり」
私は席を譲って立ち上がった。
「どうして、もっと早くこないのよー」
とか、
「もう止めれば、あんなのー」
とか、暢子がいろいろ言っているのが後ろから聞こえた。私の知ったことじゃないけど……。
私は一人が好きでマイペースなんだなあとつくづく思う。この解放感いいよね。腕をぐるぐる回しながらドンドン歩いて、バス停まで行って、次のバスを待っていた。
「お前変わってるよな」
「あら、斎木君、暢子達と、映画見に行くんじゃなかったの?」
「俺は映画なんか見たくない」
「そうだよね。制服きて、しかもあの二人と一緒じゃ当てられるよね」
「いいよな、修司達」
「何が……」
「仲良くてさ」
「ま、そうね」
それ以外は話をしなかった。これといって話題も無いし、私は読みかけの本があったからバスに乗ると読み始めた。彼は横で黙って目を閉じていた。
「じゃあ、私こっちだから」
「知ってるよ」
「え、なんで?」
そういって斎木君は別のホームへ降りていった。へー奴も電車で帰るんだ。階段を降りてホームに立つと向こう側に斎木君が立っていて、私に手を振った。
「あー」
参ったな。私が場所を変えようとして歩き出すと、同じようについてくる。しかたないから、後ろ向きに柱にもたれておとなしく電車を待っていた。
『からかってるんだ』
としか思えない。自分には人の心を相手に遊んでいる暇がない。ゆとりがないんだ。それは嫌というほど解っている。腹は立つけど奴の方は向けない、ため息が出る。むなしい心境だった。自分の心の穴は自分で埋めるって決めている。人を巻き込んだり自分が人に影響を与えるなんて未来を思い描け無い。
家に帰るといつも通り、妹の雪乃がテレビを見てバカ笑いしていた。まったく中三だって言うのに、ちっとも自覚が無い。私はどうも他の事にはあまり関心を示さないのに、雪乃の事になると小言を言いたくなる。特に、この脳天気なバカ笑いにムッとする。
「雪乃、テレビばっかり見てていいの?」
「ばっかりって今つけたとこよ」
「ほら、おかし食べ過ぎると太るよ。中三は一番太る時なんだから」
母さんは、私にも妹にも寛大だったけど、その分私がこうるさい姉になっていた。
「もー、いつもうるさいよ」
妹はそんな私のことを、姉とも思っていなかった。
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