第114話:三職推任
天文十七年(1549)9月15日:越中富山城:俺視点
大失敗だった、表情を読まれていた事で、もの凄く大変だった。
身重の晶に懇願されて、晶と子供が心配で、皇室も朝廷も絶対に滅ぼさないと約束してしまった。
俺が絶対に約束を破らないのを知っている晶は、安心してくれた。
愛する晶にも裏の顔は見せていないから出来た事だ。
ただこれで、表立っては皇室と朝廷を滅ぼせなくなった。
やるとすれば、深く静かに誰にも知られないようにやるしかない。
ただ、やるという選択肢はかなり小さくなった。
十分に考えていたはずなのだが、晶に懇願されて大きな見落としが分かった。
晶への精神的な負担と、景太郎達への影響だ。
戦国乱世の武家ならば、下剋上も親兄弟を殺すのも当たり前だ。
だが、流石に、父親が皇室と朝廷を滅ぼした事への心の負担は大きい。
史実の上杉謙信と大友宗麟の言動を見れば分かる。
景太郎が俺と同じように冷酷非情とは限らない。
鈍感で人の痛みが分からない性格なら良いが、繊細かもしれない。
景太郎が情け深く繊細な性格でも大丈夫な方法を選ばなければいけない。
これまで考えていた方法の多くを放棄する事になったが、しかたがない。
景太郎を徳川家光のようにしないためには、きれいな方法を選ぶしかない。
などと考えて、皇室と朝廷をどう扱うか考えていたら、やってくれた。
「参ったな、こう来るか、公家の癖に電光石火に動きやがった。
よく帝を説得できたな、脅迫でもしたのか?」
九条稙通と鷹司兼輔が動いた。
俺が考えていたよりも素早く動いて、後奈良天皇を退位させた。
富山城大内裏から京の御所に行った公家衆と地下衆を使って、帝を退位させた。
退位した帝は上皇となったが、院政は布かなかった。
治天の君は新たに帝となった方仁親王となった。
まあ、新帝が京に居て上皇が富山に下向するから当然の事だ。
帝を代えるとまで言っていた鷹司兼輔だが、忠誠心は皇室に向かっている。
皇室を見捨てて俺に媚びを売るなら、治天の君は上皇にしておく。
俺が富山城の本丸天守閣から、治天の君を見下ろせるようにしている。
だが鷹司兼輔は、退位した上皇を人質として富山大内裏に差し出すが、治天の君である帝は京の内裏に残した。
皇位の継承も、あれだけの事を口にしていながら、覚恕を還俗させる事も、宮家の王子を立てることなく、東宮だった方仁親王のままだ。
俺からは何の要求もしていないが、良い度胸だ。
俺を立てた所は、富山を副都と認めて上皇を動座させた事。
公卿補任を改竄して、俺と景太郎が以前から官職を授かっていた事にした事。
そして、何時でも好きな官職につける事。
真偽は不明だが、織田信長の三職推任に似ている。
信長の場合は、本能寺の変直前に征夷大将軍、太政大臣、関白の三職。
どれでも好きな執掌を選べる事になっていた。
だが俺の場合は、征夷大将軍、太政大臣、関白という制限がなかった。
利用できる官職なら何でもいいと言ってきた。
兼職が必要なら、征夷大将軍と関白を兼任しても良いまで言われた。
『改竄された長尾晴龍の官職歴』
1541:従三位
1541:左近衛少将
1541:左近衛中将
1542:正三位
1542:権中納言
1544:従二位
1545:権大納言
1545:右近衛大将
1546:左近衛大将
1546:正二位
1546:内大臣
1547:右大臣
1548:左大臣
1548:鷹司兼輔の養子となる。
1548:松殿家を復興して後継者となった。
どの官職も一瞬だけ、数日から数十日だけ任命された事になっている。
俺が在任している事になっている間、本当にその官職にあった者が、官職を離れた事にしなければいけないので、そんなに長く在官していた事にはできない。
ただ、俺が関白に就くには五摂家のどこかの養子にならなければいけない。
豊臣秀吉の場合は、近衛前久の猶子にしてもらってから関白となっている。
最終的には帝から豊臣の姓を賜り新たな摂関家を興している。
俺からは九条稙通と鷹司兼輔に何も要求していない。
この状態で、俺を勝手に二条家や一条家の当主にはできないと思ったのだろう。
そんな事をしたら、俺が摂関家を手に入れるために二条家と一条家を根切りにしたと、流れ公方や堺公方が非難できてしまう。
俺の傷になるような事をやれば、皇室と朝廷が危険だと思ったのだろう。
そこで鷹司兼輔は、自分の養子にしてから、絶家となっていた摂関家の松殿家を復活させ、俺が継いだことにしたのだ。
鷹司兼輔らしいと言うべきか、皇室に対する忠誠心はもちろん、帝や朝廷に寄生して栄える藤原家らしい強かな考えをしている。
俺に媚び諂う事で、強勢だった頃の鎌倉幕府や室町幕府に近かった公家と同じように、幕府保護下の朝廷で権勢を振るう気のようだ。
いや、違うな、鷹司兼輔もいい年だ、自分の為ではない。
たった独りの後継者、鷹司忠冬に先立たれ、孫を後見している状態だ。
俺の支援を引き出して孫が権勢を振るえるようにしたいのだ。
そんなに心配しなくても、俺にとっても可愛い甥っ子だ、大切にする
俺を、親兄弟を殺してでも当主になろうとする連中と同じにするな!
と言いたいが、晴景兄上を追い落として当主に成っているんだよな……
公家も当主の座を争って親兄弟で殺し合っている。
摂関家が六つもあったのは、親兄弟で権力を争ったからだ。
人間の欲望には限りがなく、武家も公家もない。
俺の事を、権力欲しさに兄を追い落とした極悪人と思ってもしかたがない。
自分がやって来た事に後悔も反省もない。
その時の自分にできる事を、精一杯やってきた結果だ。
大切なのはこれからどうするかだ!
九条稙通と鷹司兼輔の忠誠心などどうでも良いが、晶と景太郎達の心身に悪影響を与えるような事は、絶対にできない!
その視点に立って考えると、皇室と朝廷は残すべきか?
俺がどう思おうと何をやろうと、帝国主義の欧州が亜細亜を植民地にしようとやって来る。
その時、俺が大帝国を興している方が良いのだろうか?
それとも、帝を擁して欧州列強と戦った方が良いのだろうか?
欧州列強との争いは、俺一代で終わらせられるとは思えない。
景太郎達子供の世代はもちろん、孫世代まで戦いが続くかもしれない。
彼らの心身に傷をつけない方法で、皇室と朝廷を扱う。
その辺も考えて、俺が新たな帝国を興して帝王になる方が良いのか、征夷大将軍になる方が良いのか、これまで考え続けた事に答えを出さなければいけない。
帝を擁して欧州列強と戦うにしても、幕府を開いた方が良いとは限らない。
豊臣家の末路を考えるなら、摂関や太政大臣として権勢を振るうのにも問題があるし、幕末の事を考えると幕府が良いとも言い切れない。
何か別の方法を考えられるのなら、その方が良い。
まあ、その時の当主が暗愚だと、どのような政権でも打倒されるのは当然だ。
打倒される事を前提に、子孫が滅ぼされない政権が良いだろう。
「緊急だ、重職にある者は全員登城させろ」
「「「「「はっ」」」」」
「遠方にいる全侍大将、その半数を富山城に集める。
遠方の指揮に残す者、富山に戻す者を決めなければならぬ」
「「「「「はっ」」」」」
「遠方にいる侍大将全員に、問わなければならぬ事がある。
関白になって朝廷を通じてこの国を治めるのか、新たな幕府を興してこの国を治めるのか、皇室と朝廷を滅ぼして新たな皇朝を開く方が良いのかを問う。
鳩を飛ばし使番を送って問う、準備いたせ」
「「「「「はっ」」」」」
『長尾景太郎の官職歴』
1548:正五位下
1549:従四位上
1549:従三位
1549:左近衛少将
1549:左近衛中将
1549:山城守
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