第107話:謀略
天文十七年(1549)4月10日:越中富山城:俺視点
『一条房基が本家に刺客を放つ』
土佐の一条房基を見張っている諜報衆から知らせが届いた。
『一条房基の好きにさせろ』
土佐と京に居る諜報衆に命じた。
『標的以外に手出ししようとしたら殺せ』
この冬の間に悪逆非道な行いを重ねた。
心が壊れないか心配だったが、ぜんぜん平気だった。
自分で思っていた以上に冷酷な人間なのだと思い知った。
一条摂関家は、土佐一条家の一条房基が放った刺客によって皆殺しにされた。
俺は知らせを受けていたが、見て見ぬ振りをした。
いや、殺されるように仕向けたのだ。
子供達が狙われた報復に、伊賀甲賀だけでなく主だった忍者の里は滅ぼした。
大名や有力国人が召し抱えている小さな忍者集団以外は、何所にも残っていない。
他人の依頼を受けて大仕事を成し遂げられる忍者はいなくなった。
だが、表立った忍者ではない集団は結構残っている。
修験者や山窩には、忍者と変わらない技を持つ者が数多くいる。
俺の支配領域にある集団は召し抱えたが、西国には結構残っている。
一条房基は、土佐を拠点とする修験者と山窩を雇って一条摂関家を襲わせた。
壇ノ浦の戦いで入水したように見せかけた安徳天皇が、土佐の横倉に逃げたという伝説があるが、その横倉山が土佐唯一の修行場になっている。
安徳天皇の末裔だと自称する山窩や、平国盛や平知盛の末裔を自称する山窩を雇って一条摂関家を襲わせた。
一条摂関家が皆殺しにされたのを知った二条摂関家は恐怖した。
俺が実相院に兵を入れてから京の治安は良くなっていた。
公家や地下家が盗賊に狙われる事も、土倉に娘を奪われる事もなくなっていた。
それなのに、俺に敵意を向けた一条摂関家が滅ぼされた。
一条摂関家と土佐一条家の確執は朝廷内でも話題になっていた。
本来なら実相院から警護の兵が送られる状況だ。
それなのに、本願寺と戦っているとはいえ、一人の警護も送られなかった。
脛に傷がある奴なら、俺が土佐一条家の襲撃を黙認したと思い恐怖する。
二条摂関家が恐怖して、大内家を頼って山口に下向するのは当然だった。
『無理はするな、証拠が残らない場合のみ動け。
亀童丸、亀鶴丸は絶対に殺すな、何があっても殺させるな』
もっと時間がかかると思っていたのだが、霧隠才蔵が率いる部隊は優秀だった。
霧隠才蔵は二条摂関家が暴発するのを待ってから動いた。
二条摂関家は、父親の二条尹房、嫡男の二条晴良、次男の二条良豊、奈良興福寺大乗院の門跡となっていた三男の尋憲が、山口に遷都する事を画策していたのだ。
その為に自分に味方する三条公頼らを山口に集めていた。
奈良興福寺大乗院の門跡となっていた三男の尋憲は、俺が大和に屯田部隊を派遣した時に二条家に逃げ戻っていた。
二条家の連中は、俺が大内裏まで築いた富山への遷都は反対した癖に、内裏どころかろくな館も造っていない山口に遷都しようとした。
二条摂関家一派は、家臣を統制できていない、叛乱が起きて自分達が皆殺しにされるような場所に、帝を動座させようとしていた。
遷都に反対する陶隆房に殺されるという、動かし難い証拠を残して死に絶えた。
史実の大寧寺の変と違って、陶隆房は完全な奇襲で大内義隆を襲った。
少数精鋭で山口の大内氏館と築山館を襲い、大内義隆と公家達を皆殺しにした。
冷泉隆豊は、亀童丸と亀鶴丸を逃がそうと獅子奮迅の戦いをしたそうだ。
亀童丸、亀鶴丸を助けて富山に戻ってきた霧隠才蔵がそう言ったから間違いない。
続報が長門、周防、豊前に残った諜報衆から伝えられた。
根回しが不足していた陶隆房は、大内家に仕えていた者達から主殺しと罵られた。
大内家の家臣だけでなく、尼子と毛利からも不忠不義を理由に攻められた。
豊前守護代の杉重矩と長門国守護代の内藤興盛を味方に付けようとしたが、亀童丸と亀鶴丸を逃がしてしまったので、大友晴英を大内家の当主に擁立できなかった。
嫡男次男が生きているのに、長年大内家と敵対してきた大友家の男系を次期当主にするなど、よほどの利を与えなければ誰も賛成しない。
その状況で、諜報衆が陶隆房を非難する噂を中国四国地方に流した。
陶隆房は私利私欲で主君の大内義隆を殺し、杉重矩と内藤興盛も殺して大内家に成り代わり、足利義藤の直臣に成ろうとしているという噂だ。
下剋上をした陶隆房を扱き下ろす噂が広まり、忠義を尽くして討死した陶隆康と陶隆弘を称える噂が広まった事で、利があっても陶隆房に味方し難くなっていた。
更に陶隆房が大内家積年の敵である尼子や大友と通じているという噂も広まった。
陶隆房が権力を握ったら、筑前国と豊前国と肥前国を大友に割譲する代わりに、伊予と讃岐を切り取る事に協力する密約があるという噂が広まった。
安芸に関しては、平賀隆保と菅田宣眞、弘中隆包を滅ぼす事を条件に、毛利元就を守護代にするという密約があるという噂が流れた。
他にも、陶隆房が旧大内と尼子と毛利が潰し合わせようとしているという噂を九州四国中国全域に流してくれた。
諜報衆は役目を果たすために頑張ってくれた。
特に大きかった噂が、内藤興盛が孫の亀鶴丸を密かに匿い、陶隆房を倒して大内家の実権を握ろうとしている内容だった。
古来から外戚が傀儡の当主を操って主家の権力を使うのはよくある話だ。
帝を傀儡にした摂関政治がそうだし、遡れば大内家にもそういう時代があった。
陶隆房と内藤興盛が何所よりも激しく戦ったのは当然だった。
「旧大内家で相争う者達」
弘中隆包:岩国と安芸国守護代の守護代
杉興運 :筑前国守護代
問田隆盛:石見国守護代
杉重矩 :豊前国守護代
内藤興盛:長門国守護代
陶隆房 :周防国守護代
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