第94話:暗殺

天文十六年(1548)5月18日:越中富山城:俺視点


「殿、尼子の 長童子と千童子を毒殺いたしました。

 毒殺したのは、尼子を乗っ取ろうとしている刑部少輔で、松江の将軍と組んでやったという噂を流しております」


 俺に命を受けた諜報部隊が暗殺を始めてくれた。

 これまでは情報を集めるだけだったのを、実力行使してくれた。


 最初の激情が少し収まってから、危険を感じたら諦めて逃げろと命令を改めたが、死傷を恐れずに敵の子供達を殺してくれた。


 多少冷静になってから、何の罪もない子供を狙って殺す事に、自分の心が耐えられるのか心配になったが、何の罪悪感もなかった。


 甲賀と伊賀を根切りにした事にも、全く何も感じなかった。

 元々冷たい人間だと自覚していたが、自覚していた以上に冷酷な性格なようだ。


「よくやってくれた、現場の者にも直接褒美を取らせたい。

 少しでも疑われているのなら、後を引き継ぐ者がいなくても逃がせ。

 交代できる者がいるなら、暫く心身を休めさせてやれ」


「末端の者にまで心を配って頂き、感謝の言葉もございません。

 危険を感じたら逃げて、次の機会を待つように命じております。

 その時には長く休みを与えますので、このまま役目を続けさせてください。

 殿から直々の命を頂き張り切っているのです」


「分かった、役目に誇りを持っている者に、無理に休めとは言わない。

 だが、絶対に無理はさせるな、常に気を配って死傷者を出さないようにしろ」


「はっ!」


 尼子を担当している諜報部隊の長が部屋を出て行った。

 足利義晴と足利義藤の親子が逃げ込んでいるから、尼子には数多くの諜報部隊を送り込んでいる。


 その気なれば足利義晴も足利義藤も簡単に殺せるが、別の方法を思いついたのだ。

 史実では、毛利元就が謀略を仕掛けて、尼子内で同士討ちをさせている。

 尼子最強の新宮党を、尼子家当主の晴久に滅ぼさせている。


 俺はこの史実を参考に、新宮党の尼子国久が尼子晴久の子供を暗殺した事にした。

 殺す許可を足利義晴と足利義藤が与えた事にした。

 実際には俺が命じて殺させたのだが、今の所は騙せている。


 足利義晴と足利義藤は、織田信秀の使者から俺の子供を暗殺する策を聞いた。

 卑怯下劣な暗殺に同意して、尼子忍者、鉢屋衆を使って俺の子供を殺そうとした!

 悉く返り討ちにしてやったが、その程度では怒りが収まらなかった。


 尼子家は、失敗しても繰り返し鉢屋衆の腕利きを子供達の暗殺に送り込み、悉く返り討ちにあった。


 その結果、尼子の諜報部門は極端に力を失った。

 暗殺する力と外を調べる力だけでなく、主君を守る力すら失っていた。

 俺の仕掛けた暗殺を防ぐ力など全く無くなっていた。

 

 尼子晴久の子供を皆殺しにして、晴久に将軍達を殺させるようにした。

 実際にどうなるか楽しみだが、尼子と将軍だけに係わってはいられない。

 元凶である織田信秀と今川義元にも思い知らせないといけない。


「殿、雑賀衆が降伏したいと申していますが?」


 織田信秀と今川義元を苦しめる方法を考えていると、別の知らせが入った。


「根切りだ、鉄砲を使って子供達を狙おうとした者を許せるか!」


「はっ、申し訳ございません!」


 雑賀衆は皆殺しにする、少なくとも本願寺に組した連中は絶対に許さん!

 雑賀衆と言っても、大きく分けて海の雑賀衆と山の雑賀衆がある。

 雑賀荘、十ヶ郷、中郷、南郷、宮郷の五つに分ける場合もある。


 史実で有名なのは雑賀荘の土橋と十ヶ郷の鈴木孫一だが、それだけではない。

 五つの郷に代表がいて、地理的な特色を持っている。


 陸の雑賀、農耕を生業として新義真言宗を信仰する中郷、南郷、宮郷。

 海の雑賀、船を使った交易と漁業を生業としている雑賀荘と十ヶ郷。


 地理的な状況で言えば、雑賀川の東側、北から中郷、宮郷、南郷。

 雑賀川の西側、紀ノ川本流と挟まれた海側の地域が雑賀荘。

 紀ノ川本流の北側が十ヶ郷。


 これだけで雑賀を割りきれれば調略もし易いのだが、ここに宗教が絡んでいる。

 陸の雑賀、中郷、南郷、宮郷には根来寺の新義真言宗を信仰する者が多い。

 根来衆との交流が深く、根来寺に塔頭を立てて子弟を僧にしている。


 土橋守重が当主を務める当代は本願寺の浄土真宗を狂信しているが、代々の土橋氏は根来寺に泉識坊に塔頭を立て、新義真言宗を信仰してきた。

 中郷の岩橋氏は威徳院に塔頭を立てている。


 更に話をややこしくしているのが、根来寺の僧兵軍団だ。

 泉識坊、岩室坊、杉坊、閼伽井坊の四軍団があり、その下に二十七人衆と呼ばれる旗頭がいて、根来寺に敵対する勢力を叩き潰すのだ。


 並の戦国大名以上の戦力を持つ根来寺と本願寺の信徒が複雑に入り組んでいる。

 本願寺の浄土真宗と根来寺の新義真言宗が、少しでも多くの雑賀衆を信徒として取り込み、自分達の戦力にしようとしているのだ。


 だから郷の全員が同じ教えを信じている訳ではなく、完全な結束などない。

 しかも元々信じられていた、総持寺の浄土宗西山派の雑賀衆もおり、上手くやれば雑賀衆同士で殺し合わせる事も可能だ。


 海の雑賀衆が持っていた船は小舟一つも残さず拿捕した。

 伊勢から紀伊までの湊は全て封鎖し終わった。


 雑賀と根来以外の海賊衆と漁師は長尾水軍に取り込んだ。

 熊野水軍と呼ばれていた連中は、全員長尾水軍の水兵や水手になった。


 安全に確保できる湊には上陸部隊を送り込んで野戦陣地を築いた。

 南伊勢や紀伊の山奥までは、貴重な水軍衆を侵攻させない。

 上陸作戦で小舟を操ってくれれば、後は降伏した国人地侍にやらせる。


 一年も海上封鎖を続けたら、海の雑賀衆は干上がる。

 根来の水軍衆も交易ができずに干上がる。

 俺の大切な子供に刺客を送った者は、仲間だった者に嬲り殺しにさせる!


「殿、毛利備中守の毒殺に成功したとの事でございます」


 伝書鳩の知らせを持って近習が部屋に入ってきた。

 全国に放った諜報部隊が頑張ってくれている。

 毎日のように暗殺に成功した知らせが入る。


「そうか、送り帰す鳩には安全な内に逃げるように書け。

 いや、俺が書く、用意しろ」


「はっ」


 近習が伝書鳩に持たせる紙と、筆と墨を急いで用意する。

 伝書鳩の数が物凄く増えたので、代筆させる事が多くなった。

 特に重要な事以外は、重臣が判断する事も増えている。


 今回は毛利隆元の暗殺に成功したという重大な知らせだ。

 危険を冒して暗殺を成功させた者を、これ以上無理をさせて死なせてしまったら、俺の不完全な良心が痛むかもしれない。


 敵、子供達を暗殺しようとした者を、女子供関係なく根切りにしても壊れなかった心だが、復讐を成し遂げてくれた家臣を無駄死にさせたら壊れるかもしれない。


 毛利隆元を毒殺したのは、毛利元就が堺御所の命に従って、世鬼忍者を使って俺の子供を暗殺しようとしたからだ。


 謀略が得意な毛利元就は、慎重に、誰にも知られないように世鬼忍者を使ったが、大元の堺御所を厳重に見張っているので、元就が引き受けた事は直ぐに知れた。


 だから史実よりも十五年早く隆元を殺してやった。

 輝元が生まれていないから、跡継ぎは吉川元春か小早川隆景になる。

 だから、吉川元春が毛利家の家督を狙って隆元を毒殺したという噂を流している。


 毛利元就がこのような策に乗るとは思わないが、これを好機と考える者もいる。

 吉川元春の側近はもちろん、小早川隆景の側近も欲を出す。

 吉川元春、小早川隆景が欲に溺れなくても、どちらかを後継ぎにするしかない。


 この状況で吉川元春が毛利隆元を毒殺した事にできれば、跡継ぎは小早川隆景になるのだが、そうなると正室である妙玖が産んだ男子は小早川隆景だけになる。


 小早川隆景を殺せれば、側室に生んだ四男以下が家督を争う事になる。

 母親の実家が、外戚となって権力を握ろうと暗闘する事になる。

 俺の子供達を殺して長尾家に起こそうとした事が、毛利家に起こる。


 まずは毛利元就がこの事態をどう治めるか見させてもらう。

 見事に家中を治めるなら、それはそれでかまわない。


 吉川元春と小早川隆景を殺す準備は出来ているのだ。

 その気になれば何時でも毛利家を内紛させる事ができる。

 

 だが、それでは満足できない、太郎達を狙われた怒りが収まらない!

 毛利家には、兄弟で家督を争って滅んだ愚か者として歴史に名を残してもらう。

 成功するまで繰り返し罠を仕掛けて、吉川元春と小早川隆景を殺し合わせる!

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