第2章
第46話:地固め
天文十年(1541)1月10日:越中富山城:俺視点
「引き続き朝鮮、明国、南方から米を買い続けろ。
今が好機なのだ、人を集めて天下を取る力とする」
昨年はとても順調だった。
少し頭の痛かった晴景兄上との関係を確定できた。
晴景兄上は、京で朝廷の守護に専念している。
実相院を拠点にして、将軍にも管領にも付かず、朝廷守護を宣言している。
九条家と鷹司家、表には出ていないが近衛家の政治力を使っての事だ。
足利義晴将軍と細川晴元管領に対しては、自分達の兵を使わずに京の治安が維持できるから、外の敵に専念できるだろうと説得したそうだ。
何とか治まっている畿内を乱したくなくて、義晴将軍と晴元管領は渋々受け入れたようだが、俺の率いる四十万兵を恐れているのかもしれない。
『天文の大飢饉』の影響は本当に大きい。
四月と五月、梅雨前線の影響で畿内に大雨が降り、大洪水に襲われた。
河内摂津を流れる大和川が大氾濫をおこした。
淀川はもちろん、畿内各地を流れる大小の川が氾濫した。
多くの田畑が潰され、天文八年に続いて良くて不作、悪くすれば大凶作になる。
近江の国では、周囲を囲む山々から淡海乃海に注ぐ多くの川が氾濫して、数限りない田畑が潰された。
淡海乃海が大雨で溢れ、湖面から近い多くの田畑が水に浸かってしまった。
近江の国では、瀬田川が改修されて流れが多くなるまで、大雨の度の水害が繰り返されたと、資料を読んで知っていたが、その通りになった。
これだけならまだ被害は少なかっただろう、梅雨戦線の境界に限定されただろう。
だがここに巨大な台風がやってきてしまった。
凄まじい風と雨が畿内、甲州、関東、会津を襲ったのだ。
強烈な風に五穀全てが薙ぎ倒され雨に浸かった。
梅雨時の水害を逃れた五穀のほとんどが、収穫を見込めない状態となった。
近江では淡海乃海の水位が下がらず、五穀が二百日以上水に浸かったままだった。
秋の収穫が全く見込めないと分かった者達。
来年の収穫まで食つなぐ食糧がない者達。
収穫がなくても領主が年貢を取立て来ると分かっている者達。
そんな連中が生き残るために京に集まってきた。
何か仕事が有るかもしれない、頻繁に合戦の有る京なら足軽に雇ってもらえるかもしれない、そう考えた者達が続々と京に集まってきた。
俺は京都雑掌の神余隼人佑に命じて、奴隷を買わせ、貧民を足軽として雇わせた。
俺が奴隷を買い集め、食い扶持だけの足軽を大量に召し抱えているから餓死者は出ていないが、農地を捨てて俺の元に集まる者が毎日大量にいた。
晴景兄上が拠点としている実相院にも、毎日数百人の困窮者が集まる。
畿内各地から餓死寸前の者達が集まり、十日で五千人、百日で五万人となった。
晴景兄上は、そんな者達に雑穀粥を与えて体力を取り戻させた。
ある程度体力が戻ったら、足軽として使えように調練された。
気に入った者は自分の足軽にして、他の者は船に乗せて俺の所に送って来た。
他にも実相院には、俺が畿内で買い集めさせている奴隷兵が常時五千ほどいる。
餓死寸前の痩せ細った者達だが、兄上がしっかり食わせてから調練している。
その中から自分で見極めて選んだ者を俺から買い直して直兵としている。
兄上に御眼鏡に叶わない連中が俺の元に送られてきた。
食い扶持だけの足軽と合わせれば二十万もいた。
他にも中国、四国、九州から集めたから、総数四十万にもなっている。
戦える者でも、兄上の正義感に合わない者は俺の所に送られてくる。
そんな連中は、朝倉宗滴か古参の譜代家臣が叩き直してくれる。
乱暴なのは構わないが、俺や指揮官の命令には従うようにしなければならない。
そんな兵が二十万いれば全国を統一できると思っていた。
だが実際には、今の時点で倍の四十万も集まっている。
形振り構わず三年五作を導入しておいてよかった。
俵物や工芸品を代価に南方や明から買い集めた穀物の備蓄があって良かった。
こちらから船団を組んで朝鮮、明国、南方に穀物を買いに行かせて良かった。
昨年は機会をとらえて伊達家の支配地域に攻め込んだ。
米沢盆地には屯田兵一万を置いて完全な直轄領とした。
会津盆地の半分は直轄領にしたが、屯田兵は置かなかった。
その会津盆地に、先に語った巨大台風による風水害が起きた。
大型の台風が、畿内、甲州、関東、会津を襲い昨年も大水害を引き起こしたのだ。
特に会津は、猛烈な風で全ての穀物が薙ぎ倒されてしまった。
蘆名家が領主だったら、多くの人が餓死していただろう。
だが今は俺が領主だ、領民を餓死させたりしない。
だが、何の見返りもなく施してやるような御人好しでもない。
俺は領民に食糧になる大麦と種麦を貸してやった。
台風で駄目になった田畑に麦を植えさせた。
来春には大量の麦が収穫できるだろう。
来年になってから米や麦を育てるよりも、半年は早く収穫できる。
その半年の差が、餓死者の数を激減させる。
福島盆地の半分は直轄領にして、残りの伊達家領は独立心の強い国人が残った。
山形盆地の最上は、八盾を中心に国人に都合の良い統治が行われている。
伊達家が支配下に置いていた他の地域は、俺が強い支配権を得ている。
その全てで三年五作を導入した。
俺の事を信用していない者は拒否したが、少なくとも直轄領では行った。
そこでも春には大量の麦が手に入るだろう。
五年、いや、三年で支配地を完全に掌握する。
立毛間播種が普通に行われる地域にして、冷害で飢饉が起こらないようにする。
無理に稲作を行うような事は絶対にさせない!
俺は四十万もの人間に無駄飯を喰わせるほど酔狂ではない。
有効に使って費用以上の利を手に入れる。
将来の全国制覇も大切だが、目先の兵糧も大切だ。
だから雪が降るまでに送られてきた連中には、大麦を種蒔きさせた。
雪が降ってからは、これからの水害に備えて堤防を造らせた。
雪が降り積もって堤防造りができなくなってからは、各種職人を手伝わせた。
特に船大工の所には、船大工が求めるだけ人数を送った。
明国や南方に穀物を買いに行かせた時に痛感した。
有る所から無い所に必要な物を運ぶには、大型の船が欠かせない。
これまでもできる限りの大型関船を造らせていたが、それでは足らない。
船大工自体を増やして、もっと多くの大型関船が造れるようにする!
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