第33話:密偵達
天文七年(1538)12月29日:山城実相院:俺視点
今年も色々とあった。
俺個人や三条長尾家にあっただけじゃない。
全国的に色々とあった。
斎藤道三が美濃の実権を握った。
武田晴信に長男の義信が生まれた。
北条氏綱が古河公方の足利晴氏と同盟した。
特に気になったのが、本願寺証如が三好長慶に度々贈り物をしている事だ。
以前から季節の折々に進物を贈っていたが、今年も年始の祝儀に三種五荷を贈ったという情報があった。
問題なのは、三好長慶が突き返さずに返礼を贈り続けている事だ。
父親が自害する原因となった、卑怯な裏切りをしたのは管領の細川晴元だ。
だが、実際に自害に追い込んだ本願寺証如なのだ、恨んでいないのか?
戦国乱世に生きる武将だから、戦場での生死は恨まないのか?
だとしたら俺には信じられない。
本願寺は加賀と越中を失って弱っているから、三好長慶は好機と考えて復讐すると思っていた。
三好長慶はとても慎重な人間なのだろうか?
まだ播磨の英賀や伊勢長島の勢力が残っているから、手出しできないでいるのか?
六月に三好元長の七回忌が行われた。
殺した張本人である本願寺証如が、図々しく小経一巻と五貫文を贈っている。
三好長慶はどんな気持ちでいるのだろう?
ちゃんと御礼の使者を送っているが、内心では激怒しているのではないか?
本願寺証如は十月にも、三好長慶に書状、太鼓・小鼓五枚ずつ、十三種五荷を贈り信頼関係を築こうとしている。
三好長慶は礼状を送っているが、もう父親の仇をとる気がないのだろうか?
俺ならどのような卑怯な手段を使ってでも父親の仇を討つのだが……
十月には北条氏綱と北条氏康の父子が、足利と里見の連合軍を破って大勝した。
北条氏綱と北条氏康父子は、足利義明を討ち取って小弓公方を滅亡させた。
足利晴氏は、合戦の勝利を賞して北条氏綱を関東管領に補任した。
だが、既に関東管領は上杉憲政が継承している。
足利晴氏は北条氏綱と上杉憲政を咬み合うように仕向けているのか?
足利晴氏の策なら、三条長尾家にとって悪い話しではない。
上杉憲政が義祖父の敵を討とうと越後に来る可能性が低くなる。
上杉定実と伊達時宗丸の養子縁組を、賛成している国人と反対派している国人の争いが激しくなっても、上杉憲政が介入できなくなる。
晴景兄上が養父の上杉定実に何の抵抗もせず、唯々諾々と養子縁組に賛成したので、三条長尾家の譜代衆はもちろん、長尾為景に臣従した者からも見放された。
戦国乱世では、内政家の平和主義者が調和を重視した政策をしても評価されない。
晴景兄上を試すような事をしたが、両親を同じくする兄上でも、家臣領民を守り切れない者に武力や権力は持たせられない。
これまでは晴景兄上を立ててきたが、兄上は試験に合格できなかった。
厳しい対処をしなければいけない時が来た。
「霧隠を呼んでくれ」
俺は諜報部門の一角を預ける者を呼んだ。
商人、僧、修験者、山伏、聖、御師、忍者、野伏、歩き巫女、白拍子など。
多くの部隊に分けて全国の情報を集めさせている。
霧隠才蔵はその中でも戦える者達、忍者、野伏、山伏、修験者を指揮している。
末端の者は一人に指揮されるのではなく、複数の指揮官がいる。
役目は一つだが、報告をあげる相手が複数いるのだ。
霧隠才蔵と名付けたのは、俺の完全な趣味だ。
前世で忍者物のアニメや漫画、小説を読んだ影響だ。
猿飛佐助はもちろん、大猿大助や赤影なんて名前を使いたくなる。
武功を立てた大切な家臣に諱を与えるのはよくある事だ。
だが、陰に生きる忍者の武功は表に出難い。
諱ではなく、俺が個人的に思い入れの有る名を与えるようにしている。
「お呼びでございますか?」
「ああ、三好長慶と本願寺証如を今以上に詳しく調べてくれ」
「下手に人数を増やすと逆効果になりますが、宜しいのですか?」
「本人や身近な者は調べなくていい。
身分は低いが、よく使者に選ばれる者、小者や茶坊主につけろ」
「承りました、他の御用はありますか?」
「味方に引き入れるために見張らせている者はどうなっている?」
「私の配下は畿内が中心なのですが、若様からうかがっている者は抜かりなく見張らせて頂いております。
ただ、六角家や浅井家に仕えている者が、そう簡単に主を変えるとは思えないのですが?」
流石だ霧隠才蔵、大切だと思った事は主に遠慮せずに言う。
「欲得で簡単に主を裏切るような者は必要ない。
だから禄や金で釣るような真似はしない。
ただ、今固く結ばれている主従でも、何があるか分からないのが戦国乱世だ。
特に主が代替わりした時が好機だ。
次代の主が愚か者になる可能性は常にある」
「なるほど、確かに六角家の当代は管領代まで務めておられます。
次代の当主がその名声に押し潰される可能性はありますね」
「一騎当千の猛者でなくても良いのだ。
我が家は日々奴隷が増えている。
三十人四十人を差配できる足軽組頭も足らないのだ」
「承りました、そのような者で宜しいのでしたら、直ぐに集められます」
やれ、やれ、もっと頻繁に会って話し合わないといけない。
真田幸隆や豊臣秀吉のような、突出した者でなくても良いのだ。
彼らは抜かりなく見張らせてはいるが、並以下の才覚しかない者でも良いのだ。
我が軍の人材不足はとても頭の痛い問題だ。
銭があるから奴隷は買えるし足軽も雇える。
だが、その奴隷を足軽を指揮できる者が圧倒的に不足してる。
俺が人の能力を前世の人間基準にしてしまっているのかもしれない。
戦国乱世では普通なのかもしれないが、愚かな者が多過ぎる。
「若様、高野山の景康様と景房様なのでございますが……」
「接触してきた者がいるのか?」
「はい、黒幕を追わせておりますが、連絡を取った様子がありません」
「敵も警戒しているのだろう。
慌てなくても良い、景康と景房を見失わなければ良い。
事を起こす時は、必ず二人を越後に連れて行く。
その時には黒幕が明らかになる、絶対に見失うな」
「はっ!」
俺は霧隠才蔵が去った後に別の者を呼んだ。
三条長尾家に張り巡らせている密偵を束ねる者だ。
祐筆や侍女として召し抱えた、公家や地下家の者を束ねる者だ。
「晴景兄上はどうされている?」
「とても苦しんでおられるそうです」
「家臣に相談されていないのか?」
「相談はされているのですが、晴景様の望まれる方法ではないようです」
「戦いを避けようとされるのか?」
「はい、できるだけ話し合いで済ませたいようです」
「それでも引き続き晴景兄上に忠義を尽くす者はいるのだな?」
「はい、徐々に減ってはいますが、残っています」
「分かった、引き続き見張り続けてくれ」
入れ替わりに蔵田五郎左衛門が部屋に入ってきた。
「お呼びでございますか?」
「ああ、晴景兄上の勝手向きはどうなっている?
俺を真似て軍資金を集めていないか?」
「残念ながら、若様の真似はされておられません」
「商売で軍資金を得るのは恥だと思っているのか?」
「どのような想いで真似されないかは分かりません」
「新たに軍資金が得られるような政策をされていないのだな?
兄上が集められる兵の数は変わらないのだな?」
「はい、特に何もされておられません。
ただ、若様が始められた三年五作は左衛門尉様の忠臣達も取り入れております。
徐々にではございますが、集められる兵は増えております」
「そうか、兄上が集められる兵の数、できるだけ詳しく調べてくれ」
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