第29話:政略結婚

天文七年(1538)2月22日:山城実相院:俺視点


 昨年は色々な事があった。

 今年も史実通りに進むなら色々な事が起こる。

 俺にとっても重大な事が起こるはずなのだが、晴景兄上しだいの所がある。


 俺が生き残るため、俺が理想としている日本にするため、色々やった。

 その影響が特に大きく出ているのが北陸一帯だ。


 晴景兄上の決断だけでなく、越後守護の座にいる上杉定実や揚北衆の中条藤資、伊達稙宗と伊達晴宗の親子の決断も大きく影響するだろう。


 だから、今年はできるだけ越中を離れない心算でいた。

 越後に何があっても、加賀に何があっても、直ぐに駆けつけられるようにする心算だったのだが、太政大臣の近衛稙家と右大臣の鷹司忠冬に呼び出されてしまった。


 九条家と手を組んだので、二人には何か理由をつけて会わないようにしたかった。

 だが、近衛稙家の保証で越後に下向している公家や、俺が召し抱える事になった公家と地下家の子弟子女に頼まれたら、無碍に断る事はできない。


 彼らには、九条家の荘園を取り返す時に手助けしてもらった。

 手紙攻勢という効果のはっきりしない手段ではあるが、多くの大名や国人の決断に何らかの影響があったのは間違いない。


 九条稙通に、そういう事情で二人と会わなければいけないと使者を送ったら、何の事はない、近衛と鷹司はちゃんと九条の許可を取っていた。


 九条稙通も祖父と父の失態があるので、他の摂関家の協力なしには、母系に三条長尾家の血が流れる子供を、摂関家の当主にするのは難しいと思ったようだ。


 妹が嫁いでいる二条家の尹房は、上手く行けば自分の子供を九条家の養子にできると思っているから、当てにできないと言っていた。


 確か史実では、二条尹房の孫が九条家を継いでいた。

 一度断絶した鷹司家も、二条尹房の孫が継いでいたはずだ。


 密偵からの報告では、そんな野心家の顔が普段から表れている。

 九条稙通が警戒するのも当然だな。


 急いで大型関船を仕立てて京の実相院に行き、九条稙通と話し合った。

 稙通から直接事情を聞いたが、俺だけで判断できる事ではなかった。

 稙通が良しと言っても、長尾為景と晴景兄上の許可が必要だった。


 主水達が櫓で漕ぐから早いとは言っても、京と越後を往復するには数日かかる。

 いや、天候次第で十日以上かかる。


 そこで船だけでなく、実相院まで連れて来ていた伝書鳩と騎馬伝令も使った。

 安全確実に急いで話を伝えるためには仕方がない事だった。

 大切な連絡は複数の方法で伝えなければいけないのだ。


 伝書鳩の効果は絶大で、三日で越後春日山城と越中新庄城から返事が届いた。

 両城に五羽ずつ伝書鳩を放ったのが良かった。

 これからも伝書鳩の数と育成拠点を増やしていこう。


 長尾為景と晴景兄上の二人から許可がもらえたので、近衛稙家と鷹司忠冬の二人に、九条稙通と一緒に実相院で会いますと使者を送った。


 俺だけだと呼びつけるような真似はできないのだが、九条稙通の名前を使えば、こちらから出向かなくても良くなる。

 

「加賀守、この度は急な願いをして悪かったな」


 近衛稙家が軽い調子で謝ってきた。

 前回会った時よりもかなり丁寧だ。

 九条家の荘園を取り返した事で、俺の事を見直したのだろう。


「いえ、関白殿下の思し召しでしたら何時でも駆けつけせていただきます。

 だた、できれば事前に用件を教えていただきたかったです。

 分かっていれば、京に参ります前に、父と兄に許可を取っておきました」


「こちらとしても、断られて恥をかく訳にはいかないからな」


 確かに、遥かに身分が下の三条長尾家に嫁を求めて断られたら大恥だ。

 普通なら断る訳がないのだが、今は戦国乱世だ、絶対に無いとは言えない。


 俺も、鷹司忠冬の方から三条長尾家に嫁を貰いたいと言い出すとは、想像もしていなかった。


 てっきり、九条家の件を見て荘園を取り返して欲しいと言うのかと思った。

 言われたら断る気だったが、次姉が鷹司家に嫁ぐなら断れない。


「お断わりはしませんが、長姉は既に禅定太閤殿下に嫁いでおります。

 次姉の光子はまだ十三歳、直ぐに子供が産めるとは思えません」


「子供は三年後四年後でかまわない。

 婚約だけでも整えておかないと、加賀守に頼み事がし難いのでな」


 今度は鷹司忠冬が直接話しかけてきた。

 やはり予想通り、九条家と同じように荘園を取り返して欲しいのだろう。

 だが、できれば、もう京で目立つ動きはしたくない。


 北陸であれだけやって今更だと言われるかもしれないが、畿内だけでも史実通りになってもらないと、俺の手を汚さずに室町幕府を潰せない。


 何より、今年は天文の乱に前兆が始まる。

 越後守護の上杉定実が、自分の後継者に伊達稙宗の三男時宗丸を望む。

 後継者にすると約束していた、晴景兄上を踏みつけにした行為だ。


 だがこの事件があったお陰で、揚北衆の結束にひびが入る。

 伊達稙宗と伊達晴宗の親子が争い、南奥羽全域に広がる大合戦となる。

 事の発端となった越後でも激しい争いとなる。


 一連の騒動を上手く収められなかった事で、晴景兄上は求心力を失った。

 内政家の平和主義者だったから、国人達に舐められたのもあるだろう。

 最終的に、晴景兄上は上杉謙信に全てを奪われてしまう。


「荘園を取り返して欲しいという話でしたら、数年は待って頂く事に成ります。

 残念ながら、禅定太閤殿下の時と違って朝倉家の恨みを買ってしまいました。

 更に越後守護が奥羽の伊達家と悪巧みをしているようなのです。

 私は加賀と越後の両方で戦わなければなりません」


「なんと、それでは安心して嫁にもらえないな」


 何と度胸のない!

 急に恐ろしくなって三条長尾家と繋がるのを嫌がり出した。

 こんな奴に光子姉上を嫁がせても大丈夫か?


「それは大丈夫でございます、安心してください。

 数年かかりますが、必ず勝てる相手でございます」


「だが挟み撃ちにされるのであろう?」


「御安心下さい、天下随一の名将を家臣に加える事ができました。

 あの朝倉宗滴が家臣に加わったのです。

 越後は私が、加賀は宗滴が守ります。

 数年後には、私が奥羽を、宗滴が越前を切り取っている事でしょう」


「そうか、だったら婚約だけしておいて、祝言はその時で良いか?」


「はい、婚約の結納は十分させていただきますので、御安心下さい」


 数えの十三歳で妊娠は危険だから、正式な結婚は最短でも三年後にする。

 その間に鷹司忠冬を徹底的に調べて、光子義姉上が幸せになれそうなら嫁がせる。

 幸せになれないと判断したら、婚約を解消する。


 光子姉上は、史実では上条頼房に嫁いでいたはずだが、上条家は後に断絶する。

 姉上が幸せだったのかは誰にも分からないが、実際に戦った敵の家に嫁ぐよりは、五摂家の鷹司家に嫁いだ方が幸せになれる気がする。


 何より、父も母も同じくする長姉の桃子が九条家に嫁いでいるのだ。

 夫や家臣に、敵の娘と思われている家に嫁ぎ、何をするのも見張られて暮らすよりは、京で桃子姉上と交流を持ちながら摂関家の妻として暮らす方が幸せだと思う。

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