第26話:加賀制圧と朝倉宗滴

天文六年(1537)8月30日:加賀山田光教寺:俺視点


 俺は九条家の荘園を取り返して直ぐに越中に戻った。

 今年中に加賀に残った本願寺一向一揆を滅ぼす覚悟だったからだ。


 越中の時と同じように、信徒の調略を行った。

 真宗は小黒派、高田派、佛光寺派、三門徒派などを使って切り崩した。

 加賀でも多くの信徒が真宗を離れて信州善光寺の教えに宗旨替えした。


 彼らの心をつかんだのは、俺が指導する三年五作の麦作りだった。

 本当は秘密にしたかったのだが、もうできる状態ではなかった。

 越後の国人、地侍、百姓が命懸けで耕作法を盗み出したのだ。


 彼らからすれば、耕作法を盗むのに失敗して殺されるのも、水害で死ぬのも、餓死するのも、死ぬ事に変わりはない。


 どうせ死ぬのならと、腹一杯飯が食える方法、家族の命を救えるかもしれない方法、三年五作農法を盗める可能性に賭けたのだ。


 盗みに来た者は捕らえて奴隷にするのだが、捕らえられなかった者もいる。

 捕らえるはずの奴隷兵が、同情して見逃してしまう事もあった。

 だからもう立毛間播種を秘密にする意味などなかったのだ。


 それなら一向一揆の連中を調略する手段に使った方が良い。

 その決断が見事に当たって、普通なら考えられない成果を生んだ。

 ……俺を生き神様のように崇めたてる連中には恐怖を覚えるが……


 少し問題があるとしたら、朝倉家が大半を攻め取った江沼郡だ。

 普通に朝倉に渡すのは面白くなかったので、何時もの罠を仕掛けた。

 実戦を指揮したのが他の誰でもない朝倉宗滴殿だったからだ。


 朝倉宗滴殿は、越前でも加賀とは反対側にある敦賀の郡司だったが、実子が生まれるのが遅かった所為か、十年前に家督と郡司の座を養子の朝倉景紀に譲っている。

 このままでは、六歳になった宗滴殿の実子が僧にされてしまうかもしれない。


「宗滴殿、朝倉家が切り取られた江沼郡の領地割は自由にされて構わない。

 だが、幕府から加賀守護の役目を頂いているのも、朝廷から加賀守の官職を頂いているのも私だ。

 加賀国内での軍役は私に従っていただきます、宜しいですね?」


「私は軍奉行ではありますが、朝倉家の当主ではありません。

 そのような事を勝手に決める権限はありません」


「ならば左衛門尉殿に確認していただきたい。

 将軍家に仕える守護同士、争う事なく領地割を行いたい」


「先ほども申し上げたように、私の一存では決められません

 直ぐに使者を走らせますので、しばらく御猶予を」


「分かりました、待ちましょう。

 待つ間に、宗滴殿と実子の方について話がしたい」


「私だけでなく、子供について話し合いたいと申されるか?」


 宗滴殿が今まで以上に警戒し始めた。

 俺の実力を認めているからこそ警戒しているのだろう。


 俺が単純な武闘派でない事は、越中加賀の戦いで知ったはずだ。

 いや、宗滴殿の事だ、九条稙通を奉じて荘園を取り返した事も知っているはず。

 だから俺が朝廷と幕府を味方にできる事も理解しているはずだ。


「宗滴殿と実子の小太郎殿には、朝倉家と我が家が争わないために、境目の領主になっていただきたい」


「加賀守様は私に朝倉を裏切れと申されるか?!」


「朝倉家を裏切れ、寝返れと言っているのではない。

 両属して朝倉家を守る方が良いと言っているのだ」


「これまでずっと朝倉家を守るために戦ってきた。

 今さら長尾家に仕える事などできない」


「長尾家にだけ仕えろと言っているのではない。

 強い大名家の間に挟まれた国人が、両属するのはよくある事だ」


「くどいですぞ、私の本貫地は敦賀にある!」


「だがその本貫地を継ぐのは実子ではなく養子だ。

 本来なら朝倉本家を継ぐはずだった宗滴殿が、このままでは自分の子孫を残す事もできなくなってしまうぞ」


「……」


「敦賀の九郎左衛門尉殿が宗滴殿から受けた恩を忘れず、小太郎殿を次の当主に指名してくれるなら良いが、そうならない事は宗滴殿が誰よりも知っているはずだ。

 小太郎殿を邪魔に思った九郎左衛門尉殿が、宗滴殿から受けた恩を忘れず、小太郎殿を僧にするならまだ良い。

 最悪の場合は殺される事、分かっているのだろう?」


「……」


「だから江沼郡に小太郎殿の領地を確保されよ。

 私が小太郎殿を後見してやる。

 何なら烏帽子親にも名付け親にもなってやろう」


「そのような事をすれば、朝倉と長尾の戦いになる」


「その時、宗滴殿はどちらに味方される?

 私は宗滴殿を江沼郡の分郡守護代にする。

 朝倉分郡守護代家の後継者は小太郎殿だと明言しよう、熊野権現の誓詞も書こう。

 いや、私が長吏を務める善光寺の誓詞でも、別当を務める顕光寺の誓詞でも良い。

 それに比べて、宗滴殿が主君として忠誠を尽くしている朝倉左衛門尉殿は、小太郎殿にどれほどの事をしてくれているのだ?

 もしかしたら、左衛門尉殿自身が、本来なら朝倉家を継ぐはずだった宗滴殿の血を絶えさせようとしているのではないのか?!」


「なっ!」


「宗滴殿、私が言った条件を左衛門尉殿に伝えてみたらどうだ?

 左衛門尉殿が本当に心から宗滴殿を信じ、その忠誠心に報いようと思っているのなら、私が出した以上の恩を授けるだろう。

 私が言ったような、邪な考えでいるのなら、宗滴殿を殺そうとするだろう。

 それを確かめられたらどうだ?」


「……君臣離間の計ですか?」


「そうだが、本当に望んでいるのは宗滴殿が殺される事ではない。

 私から見れば、能力も忠誠心もある宗滴殿が、両属とは言え家臣になってくれるなら、これほど頼もしい事はない。

 左衛門尉殿が愚かで、宗滴殿を殺してしまうような事があれば、朝倉家など簡単に滅ぼす事ができる。

 朝倉家を滅ぼしたくないのなら、最低でも両属を選ぶしかない。

 私がこの条件を口にした時点で、宗滴殿は死地に入ったのだ」


「加賀守様を殺して生き残りたいですが、無理なようですね」


「このような策を使うのだ、絶対に勝てる護衛をそろえている」


「私が殿の説得に成功する事や、殿が私を信じてくれる事は考えないのですか?」


「調べさせた左衛門尉殿の性格ではありえない。

 私の話を聞いた宗滴殿の絶望的な表情からも分かる」


「殿が私を血祭りに上げて、加賀守殿に戦いを挑んで勝つかもしれませんぞ?」


「自ら軍を率いた事もなく、率いようとする気概もない。

 全て宗滴殿に任せている左衛門尉殿など全く怖くない。

 宗滴殿を殺したら、別の誰かを戦奉行して一乗谷で酒を飲んでいるだろう。

 それ以前に、越前一国の朝倉家に比べて、長尾家は越後越中加賀の大半を支配下に置き、一向一揆だった者共の心をつかんでいる。

 一向一揆だけにも勝てなかった朝倉家など物の数ではない!」

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