第21話:築城制圧

天文六年(1537)5月10日:越中新庄城:俺視点


 日本中の大名国人が生き残りをかけて戦っている。

 今川義元は、北条早雲以来の駿相同盟を解消した。

 武田信虎の長女を正室に迎えて甲駿同盟成立させた。


 諜報網を整備した事で、昨年よりも早く正確な情報が入って来る。

 幽閉していたとはいえ、上杉定実と側近達がいた春日山城とは違い、信頼できる旗本や奴隷しかいない新庄城では、多少は気を抜く事ができる。


 新庄城は、長尾為景が能登守護の畠山義総に頼まれて、一向一揆と手を組んだ神保慶宗を撃退した時に、陣を構えた場所だ。


 標高が平地よりも十五メートル弱高い、微高地に築かれている。

 本丸の東西が一三七メートルから一四二メートル。

 南北が九五メートルから一二七メートル。


 本丸の周囲に水濠を掘り、大量の淡水真珠を養殖ができるようにした。


 長尾為景が築いた新庄城の二ノ丸は、本丸に並ぶ複郭式だった。

 これでは少々不安なので、二ノ丸は長尾為景用の郭にして、新しい二ノ丸で本丸郭と為景の郭を覆うようにした。


 それくらいしないと、一万を越える奴隷を全員収容できない。

 奴隷達は、俺が最低限の衣食住を補償しなければいけない相手だ。


 それに、二ノ丸の周囲にも水濠を掘れば、そこでも淡水真珠を養殖できる。

 二ノ丸の中にも籠城時の水源と偽って淡水真珠養殖用の池を作った。


 だが、ずっと新庄城を本拠地にする気はない。

 将来は築城中の富山城を本拠地にする心算だ。

 それも史実の富山城を遥かに超える規模の城にする予定だ。


 だが今は、築城に全精力は使えない。

 越中と加賀を切り取る方が大切だ。


「越中の国人と地侍が続々と集まってきておる。

 将軍に一万貫文のも献上は多過ぎると思ったが、越中守護の地位でこれだけの味方が集まるなら、元が取れるかもしれぬ」


 長尾為景がにやにや笑いながら話しかけてくる。

 当たり前だ、俺は無駄金を使うのが一番嫌なのだ。

 越中と加賀の守護職をもらえると確約があったから、一万貫文渡したのだ。


 ただ、流石に帝からの綸旨はもらえなかった。

 本願寺の一向一揆は、抜かりなく帝と朝廷に献金を行っている。


 しかも数万の狂信者を擁し、あの三好元長を自害にまで追い込んでいる。

 恐ろしくて、とても討伐を許可する綸旨は下賜できない。

 先に下賜していただいた、越後国内の国人討伐綸旨で十分だ。


「運が良かったのもあります。

 能登の畠山殿は、家臣も一向一揆も治められず力を失っています。

 尾州家の畠山殿は、義晴将軍に敵対しています。

 上様も尾州畠山に与えた越中守護職を否定したいのでしょう」


「そうだな、運が良かったとも言える。

 だが、その全てを考えて越中と加賀を切り取れると判断したのであろう」


「はい、信濃や上野を狙うよりは簡単です。

 何より、我が家の資金源となっている、海上交易が一番大切です。

 敵対する水軍に直接圧力をかける必要があります。

 加賀の一向一揆が水軍を持つとは思いませんが、水軍の方が加賀の本吉湊を拠点にしようと、一向一揆に近づいてくるかもしれません」


 今までは、危険な場所は水主が櫓を漕いで、急いで離れるようにしていた。

 陸で暴れるだけの一向一揆なら、七十四人の水主に加えて二十六人の足軽が乗る大型関船を襲う者はいないのだが、既存の水軍なら襲って来るかもしれない。


 俺が海上交易で莫大な富を得ているのは、隠そうとしても隠しようがない。

 京より西側や直江津より東側は船団を組んでいるが、安全とは言い切れない。

 船乗りと兵の数は多いが、戦闘力は歴戦の海賊衆の足元にも及ばない。


「少々の被害は仕方がないとも言えるが、一度味を占めたら繰り返し襲って来る。

 敵対する海賊衆には細心の注意を払わねばなるまい」


 長尾為景の言う通りだ。


「その点は十分注意しています。

 全国各地の情報を、多くの伝手を使って集めています。

 水軍に危険が及びそうな場所には行かさないようにしています」


「そうか、高野山、園城寺、伊勢神宮などと手を組むのも、善光寺と戸隠神社に兵力を分けるのも心配だったが、全ては軍資金を確保する為だったか」


「高野山と園城寺と手を組むと、後々厄介な事になるかもしれません。

 それは分かっていましたが、先ずは情報網の拠点と信濃侵攻の拠点を手に入れなければ、話になりません。

 向こうが無茶な要求をして来たら、縁を切れば良いだけです」


「くっくっくっくっ、潔の良い事だ。

 情に流されてずるずる関係を続けるようでは、一人前の武士とは言えぬ。

 必要なら、親兄弟でも殺さねばならぬ。

 まして単なる同盟者なら、利を前にしたら裏切って当然だ」


 本気で言っている、流石下剋上男だ。

 この性格だと、血のつながった嫡男でも、晴景を頼りなく思うのだろう。

 念を入れておいた方が良いな。


「あまりにも裏切り過ぎると、誰からも信用されなくなってしまいます。

 裏切る時は最後の最後、一番大切な時に限ります」


「ふん、偉そうに言いおって。

 まあ、いい、幼い身で大言壮語するだけの事はやっている。

 それで、明日の出陣ではどこまで攻め込む」


「着実に城を落として背後に敵を残さないようにします。

 ただ、頑強に籠城する者には抑えの兵を置いて先に進みます」


 できるだけ野戦で決着をつけよう。

 領民まで籠城されると、抑えの兵を置いていても心配だ。

 三方ヶ原ではないが、無視して先を急いだら城から出てくるか?


 敵が出て来てくれさえすれば、弱兵でも数が多いから勝てる。

 比較的重装備の足軽が、竹束で作った盾を持って背後の味方を守る。

 竹束足軽の後ろにいる投石足軽と弓足軽が、遠距離から攻撃する。


 これなら百姓兵よりも踏ん張りの利かない奴隷兵でも勝てるだろう。

 だが、このやり方が何時までも続くとは思えない。

 少なくとも武田信玄には通用しないだろう。


 まだ種子島に火縄銃は伝来していないが、南蛮船を誘致して手に入れるか?

 少なくとも硝石だけは今から作っておいた方が良いだろう。


 加賀前田藩が五箇山で作らせていた硝石について書かれていた書は、戦国仮想戦記を書く時に熟読した。


 俺が五年かけて効果の高い肥料を作ると言ったら誰も疑わないだろう。


「抑えを置くか……万が一抑えの兵が負けると背後を取られるぞ。

 今度は我らが裏崩れを起こす事になる」


「分かっています、一向一揆も半数は切り崩せています。

 国人や地侍も、本領を安堵すると言えば素直に降伏するでしょう。

 これまで攻め滅ぼした連中の領地は手に入れられました。

 それだけでも五万石は直轄領が増えました。

 交易が止まる事があっても、奴隷達を飢えさせることはないでしょう」


「朝倉との話し合いはどうなっている?

 越中加賀の一向一揆を皆殺しにできても、加賀の大半を朝倉に奪われては何の意味もないぞ」


 越中加賀の一向一揆と戦うと決めた時から、朝倉と同盟する事にしていた。

 朝倉も加賀の一向一揆にはずっと手を焼いていた。

 何より、領地を切り取らなくては国人や地侍の忠誠を維持できない。


 朝倉も大陸との交易で莫大な富を得ている。

 それを国人や地侍に配る事で忠誠心をつなぎとめている。

 だが、銭金だけでは武士の忠誠心は維持できない。


 俺の主力は奴隷なので、最初は満足な食事を与えるだけで忠誠心を維持できる。

 多少の手柄をたてた奴でも、褒美の銭金を与えるだけで良い。

 目覚ましい活躍をした者でも、銭金で扶持を与えればすむ。


 だが、元々武士だった者、地侍百姓だった者は、土地に異様な執着を持っている。

 土地を褒美に与えないと、忠誠心を維持できない。

 譜代の家臣でも、土地を褒美に与えると敵に言われたら、簡単に裏切りかねない。


「大丈夫です、一向一揆の主力は加賀です。

 越中を見捨ててでも加賀を守ろうとします。

 朝倉宗滴殿でも、江沼郡を切り取るのが精々でしょう。

 それも、我らが北から攻め込まないと、直ぐに江沼郡を奪い返されます」

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