人の常識と犬の常識
「それ言ったら人間だってそうだな。特殊能力って言ってるけど要するに変な力じゃねえか。特殊能力っていうのは具体的に一体何なんだ、なんで人間とモンスターだけそんなもの持って生まれる」
以前もチラリと話した特殊能力とは何か。あの時は過去に人が施された何らかの術では、と言ったが結論は出ていない。というより、人の中では当たり前な事過ぎて考える対象ですらない。
その質問は人間であるサウザンドにとっては考えたこともない問題だった。なぜ肺呼吸できるのか、なぜ二足歩行するのか、という類と同じ内容の質問だ。しかしそこまで考えてすぐに否定する。
(安易に終わらせるな、犬である主から見たら確かに不可解なことなんだ。人間の常識ではなく主の常識に寄せて考えろ。何故? なんで人間とモンスターにだけ能力が?)
おそらく主人が人間だったらこんなこと考えもしない。しかし人間ではない者だからこそ種族を超えて当たり前だと思っていたことが非常識であると教えられる。
動物の生態は分かりやすい、捕食者なら獲物をとらえるために足が速くなる、顎の力が強くなる、群れで行動し狩りの成功率を高める。縄張りを持ち生活圏を確立することでリスクを回避し、自分の狩場を荒らす者には命をかけて戦う。被食者なら身を守るために耳や臭い敏感になり、敵から逃げるために脚力が強くなり、生き延びる確率を高めるために捕食者以上の大きな群れで行動する。数を増やす事で子孫を残そうとする。
では人間は? 人間の歴史は戦争だ。種族を超えた天敵がいないのでいつも同じ種族である人間同士で争っている。魔法や特殊能力はその戦いにおいて大いに役立っている。
なぜその能力が生まれた。生きるか死ぬかでいうなら、野生の動物たちの方がよほど毎日危険な目に遭っている。なぜ人間だけが、争いの時間よりも平和な時間が長いはずの人間にそのような力が備わった?
なぜモンスターはそのような力があるのか。そもそもモンスターは捕食者ではない、動物や人間を食べている姿など目撃されたこともない。モンスターに食われたという事例もない。報告されるのはただひたすらモンスターに殺された襲われたという事だけ。襲われるのはいつも人間だ。
「人の戦う能力はモンスターと戦うために備わった、のでしょうか」
「じゃあモンスターはなんで変な能力があるんだ」
人間と戦うためではない気がする。能力は圧倒的にモンスターの方が高い。人間が勝っているのは数だけだ。どちらが「強いか」と聞かれたら、モンスターである。モンスターの力の根源、進化の過程が全くわからない。
「ごちゃごちゃいろいろ考えているところ、もう一個課題増やしていか」
「ぐいぐい攻めますね、いいですよもうこの際だから何でも聞いてください」
「精霊っていうのは一体何なんだ」
「言うと思いました。この流れではそうですよね」
モンスターに対抗するために精霊の力を取り入れている。そう教えられてきたが、絵本などには不思議な高貴な生命体として描かれているが。
精霊とは何だ? 神なのか、別次元の生命体なのか、それとも選ばれた人間なのか。
「久しぶりに脳みそ破裂しそうなんですけど」
「悪かったよ。ただアイビーの対抗策を考えねえと、絶対死ぬぞ。アイビーが何なのかを考えるにはモンスターは何なのかを考えて、精霊の力はなんなのかって話で……やべえゲロ吐きそう。頭がグルグルする……」
「自分で言っておいて。自分の毒にアタってる毒蛇じゃあるまいし」
それをずっと考えているが未だにいい案が思いつかないのが歯痒いところだ。
頭を切り替えて殺されたモンスターの観察を良くしてみることにした。なぜこのモンスターはアイビーに狙われたのか。アイビーが無差別にモンスターに襲い掛かっているのかもしれないが、そもそもなぜ襲い掛かっているのかもわかっていない。それならこのモンスターがアイビーに狙われるだけの理由があったのだと考えるべきだ。それは討伐隊が全滅した時と同じ、共通する理由が必ずある。生き残っていた二人でさえ探し出されて殺されたのだ。アイビーは明らかに狙っているものに共通点を見出している。
いい加減生き物の内臓にも慣れてきたスノウもモンスターをよく観察し始めた。顔を近づけると匂いを嗅ぐ。
「こいつちょっと薬草みたいな匂いがするな、香草か」
「香草ですか、主食とかでしょうか」
そう言ってモンスターの口元を開けてみると不思議なことに草食動物のような歯ではなく肉食動物のような鋭い牙だった。モンスターが何を食べて生きているのかは知らないが、少なくともこの歯の並びは植物を食べて生きているとは思えない。
「口から匂ってんじゃなくて体全体だ。多分寝る場所とか生息してるところに香草がたくさん生えてるんだろう」
そう言われてサウザンドもモンスターの体の匂いを嗅いでみる。獣臭が強いがほんのりと別の匂いは確かにした。
「なんでしょうね、どこかで嗅いだことがあるような気がするんですけど」
「俺は初めて嗅いだ。森の中にはなかったが」
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