生贄は箪笥にしまいましょう

aqri

箪笥にしまわれている

 体中が痛い。自分が今どんな状態でどんな格好しているのかもわからない。目を開けても真っ暗だ。

 朦朧とする意識の中ようやく自分が体育座りのような格好で横になっていることに気がついた。体を動かそうとしても硬い物に囲まれているらしく身動きが取れない。これではまるで屈葬だ。


 ようやく思い出してきた。人里離れた場所に住む大好きな叔母から呼び出されたんだ。自分には不治の病が見つかったから財産相続の話をしたいという事だった。

 先祖の代から広大な土地があり財産も多いと聞いた。それに加え叔母は数年前からだいぶ羽振りがよくなり、結構な額の資産を手に入れたと語っていたくらいだ。

 なぜ自分の兄である父ではなく姪の私を呼び出したのか。それは父と叔母の仲は険悪とは言えないくらい最悪だから。でも私のことはとても可愛がってくれたから私は叔母が大好きだった。


 叔母の家に行ってお茶を飲んでそれから……その後の記憶がない。とにかく今自分の状況はおそらく閉じ込められているのだろう。体を動かそうとするが本当に体がぴったりとはまり込んでいるらしく身動きがとれない。


「なにこれ、箱にでも入れられてるの?」


 全身を動かして勢いよく振ってみるとガタガタと少しずつ動き出した。どうやら本当に箱のようだが、少しずつずれていっているという事は箱が箱にはめ込まれているのだろうか? そう思ったとき自分が一体どこにいるのかがようやくわかった。


箪笥たんす?」


 叔母の家にはそれはもうたくさんの種類の箪笥がある。先祖代々伝わるものでこの家の直系の女性は、自分の箪笥を作らなければいけないというよくわからない風習があるのだとか。


「私、箪笥に入れられてるの?」


 幸い新しいものなのか滑りが良いらしく動く。全身を前後に動かしていくとほんの少しだけ隙間が空いて光が差し込んできた。光といっても電気ではない、夕方の薄暗い光だ

 その隙間に手を引っ掛けてなんとか引き出しをずらすことに成功した。芋虫のように体をくねらせて無理矢理狭い隙間から這い出る。


「痛」


 一体どのぐらいそこに入れられていたのか。長時間同じ姿勢をしていた時の痛みだけど、それにしたって箪笥の引き出しの中は狭すぎる。辺りを見渡すとその異様な光景に私は息をのんだ。


 そこはどこかの部屋の中だった。壁際に無数の大小様々な箪笥がずらりと並んでいた。改めて私が入っていた箪笥を見ると桐の匂いがする新しいものだ。先祖代々の箪笥とやらは見せてもらった事があったけど、ここにある箪笥は飾りが一切ない。だいぶ古いものが多いようだけど。

 呆然としてしまうが冷静になれた自分に言い聞かせる。考えろ、何か行動しろ。

 叔母の家に来たのは昼くらいだから、夕方ということはあれから四、五時間は経っているのだろう。そしてこんなことをしたのは間違いなく叔母だ。


「どうして」


 異様な行動に私も動揺が隠せない。いたって普通の優しい叔母だったのに。

 どうしてこんなことをしたのか問いただしたい気持ちもあるけど、もしも。もし仮に叔母が何らかの危険な思考を持った人だったらこのまま逃げたほうがよくないか。でもここに来るまではタクシーで来た、道なんてわからないし歩いて帰れない。

 この箪笥一体何が入っているんだろう。もしも何か役にたつものがあれば持っていけるかもしれないと思って、近くの箪笥を開けた。特に何も入っていなかったが一番下の段を開けた時だった。


「わっ!?」


 日本人形が入っていて驚いて思わず声を上げた。薄暗かったせいもあってより不気味さが際立ってしまったのだ。それでなくても日本人形は可愛らしいと言うより、どうしても怖いというイメージを抱いている。しかもこの人形。


「なんで真っ黒なの」


 顔が墨で塗りつぶされたかのように真っ黒だった。着物はなんともないのに顔や手など肌の部分が黒い。あまりいい気分はしないので急いで引き出しを閉めた。

 他の箪笥も同じだった。上の段は何も入っていないのに一番下には日本人形が入っている。人形は種類が違うらしく大小様々だったけどすべて肌の部分が真っ黒だ。……何なの、これ。

とにかくこの場は離れた方が良いだろうと音を立てないように慎重に立ち上がって扉から部屋の外に出た。


 先祖代々のおかしな風習、という事から考えても私が箪笥に入れられたのも何かの風習? いやでも、もしエコノミー症候群とかになったら健康にかかわる。それに私に何の説明もなく、というより。途中で記憶が飛んでいるから睡眠薬でも飲まされたんじゃないだろうか。そんなことをする人だとは思っていなかった。

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