第二章 生活基盤を作る 7.再検討 --6日目夜--

 食事も終わって一息ついた。外はすっかり暗くなったようだ。なんとなく外に出てみると月がきれいだった。

 庭を横断して田んぼに続く斜面の草に上に寝転がった。月ってこんなに明るかったんだな。周囲の星があまり見えない。月から離れたところは星がイッパイなのに。


 これまでのことを振り返りそうになるが、今日はやめておこう。前向きに生きていくんだ。これからの暮らしを考えよう。

 目の前に田んぼが広がっている。稲が青々と育っている。秋、これを収穫すれば俺1人1年間食べていけるんじゃないかな。

 畑には青物が植わっている。明日、何の作物か確認して収穫の計画を立てよう。

 お茶の木が新芽を出してるな。これを摘めば新茶が飲めそうだが、加工が面倒そうだな。お茶はまだ良いか。今年は放置しよう。

 あと、果物があると良いんだけど、公園に植えられている木は実がなるのかな? 秋に食べられたら儲けものってところか。

 夏の間に必要な作業は草刈りぐらいかな。暇そうだから農業の勉強をしよう。本屋か図書館に行って参考書を調達しよう。


 電力が必要だな。太陽光発電システムを調達しよう。そんなに大電力は要らない。照明とキッチン家電が使えれば良いだろう。

 あと、冬の暖房か。古民家で暖房と言えば薪と炭だよな。公園を巡回すれば落ちた枝とか、大量にあるだろう。そうそう、バーベキューコーナーに薪が山積みになっていたはずだ。放置していると雨に濡れて腐っちゃうかも。早めにこっちに運んでおこう。


 耳元で高い羽音がする。蚊だ。ここに居るとたくさん刺されそうだ。振り払いながら母屋に戻る。蚊取り線香とかも調達しないといけないな。

 待てよ。蚊って人とか動物の血を吸わないと卵が産めないんだよな。俺以外に動物がいないとなると、アイツら絶滅危惧種になったのか? 吸血系の虫とか寄生虫とかも全滅だな。

 この災害は虫には影響がないのかと思ってたが、やっぱりそれなりに影響がありそうだな。そう考えると植物にも影響がないとは言えないな。よく観察して食料調達への影響を警戒しよう。考えなきゃいけないこといっぱいあるなぁ。




 それにしても、本当に俺以外に人は居ないんだろうか? もう一度考えてみよう。

 災害が起きたのは俺が鍾乳洞の中にいたときだろう。俺が鍾乳洞にいた時間は高々30分ほどだ。その間に、ごく短時間、何かが起きたんだ。

 いわゆる放射能だったら残留するはずだから、鍾乳洞から出たら俺にもすぐに影響が出たはずだ。だから核兵器とか原子力事故ではないだろうな。

 病原菌とかなら蔓延するまでに早くても数ヶ月掛かるはずだから、これもないな。

 広範囲に雷のような電磁波が走った? それなら多くの電子機器が壊れているはず。動物にしか影響がないから、これも違うな。

 うーん、原因と言うか、何が起きたのかわからない。影響範囲の推測はできないな。


 他に人がいないだろうか。

 観測するしかないか。人が組織的に活動していれば電波が出るはずだよな。やっぱり電波観測は必要だ。

 局長のところから拝借してきたアマチュア無線のハンディ機の電源を入れて受信周波数をゆっくり変えてみる。所々でビーコンらしきものが聞こえるが、おそらく電池で長期間稼働できる無人の発信器だな。人の声は聞こえない。

 ラジオ放送とかも復旧する可能性はある。というか、外国から呼びかけているかもしれない。母屋から見て右手、管理棟の向かい側の丘の上になるべく長い電線を張って中波とか短波を受信してみよう。受信機も調達しなきゃ。秋葉原に行けばすぐに手に入るが、この辺りではどこにあるかな?


 そういえば都心はどうなった? 火災は治まったみたいだな。

 ちょっと待てよ。この公園の隣、陸上自衛隊の駐屯地だ。滑走路があってヘリコプターがあるはず。その一角に内閣の施設がなかったか? 都心に大規模災害があったら政府が疎開してくる場所だ。何年か前に盛り上がった怪獣映画でも後半は主人公がそこで指揮してたよな。

 だいたい、この公園を含めて地域一帯が首都災害の対策拠点だろ。警察と消防の航空隊も自衛隊と滑走路を共用していたはずだ。

 その割には全く人の気配がないな。インフラそのまま残っているから、地方が生きていればここに来て都心の調査や救援の拠点にすると思うんだが…… やっぱり地方も含めて政府とか自衛隊とか、活動できる組織がなくなっちゃったのかなぁ。


 となると、この影響がどこまで広がっているかだ。この災害は日本だけかもしれない。短波放送なら東アジアとオセアニアは大体受信できるはず。電離層が活発な夏だから、欧米の電波も受診できるな。外国語でも何でも良いから放送さえ受信できれば、どこが生き残っているか推測できるだろう。

 気になるのはやっぱり、北から西側の隣国たちだ。もう既に北海道や日本海側・沖縄は占領されているかもしれない。そうであれば遠からず、ここにも偵察機が飛んでくるだろうな。自衛隊に迎撃される恐れがないから、攻撃ヘリとか我が物顔で飛びまくるだろうな。

 道路はどこも事故車で塞がっているけど、戦車とか装甲車で踏み潰しながら威力偵察に来るかも。

 イヤイヤその前に、隣の自衛隊駐屯地を軍事偵察衛星で監視しているかもしれないな。俺1人だけだと動きはそう簡単には把握できないと思うが…… 定期的に写真撮ってAIでチェックしたらバレるかな。

 見つかったらどうなるんだろう? 奴隷にされるのかな。それとも生き残った理由を探ろうと人体実験されるだろうか?

 捕まりたくないな。外国軍が来たら多摩川沿いに山へ逃げよう。究極のサバイバルだ。

 その前にまずは情報収集だな。やっぱり電波観測。それと、明日から空もよく見よう。超高空で何か飛んでいるかもしれない。


 とはいえ、俺が生き残ったんだ。日本にも他に生き残っている人がいるんじゃないかな。

 こんな世界で生き残ってる人って…… あれかな? ものすごいマッチョで、金属の鋲を打った革製の服着て、モヒカンでタトゥー入れて、チェーンを体に巻き付けて、原始的な武器を振り回しながら奇声を発して、どデカい改造バギーに乗って集団でやってくるんだろうか? 捕まったら作物を奪われて奴隷にされたり、面白がってなぶり殺しにされたり…… 外国軍に捕まった方がマシかもしれない。


 いかんいかん。マイナス思考はダメだ。アニメの見過ぎだな。

 プラス思考で行こう。生き残った人はもっと協調して生きる努力をするだろう。特に日本人は。


 自衛隊の潜水艦が無事だったらどうだろう? 母港に帰って事態を把握して、生存者を探す努力をしているんじゃないだろうか?

 だとすると、この辺りだと横須賀か。潜水艦のクルーにはヘリの操縦ができる人はいなさそうだな。空から救援には来ないな。地上を移動してくるとなると、事故車両の処置が必要だが、被災者さんたちを無視できないだろうな。

 クルーの人数も少ないことだし、ここまで捜索範囲を広げるには相当時間が掛かるだろう。それに、ここに来る前に都心に行って…… 諦めちゃうかもしれないな。

 そうだ! 自衛隊の無線も受信しなきゃ。警察と消防も。受信した内容を人に話すと違法だけど、受信するだけなら合法だ。マニア系無線雑誌を見れば受信の仕方は解るはずだ。

 たとえ暗号化されていても良いんだ。電波が出ていることが解れば。電波さえ出ていれば、フォックスハンティングの要領で発信源を特定して様子を見に行くこともできる。


 フォックスハンティングって言うのはアレだ。アマチュア無線のゲームだ。狐役の無線家が出す電波をハンター役の無線家が追いかける。単純だけど面白いらしい。俺は参加したことないけど、大学のアマチュア無線部では準備したり武勇伝語ったりしてるのを見聞きした。羨ましかったな。

 よし、それをやろう。


 それと、地下と言えば鉱山か。地下鉄もあるな。大江戸線ぐらい深いところなら影響少ないかも。ただし、都心は地上が大惨事になっていそうだから、その影響で地下に閉じ込められている可能性もあるな。

 ちょっと都心から離れたところだと、リニアモーターカーとか外環のトンネル工事とかの大深度にいた人も無事かも。他にも地下深くにいた人は無事かも知れない。

 そういう人達がいたとすると、どう行動するだろうか? 俺のように1人で行動している人は少ないかな。やっぱり、みんなで協力して救助と復旧に努めているよな。あるいは既に局地的な復興をしているかもしれないな。


 そんな人達と合流できたら、俺もやぶさかではない。復興に協力する。

 だが、どうやって合流する? 夏だからな。これから被災者さん達のご遺体がどんどん腐敗する。病原菌があふれるから被災者さんの多いところには行かない方が良い。となると、こちらからあてもなく探しに行くのは危険だ。向こうから探してくれるだろう。じっと待っている方がリスクが少ないんじゃないか? 大体、こんな非常事態でどうして良いか解らないというのに、『消極的だ!』って批難する人もいないだろう? 思慮が浅くて無責任なネット愚民も居ないしな。他人の目を気にする必要はない。

 よし、既定路線でこのまま1人で生きるためのインフラを作ろう。それと無線で探索だ!

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