第二章 生活基盤を作る 6.古民家 --6日目午後--

 新しい家だ。築200年ぐらいの。

 この農家再現コーナーは3つのエリアに分かれていて、それぞれ高低差がある。

 北側が少し高くなっていて、住居エリアだ。南東が畑エリアで、高さで言うと中段だ。南西が下段で、小さい田んぼが4枚並んでいる。田んぼの母屋側が上流側でため池が、下流側には蓮池もある。

 3つのエリアの境界線に幅3mぐらいの簡易舗装の道があって、軽トラとかの作業車が母屋の庭から畑へ、さらに田んぼへと行き来できるようにもなっている。

 期待したとおり、畑には菜っ葉とか組まれた添え木に沿って上に伸びる作物がある。田んぼには稲が元気に育っている。広くはないが、経験の無い俺が1人で耕すことは楽ではないだろうな。


 下段と中段をつなぐ緩い斜面にはお茶の木が植えられている。その並びに農作業に使うのか、細い木材が腰高の錆びたトタン屋根の下で保管されていた。

 東側には2階建ての割と新しい建物がある。管理用の建物だ。中を見ると下が農機具の収納で、上は事務に使われている感じだ。どちらも無人だ。バイクはこの管理棟1階に駐車することにした。シャッターがあるから雨風で汚れることもないだろう。

 住居エリアの南側には両脇に部屋が付いた長屋門がある。門をくぐると広い庭の向こうに母屋が、左手には蔵がある。土の庭には何もない。収穫物を干したり、道具の手入れをするためだろう。

 他にも小さい建物があるが何だかわからない。後で見てみよう。

 道を一番南まで行くと、舗装された公園の歩道だ。公園の歩道は農家再現コーナーの西側を通って、さらに北の公園北ゲートまで続いている。この道を挟んだ隣は丘になっていて、斜面は花畑になっている。歩道の南側は雑木林で、公園の他のコーナーとは区切られている。

 母屋から見ると、田畑と管理棟、雑木林と花畑の丘。それがすべてだ。これが俺の新しい生活空間だ。


 ざっとコーナーを見回していると、作業服を着た職員さんが1人倒れていた。周囲をハエが舞っている。

 匂うので少し離れたところから手を合わせて冥福を祈り、一旦その場を離れる。ここに住まわせてもらうのだからこの方だけはちゃんと埋葬して差し上げよう。理由もあるし、なによりお一人だけだから現実に実行可能だ。だが、今はまずはこのコーナー全体の把握が先だ。


 母屋の屋根は藁葺きか茅葺きか解らないが、そういう奴だ。一人ではメンテナンスできそうにないな。雨漏りするようになったら捨てることになるかもな。逆に言えば、それまでは住めるな。

 母屋はふすまがワイドオープンになっていた。縁側に触れると砂埃でザラザラしている。この前雨が降ったから泥になってこびりついている感じだ。掃除をしなければ。

 蔵も扉が開いていた。こちらはすぐには使わないから、今日は扉を閉めるだけにしよう。こっちはは瓦葺きだから、母屋が雨漏りするようになったらこっちに住むって言うのもありかも。

 住居エリアの一角には井戸があった。手押し式のポンプが付いている。試しに汲んでみると、最初は温く、そしてすぐに冷たい水が溢れてきた。これで生活は大分楽になる。

 井戸は管理棟の南側にもあった。そして、大切なトイレは管理棟に水洗式が、母屋にくみ取り式があった。井戸からバケツで水を運ばなきゃならないけど、トイレは管理棟をメインで使うことにしよう。やっぱりくみ取り式を使うことには抵抗がある。


 母屋に掃除道具があったので、まずは母屋を掃除する。ハタキを掛けて、ほうきで掃いて、ぞうきんで拭く。中学校以来だな。この掃除スタイルは。

 とりあえず裸足で上がって横になることはできるようになった。ちょっと一休み。横になって天井やら襖やら庭を眺める。今日からここが俺の家なんだな。


 まだ昼前だ。管理棟にあったスコップを持ってエリアの外れ、雑木林の一角に行く。職員さんをここに埋葬しよう。

 汗だくになって大きな穴を掘った。こんな大きな穴を掘ったのは人生初だな。

 管理棟に戻って一休み。

 今度はカッパを着て長靴を履き、マスクとゴーグル、ゴム手袋のフル装備だ。同じく管理棟にあったネコ車(一輪の荷物運搬車)にスコップと大きなブルーシートと、同じく管理棟にあった石灰の大袋を乗せて職員さんのところまで押していく。


 まず先に手を合わせて失礼をお詫びする。職員さんの隣にブルーシートを敷いたら、スコップを使って職員さんに転がって頂き、シートの上に移動して頂く。手袋越しとは言え、手を触れたくなかったんだ。でも、やっぱりスコップじゃ上手くいかない。結局最後は手で転がしたがな。

 いろんな虫が飛び出してきたが大丈夫。想定の範囲内だ。無視する。職員さんがいたところに石灰を多めに撒いて消毒だ。

 ブルーシートの先をつかんで後ろ向きに体重をかけて埋葬場所まで引っ張っていく。ものすごく重たい。

 ブルーシートごと職員さんをお墓に納めて石灰を撒いてから土をかける。しっかり固めたら手を合わせてご冥福を祈る。墓石は省略だ。名前も知らないし…… 名札ぐらい見ておけば良かったかな。

 ネコ車とスコップは蓮池の水でザッと洗う。俺自身も井戸水で洗って埋葬終了だ。




 時計を見るともう4時だ。腹が減ったな。食料と寝具を調達しなければ。

 農家再現コーナーの裏側、500mほどのところに北ゲートと事務棟があるはずだ。まだ濡れている防護服一式を持って歩いて行く。途中、休憩所とトイレがあった。ベンチ付近に年配の方が3人倒れていた。一礼してトイレに行く。ここは使えそうだ。下水は多分詰まっていないだろう。

 さらに歩いて行くと、期待通りに事務棟前に公園管理用の軽トラが停まっていた。運転席を覗くとキーが刺さったままだ。ラッキー! 誰も居なくて。


 防護服を荷台に積んで、運転席に乗り込んでみると、さすが国営公園だ。必要そうもないカーナビが後付けされてる。どうせ使えないけどね。

 エンジンをかけてみたら驚いた!


「使えるじゃん!」


 地図が表示されるじゃないですか。DVD式だからネットが要らないのか! GPSの電波はちゃんと受信している。

 すっかりスマホに慣れていたが、ちょっと前の旧式はネットに依存してないからスタンドアロンで使えたのか。ITエンジニアなのに気がつかなかった。目からうろこだ。


 裏ゲートから外に出て新市街に向かう。この辺りは公園とともに昔は陸軍の基地と軍需産業があったところだ。平成になってから再開発されたというか、まだ再開発途中で空き地も多い。思った通り、道が広いのに交通量が少ないから慎重に走れば軽自動車でも通行可能だ。

 ショッピングモールに到着。食品売り場はやはりとんでもない異臭だ。匂いだけでなく、何やら液体も溢れている。長靴を履いてきて良かった。マスクとゴーグル、懐中電灯でまだ食べられそうな食品を幅広くなるべく多くカート一杯に集める。いったん軽トラに戻って荷台に移し替える。

 腹が減ったので、ここでバランス栄養食とエナジードリンクで補給。落ち着いたら、今度は寝具と衣類、日用品の調達だ。


 平日だったとはいえ人気のモールだ。女性と子供を中心に少なくない被災者さんが居た。なんとかカートを操って必要なものを調達した。全部軽トラの荷台に積んで、上から布団をかけて、元々荷台に積んであったロープで軽く縛って終了。来た道を母屋に帰る。


 母屋に帰ると6時を過ぎていた。もうじき夏至だ。1年で一番日が長い。今日は1日よく働いたな。

 囲炉裏で火をおこしてお湯を沸かした。魚型の自在鉤を使うのは初めてだ。原理は知っているけど、こんなので水が入ったやかんを留めることができるってすごいよな。

 明るいうちに布団を敷いておこう。そのあとは雨戸を閉める。木製の雨戸を閉めたのも生まれて初めてだ。これが新しい日常になるんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る