第44話 町に出て準備をしましょう

 聖女ルナにブライダルメイクを施すため、マルチフェイスカラーパレットを作ることを決めた陽葵ひまり


 打ち合わせをした翌日に、陽葵はさっそくロミのもとを尋ねた。マルチフェイスカラーパレットを作るための機械を依頼するためだ。


 町の一角にある褐色屋根の小さな建物。ここがロミの自宅兼作業場だ。扉を叩きながら陽葵は声をかけた。


「こんにちはー、陽葵です」


 しばらくすると、バタンを大きな音を立てて扉が開いた。


「ヒマリさん! 待ってました! ささっ、中へどうぞ」


 ロミは楽し気に尻尾を揺らしながら、地下室の作業場へ案内した。


 作業場は物珍しい機械や設計図で溢れている。いかにも発明家の作業場といった雰囲気でワクワクした。


 陽葵はあたりをチラチラと眺めながらロミへ依頼をした。前回同様に、陽葵なりに機械の構造を伝えると、ロミはさらさらっと設計図を書きながらイメージを膨らませていた。


「要するに、色の付いた粉をプレスして固める機械を作ればいいんですね」

「そうそう。出来るかな?」

「はい! 任せてください!」


 ロミはとんと胸を叩きながら引き受けてくれた。これで機械に関してはクリアだ。


 機械と一緒にパレットも作ってもらうようにお願いをしてから、陽葵はロミの作業場を後にした。


「とりあえずメイクの方は何とかなりそうだなぁ。問題はヘアセットかぁ……」


 メイクに関しては道具さえ揃えば陽葵でも対応できるが、ヘアセットに関しては正直自信がなかった。最低限のアレンジはできるけど、結婚式にふさわしい華やかなアレンジができるほどのテクニックはない。


 誰かヘアセットが得意な人はいないかなぁとぼんやり考えていた時、建物と建物の隙間に黒いローブをまとった人物を発見した。この姿には見覚えがある。


 きょろきょろと辺りを窺っている彼女に、陽葵は声をかけた。


「何をしているんですか、アリア様」

「ひゃっ!」


 アリアは驚いたように肩をビクンと跳ね上がらせる。それからフードを少し上げてこちらを見た。


「なんだ、ヒマリね。驚かせないで頂戴」

「申し訳ございません。それより、またお城から抜け出したんですか?」


 ローブを被ってコソコソしている姿から、またしてもお城を抜け出したことが想像できる。案の定というべきか、アリアは小さく頷いた。


「そうよ……」

「どうしてそう何度もお城から抜け出すんです? いまごろセラさんが町中を探し回っていますよ?」


 探索に明け暮れるセラを想像すると不憫に思えてきた。するとアリアは、むっとした表情を浮かべる。


「私だってセラを困らせようとして抜け出しているわけじゃないのよ。王女の私が町に出るには物凄く面倒な手続きがあるの。正規の手筈では自由に町を探索することもできないから、こうして抜け出しているのよ」


 なるほど、そういう事情があったのか。確かに面倒な手続きがあるのなら、正規の手順をすっ飛ばしてお城を抜け出したくなる気持ちも分かる。行動範囲も限られているのなら尚更だ。


 とはいえ、まだ納得できない部分もある。


「アリア様はどうして町に降りて来ているんですか?」


 何気なく尋ねると、アリアは当然のことのように胸を張って答えた。


「そんなの決まっているじゃない。町の人々の暮らしが見たいからよ」

「町の人々の暮らし?」

「ええ、国を良くするためには町の人の暮らしを知る必要があるでしょ? 実態を知らなければ、どんな政策を打てばいいのか分からないものね。私は王女として町の人のためにできる限りのことをしてあげたいの」


 その言葉を聞いて、アリアへの見方が変わった。単に町で遊びたくて抜け出していると思っていたが、アリアなりの目的があったらしい。


「アリア様は国民想いの王女様なんですね」

「そ、それは褒め過ぎよ」


 アリアは恥ずかしがるように頬を染めながら視線を逸らした。


 考えてみればコスメ工房に投資をしてくれたのだって、アリアがお城から抜け出したのがきっかけだ。中央広場で化粧品の存在を知り、その後お店まで足を運んで来てくれたからいまのような繋がりができた。


 アリアの行動力がなければ、コスメ工房はいまほど発展していなかったのかもしれない。


 ふと町を見渡すと、町を行き交う人々の中に、ちらほらと口紅を塗っている女性が見受けられる。口紅が浸透しつつあるいまの状況も、アリアの投資がきっかけといえる。資金がなければ、ロミに機械の設計依頼をすることだってできなかったのだから。


「アリア様、いまさらですけどコスメ工房に協力していただいてありがとうございます」


 陽葵があらためてお礼を伝えると、アリアは恥ずかしそうにそっぽを向きながら言葉を返した。


「私にできることなら何でも言って頂戴。コスメ工房のファンとして、できる限りのことはしたいと思っているから」

「ありがたいお言葉です!」


 心強い言葉に勇気づけられる。同時に何でも言って頂戴という言葉で、いま抱えている問題も思い出した。陽葵は思い切ってアリアに頼ってみる。


「さっそくで申し訳ないのですが、ひとつご相談が……」


 陽葵は聖女ルナの結婚式でブライダルメイクをすることになったこと、そしてヘアセットをできる人物を探していることを相談した。王宮であれば妃や王女の髪を結う人物がいてもおかしくはない。そういう人物を紹介して欲しかった。


 話を聞いたアリアは、すぐに解決策を上げてくれた。


「それなら適任がいるわよ」


 そう告げた直後、またしても見知った人物が陽葵達の前に現れた。


「見つけましたよ、アリア様」


 セラが音もなくアリアの背後に立つ。いつもであれば逃げ出すところだったが、今日のアリアは違う。逃げるどころか、セラの手を引いて陽葵の前に押し出した。


「セラに任せたらどう? こう見えてセラはヘアセットが得意なの。私の髪も毎日セラがブラッシングしてくれるし、社交界の時は綺麗に結ってくれるのよ」

「セラさん……そんな特技があったんですね」


 陽葵はまじまじとセラを見つめる。突如羨望の眼差しを向けられたセラは、驚いたように目を丸くした。そんなセラの両手を陽葵がガシっと掴む。


「セラさん。結婚式の日にルナさんの髪をセットしていただけませんか?」

「ヘアセットですか? アリア様にお許しいただけるなら構いませんが……」


 セラはチラッとアリアの様子を窺う。その視線に気付いたアリアは、さも当然と言わんばかりに許可を出した。


「もちろん許すわよ。ヒマリに力を貸してあげて頂戴」

「かしこまりました」

「ありがとうございます、セラさん、アリア様!」


 こうして結婚式当日のヘアセットはセラに任せることになった。


~*~*~


 その後、陽葵は町に出たついでにカリンのジュエルソープ店に立ち寄ってクリアソープの仕入れをした。町を何度も往復するのは手間だから一気にまとめて購入したが、これがなかなか重い。


 カリンからは「あらあら、こんなにたくさん持って帰れますか?」と心配されたが、「大丈夫ですっ!」とガッツポーズを浮かべながら店を後にした。


「とはいえ、やっぱり重いなぁ。ちょっと買い過ぎたかも……」


 両手にクリアソープの入った袋を持つ陽葵。ずっしりとした重みに耐えながらも、ヨロヨロと歩いていた。


 乗合馬車が到着する中央広場までは少し距離がある。まとめて買い過ぎたことに若干後悔していると、またしても見知った人物が陽葵の前に現れた。


「お嬢さん、荷物お持ちしますよ」


 顔を上げると、勇者ネロが穏やかに微笑みながら手を差し伸べていた。

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