第43話 メイクのイメージを固めましょう

 聖女ルナのブライダルメイクを引き受けることになった陽葵ひまりとティナ。結婚式当日に向けて、さっそく打ち合わせを始めた。


 陽葵はテーブルに紙と筆を用意しながら話を切り出す。


「まずはブライダルメイクの指示書を作りましょう」

「指示書、ですか?」


 聞きなれない言葉を聞いたルナは不思議そうに首を傾げる。そこで陽葵は指示書の必要性を伝えた。


「メイクのイメージって、言葉だけではなかなか伝わらないんです。たとえば『可愛くしてほしい』っていうオーダーでも、人によって可愛いの定義は異なります。口紅とチークをピンクにしたメイクが可愛いという人もいれば、オレンジの口紅にブラウンのアイシャドウを乗せたメイクを可愛いという人もいます」


「確かに……可愛いというだけでは漠然としていますね」


「そうなんです。イメージを擦り合わせるためにも、ルナさんがどんな姿になりたいのか言語化しましょう」


「分かりました。なるべくヒマリさんがイメージできるようにお伝えしますね」


 ルナは力強く頷く。そんな二人のやりとりを見ていたティナが口を挟んだ。


「随分ブライダルメイクとやらに詳しいんだな。なんだ? ヒマリは結婚式を挙げた経験があるのか?」


 ティナの言葉を聞いた陽葵は、目を細めながら首を左右に振る。


「そんなわけないでしょう。お姉ちゃんが結婚式を挙げる時に色々見学させてもらっただけだよ」

「なんだそういうことか」


 ティナはフッと鼻で笑いながら納得していた。


 当然のごとく陽葵は結婚式を挙げた経験などない。ブライダルメイクに詳しいのは、お姉ちゃんのリハーサルメイクに同席したからに過ぎない。


 お姉ちゃんは雑誌の切り抜きを用意して、ヘアメイクさんに細かく指示をしていた。口紅やアイシャドウの色、眉の書き方など事細かに。そうして出来上がったメイクは、イメージ通りに仕上がったようだった。


 人生の晴れ舞台である結婚式。納得のいく状態で臨むためにも、イメージを共有する指示書は必要だ。


「ちなみにルナさんが当日着るウエディングドレスって、どんなデザインですか? メイクもドレスに合わせた方がいいと思うので」


 ルナは「そうですねー」と顎に手を添える。それからドレスの形状を陽葵に伝えた。


「素材はサテンで出来ていて、スカートは裾に向かってふんわり広がっていますね。あとは襟元を折り返して肩が見えるデザインになっているのが特徴ですね」


「襟元を折り返してということは、ロールカラードレスですね! お姉ちゃんが着ていたドレスと一緒だ! 上品なルナさんのイメージにぴったりですね」


 ルナから聞いた情報をもとに、手元の紙にドレスの絵を描いていく。肩の部分で布地を折り返してオフショルダーにして、スカートの部分はふわっと自然に広がるAラインに……。


「そうそう、こんな感じです」


 ルナは陽葵の書いた絵を見ながら頷いていた。ドレスのイメージは共有できたようだ。


「ドレスがシンプルなロールカラーでしたら、メイクも上品なイメージにした方がいいですかね?」

「そうですね。あまり派手にはせずに上品で落ち着きのある雰囲気が良いですね。その方が……」

「その方が?」


 陽葵が続きを促すと、ルナは恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら白状した。


「……ネロの好みだと思うので」


 その言葉を聞いた瞬間、陽葵は「はあぁぁ」と大きく溜息をついた。


「おい、なんだその溜息は?」

「べーつにー」


 ティナに指摘された陽葵は頬杖をつきながら視線を逸らした。


 婚約者の好みに合わせようとするなんて健気すぎる。ルナの素敵な一面が浮き彫りになるたびに、チャラ勇者への苛立ちが増した。陽葵は気を取り直して話を進める。


「それならメイクも派手な色使いは避けて、穏やかなトーンでまとめましょうか」


 そんなやりとりをしながらメイクの詳細を決めていった。同時にルナのパーソナルカラー診断をして似合う色を判定していった。


 そんなこんなで打ち合わせを続けていくと、メイクのイメージが固まってきた。


「イメージは掴めました! あとは本番前にリハーサルメイクをしましょう」

「事前にメイクの練習をするということでしょうか?」

「その通りです!」


 ぶっつけ本番というのは陽葵も不安だった。本番前に一度練習をしておきたい。


「いいのでしょうか? お忙しい中、わざわざ私のために時間を作ってくださるなんて」


 ルナは申し訳なさそうに陽葵とティナの顔を交互に見る。そんな不安を吹き払うように陽葵は笑った。


「そんなの気にしないでください! 最高に美しい花嫁さんに仕上げるための労力だったら惜しみませんよ」


「まあ、ぶっつけ本番でヒマリが大失敗したら笑うに笑えないからな」


「おやおやティナちゃん。私のメイクの腕を信用していないようだね。それならルナさんの前にティナちゃんにメイクをしてあげようか?」


「別に構わないが、私の評価は厳しいぞ」


「ほほう、それは挑戦しがいがあるねぇ」


 さりげなくディスってくるティナに対抗する陽葵。そんな二人のやりとりを見たルナは、クスっと可笑しそうに笑った。


「お二人は仲が良いんですね。相性抜群です」

「いやぁ、それほどでもー」

「相性抜群は言い過ぎだろ」


 デレデレ笑う陽葵とは対照的に、澄ました表情で指摘するティナ。相変わらず温度差があるが、仲の良さを肯定してもらえたことは嬉しかった。


 その後、ルナに正しいスキンケア方法を伝授して、本番までに肌の状態を整えるように促す。そこで今日の打ち合わせは終了した。


「今日はありがとうございました。リハーサルメイクの日にまた来ますね」

「はい! それまでに必要なものは揃えておきますね」


 嬉しそうな表情で店を出るルナを二人で見送る。チリンチリンと音を立てながら扉が閉まった途端、ティナが陽葵に尋ねた。


「さっきの話だと、頬や瞼にも色を塗るようだったけど、どうするんだ? 顔中にカラーサンドを塗りたくるつもりか?」

「あー、それね」


 ティナから聞かれたことで、陽葵は計画を明かした。


「マルチフェイスカラーパレットを作ろうと思うの!」


 意気込む陽葵とは対照的に、ティナは怪訝そうに眉を顰める。


「なんだそれは? 呪文か?」


「瞼に色を乗せるアイシャドウと、頬に血色感を出すチークと、顔の立体感を出すハイライトをひとまとめにしたパレットだよ」


 アイシャドウやチーク、ハイライトなどは本来別々で販売されている。もちろん個々で作ってもいいが、今回は利便性を考えてルナが使う色をひとまとめにしたパレットを作ることにした。


 陽葵の計画を聞いたティナは、フッと鼻で笑った。


「また忙しくなりそうだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る