第41話 美しすぎる聖女様がやってきました
化粧水と乳液の販売からスタートしたコスメ工房も、いまでは日焼け止めクリーム、ファンデーション、洗顔石鹸、口紅、バスソルトと続々とラインナップが増えていった。
その中でも一番人気は、やはり化粧水だ。肌を保湿するメリットを知ったお客さんからのリピートが絶えず、日に日に販売数を伸ばしていった。
次いで人気なのは口紅だ。レッド、ピンク、オレンジの3色展開で販売したところ、あっという間に話題になった。最近では口紅を目当てにお店にやってくるお客さんも増えている。
そんなこんなで、ティナとヒマリのコスメ工房は順調に営業を続けていた。
今日もコスメ工房は大盛況。
そんな中、入り口の扉がチリンチリンと音を立てて開いた。その瞬間、店内からわぁっと歓声が沸く。
「聖女様よ」
「相変わらずお美しい」
お客さんは羨望の眼差しで入り口を眺めている。陽葵も彼女たちの視線の先を追ったところ、見覚えのある人物が佇んでいた。
入口にいたのは艶やかな銀髪が特徴的な背の高い女性。瞳の色はサファイアのように澄んでいた。
彼女のことは陽葵も知っている。以前町で出会った聖女様だ。聖女様が落とした指輪を拾ったことがきっかけで、少しだけ会話を交わしていた。
お客さんの正体が発覚して、周りの女性たちが騒いでいることにも納得。
(あれだけ綺麗なら、見惚れちゃうのも無理ないね)
うんうんと納得しながら、陽葵も聖女様のお美しい姿を目に焼き付けていた。
聖女様の隣には、黒髪短髪の男性がいる。年齢は20代前半と見られ、身長は聖女様より少し高い。顔立ちは整っているのだけど、どことなく日本人に近い顔の造りをしているのは少し気になった。
美男美女とも呼べる二人に圧倒されていると、聖女様が陽葵の存在に気付く。その瞬間、花が綻ぶようなふわっとした笑顔を向けられた。
「先日は指輪を拾っていただきありがとうございます。とても助かりました」
「いえいえ、大したことでは!」
陽葵は両手を振りながら謙遜する。聖女様から笑顔を向けられて、タジタジになっていた。同性とはいえ、あんなに愛らしい笑顔を向けられたらドキドキしてしまう。
聖女様は陽葵のもとまでやって来ると、両手を合わせながら話を切り出した。
「今日はコスメ工房様に折り入ってご相談があって参りました」
「相談、ですか?」
「はい。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
陽葵は咄嗟にティナに視線を送る。ティナはこくこくと頷いていた。話を聞いてやれという合図だろう。ティナの意図を汲み取った陽葵は、力強く頷いた。
「分かりました。では、アトリエでお話しましょう」
~*~*~
アトリエには、陽葵、ティナ、聖女様、黒髪の男がいる。陽葵とティナが横並びで座り、その正面に聖女様たちが座っていた。
ちなみに店番はリリーに任せている。お客さんで賑わう中、リリー一人に任せるのは忍びなかったが、リリーは「任せてくださいっ」と意気込みを見せてくれた。
ここ最近、リリーはとても頼もしくなった。かつての人見知りを感じさせず、スムーズに接客ができている。きっとお客さんと関わることに慣れてきたのだろう。だからこそ、安心して店を任せられた。
かしこまった雰囲気で二人に注目していると、聖女様が口を開いた。
「申し遅れました。私は町のギルドに所属しているルナと申します。こちらは同じくギルドに所属している勇者ネロです」
「勇者!?」
陽葵は思わず声を上げる。目の前の男が勇者というのは意外だった。まさか魔女やエルフだけでなく、勇者にも出会えるとは。
驚く一方で、ある疑問も浮かんでくる。魔王討伐をした勇者はとっくの昔にいなくなっているはずだ。魔王討伐から400年も経っているのだから、同一人物とは考えにくい。
「400年前に魔王を討伐した勇者様とは別人ですよね?」
率直な疑問をぶつけると、ルナはあっさりと頷いた。
「もちろん。ここにいるネロは初代勇者の子孫です」
「子孫? 勇者様には子供がいたんですか?」
陽葵が驚いていると、ルナはさらに衝撃的な事実を告げた。
「勇者様は魔王討伐した後、20人の嫁を娶り、48人の子を残したと聞いております」
「20人の嫁!? やりたい放題だなぁ、勇者様」
いくら異世界とはいえ、20人の嫁を娶るなんて規格外だ。初代勇者は巨大なハーレムを形成していたということになる。陽葵が驚愕していると、ルナが淡々と説明を続けた。
「初代勇者は魔王討伐という偉業を成し遂げたので、大勢の嫁を娶るのも必然でしょう」
「そういうもんなんですか……」
とんでもないチャラ男だなぁと思ってしまったのは、ここだけの秘密だ。
するとルナから紹介された勇者は、人懐っこい笑みを浮かべながら挨拶を始めた。
「勇者のネロです。魔女様とお会いするのは2年ぶりですね」
「ああ、そうだな」
陽葵はティナとネロを交互に見る。
「あれ? 二人は顔見知りだったの?」
「はい。2年前にこちらに伺ったのですが、フラれてしまって」
「フラれた!?」
ネロの発言を聞いた陽葵は大声を上げる。ティナは恋愛とは無縁な世界にいるような気がしていたから、そういう話題が上がるのは意外だった。
「ティナちゃんも隅に置けないんだね」
感心したようにティナを見つめていると、ティナからは鬱陶しがるような視線が飛んできた。
「フラれたってそういう意味じゃないぞ。勇者パーティーの一員にならないかって誘われたから断っただけだ」
「なんだそういうことか」
紛らわしい言い方をされたから誤解してしまった。
確かにティナの魔法は勇者パーティーでも役に立つだろう。魔法薬の知識もあるから回復要員としても活躍できそうだ。陽葵が納得していると、ネロが補足をする。
「魔女様にはコルド山脈への遠征に同行して欲しかったんですけどね。ドラゴンの封印が弱まってきたので、再封印せよというクエストがあったんです。その出発が2年前で、最近ようやく役目を終えて王都に戻ってきたのです」
「ドラゴンの封印なんて凄い! なんで断っちゃったの?」
聞くまでもないが、一応聞いてみた。すると予想通りの答えが返ってきた。
「面倒くさいから」
「ティナちゃんらしいや」
ティナは才能のある魔法使いだけど、旅をしながら敵と戦っている姿はどうにも想像できない。いつぞや本人も言っていたように、森で魔法薬店を営んでいる方が性に合っているのだろう。
「そもそも私の魔法は戦闘向きではないからな。同行しても足手まといになるだけだ」
ティナの言葉を聞いた勇者は否定するように首を振る。
「足手まといなんてとんでもない。魔女様の力があれば、僕らの旅はもっと楽になっていたことでしょう」
「便利屋としてこき使いたいだけだろ。まあ、魔法うんぬんよりもお前と旅をすること自体が嫌だったんだけどな」
「これは手厳しい」
ネロは苦笑いを浮かべていた。ティナは勇者相手でも辛辣だった。
二人のやりとりを傍観していると、ネロは陽葵に視線を向ける。そのまま穏やかな笑顔を向けられた。
「こちらのお嬢さんは初めましてですね。お会いできて光栄です」
ネロは握手を求めるように手を差し出す。
「初めまして、佐倉陽葵です」
陽葵は促されるままに手を差して挨拶をする。サラッと握手を交わして終了と思いきや、勇者は陽葵の手を取るや否や指を絡めてきた。
「ヒマリ……お日様を彷彿させる素敵な名前ですね。いや、名前だけじゃない。あなた自身もとても魅力的だ。まるで野原に咲く花のような可憐さがある」
「はい?」
突然歯の浮くようなセリフを言われて、陽葵はキョトンとする。
もしかしたらここはキュンとときめくシーンなのかもしれないが、あいにく陽葵は安易に靡くような乙女心は持ち合わせていない。それよりも勇者の隣で笑顔のまま口の端をヒクヒクさせているルナの方が気になってしまった。
先程までは煌びやかなオーラをまとっていた聖女様だったが、いまはどす黒いオーラを放っている。これはお怒りなのかもしれない。
「ネーロー……」
ルナはワントーン低い声で勇者の名前を呼ぶ。ただならぬ雰囲気を感じて、陽葵は急いでネロの手を振りほどいた。
ネロは残念そうに目を細めながら手を引っ込める。それからルナの異変に気付いた。
「ん? どうしたんだい、ルナ。そんなに怖い顔をして」
「あなたはまた、可愛い女の子を口説いて」
「魅力的な女性を口説いて何が悪いんだい?」
「もうっ……あなたって人はっ……」
ルナは膝の上でぎゅっと拳を握りながら俯いていた。明らかに不機嫌そうなルナにはお構いなしで、ネロは両手を広げながら嬉々として語る。
「それにしても、この店は素晴らしい。まるでパラダイスじゃないか! スタッフもお客さんも美人揃い。こんな素敵な店なら毎日通いたいくらいだ!」
「いや、来んな。動機が不純なんだよ、お前は」
キラキラと瞳を輝かせて賞賛するネロを、ティナが一蹴する。ここまで来ると、勇者の性格が何となく読めた。
「ねえ、ティナちゃん。この勇者さんって……」
ティナは渋い表情をしながら頷く。
「ああ、こいつは無類の女好きだ。初代勇者の血を色濃く受け継いでいる。口説かれたくなかったら下手に関わらないことだな」
やっぱりと納得。陽葵はすーっと椅子を引いてネロと距離を取った。
そんな中、ネロは懲りずに「さっき店にいたエルフの少女も可愛かった。いっそのこと、この店を僕のハーレムに……」なんてとんでもないことを口走っていた。その瞬間、ルナがキレた。
「ネロ! いますぐここから出て行きなさい!」
「ルナ、どうしたんだい急に?」
「ここはあなたがいて良い場所ではありません。一緒に来たいと言うから連れて来ましたが、こんなことになるなら連れて来るんじゃなかった。用事が済むまで外で待っていてください」
ルナはネロの背中を押してアトリエから追い出そうとする。ルナの態度に驚いたネロは、慌てた様子で尋ねた。
「待ってくれ。それじゃあ依頼は?」
「私一人で十分です」
「そ、そんなぁ」
温情の余地なく、勇者は店から叩き出された。
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