第36話 口紅を作りましょう
パーソナルカラー診断を終えて口紅作りが始まろうとしたタイミングで、ティナとリリーがアトリエにやって来た。
「どうだー、順調かー?」
「お店の方は何とか回せましたよっ」
「ティナちゃん、リリーちゃん、店番ありがとう。これから作り始めるところだから二人も一緒に作ろう!」
まずは用意したミツロウ、キャンデリラワックス、シアバター、ホホバオイルを天秤で計りながら、ビーカーに入れていく。全部入れたら湯せんで溶かしながらかき混ぜた。
「完全に溶けきったら、カラーサンドで色を調合していきましょう!」
溶けきった油性成分を人数分のビーカーに分けて、それぞれに渡した。
「色の調合は各々でやってみましょう。口紅作りはここが醍醐味なので」
「自分でやってもいいのですか? それはワクワクです!」
ロミは目を輝かせながら尻尾を振った。その尻尾をすかさずティナがキャッチ。そのおかげで前回のような惨劇は免れた。
「おおー! ティナちゃん、ナイス瞬発力」
「アトリエで物を壊されたら堪ったもんじゃないからな」
「す、すみません……」
ロミは小さくなりながら尻尾を抱えていた。気を取り直して、みんなの前に色とりどりのカラーサンドを並べていく。
「カラーサンドを混ぜ合わせながら色を調合していってくださいね」
陽葵が指示すると、ロミ、アリア、セラは油性成分の入ったビーカーへ慎重にカラーサンドを加えていった。
「サーモンピンクだと、黄色とピンクですかね~」
「ピーチピンクは薄いピンクにオレンジかしら?」
「ワインレッド……赤に茶色ですかね……あと青も混ぜましょうか……」
三人とも真剣そのものだ。微笑ましい気分で眺めながら、陽葵はティナとリリーに声をかける。
「二人はまだ色を決めてなかったから、三人が調合している間に決めようね」
「別に何色だって構わないが……」
「そうはいかないよ!」
冷めた発言をするティナに陽葵は喝を入れた。
「口紅の色でね、見た目の印象は大きく変わるんだよ! 自分にどんな色が似合うのか、そしてどんな印象に見せたいかで、選ぶべき色は変わってくるの!」
「お前は化粧品の話になると急に熱くなるんだな! 分かった。ちゃんと選ぶから落ち着けっ」
「分かればいーんだよ、分かれば」
陽葵はやれやれと両手を仰いだ。ちゃんと色を選ぶ気になってくれたところで、さっそく決めていく。
「ちなみにティナちゃんは、自分をこんな風に見せたいっていう理想像はあるの?」
「理想像か……」
ティナは考え込むように腕を組む。しばらく悩んだ後、ぽつりと呟いた。
「ミステリアスな印象……」
「ほう」
実に魔女さんらしい回答だ。ミステリアスな雰囲気に見せるなら、深みのある色を選ぶのが良いだろう。そこにティナのパーソナルカラーであるブルベ冬の要素を加えていくと、色が厳選されていく。
「それならバーガンディーがおすすめかな。ワインレッドよりも深みが強い赤紫で、ダークな印象になるよ。ティナちゃんの真っ白な肌にも映えると思う」
「ダーク……」
ティナは興味深そうに呟く。紫色の瞳は珍しく輝いていた。
「……それにする」
「うん!」
色が決まると、ティナも色の調合に取り掛かった。最後に残されたリリーは、うずうずしながら陽葵を見つめている。
「お待たせ、リリーちゃん。リリーちゃんはパーソナルカラー診断から始めようか」
「はいっ。お願いします!」
パーソナルカラー診断の結果、リリーはブルベ夏と判明。肌の色が白く、優しげで上品な雰囲気を持つ人に当てはまるタイプだ。リリーの希望も取り入れながら口紅の色選びをしたところ、パステルピンクに決まった。
みんなの色が決まったところで、陽葵は先に色の調合を始めていたロミたちの様子を窺う。
「どうかな? ダマにならないように混ぜられた?」
「どうでしょうか?」
「うんうん、いい感じだね!」
ロミが混ぜていた口紅のベースは、均一なペースト状になっていた。
「肌に乗せて色味を確認してみようか」
「はい!」
手の甲にちょこんと乗せて色味を確かめる。指先で伸ばすと、やわらかな色合いのサーモンピンクに発色した。
「綺麗な色ですね!」
「本当! きっとロミちゃんに似合うよ」
色の調合は上手くいったようだ。すると今度はアリアから呼ばれた。
「ヒマリ、こっちも見て頂戴」
「はい! わぁー、アリア様の口紅も綺麗なピーチピンクになってますね。唇に付けたら絶対可愛いです!」
「あら、そうかしら?」
「はい! きっとお似合いですよ。あっ、セラさんも素敵なワインレッドに調合出来ましたね」
「こんな感じでよろしいのでしょうか?」
「はい! バッチリですよ」
前半チームは着々と色の調合を終えていった。ベースが出来ればお次はロミの開発してくれた金型の出番だ。
「調合が終わったらこちらの型に流していきます」
先端が斜めになった筒の中に口紅のベースを流し、冷やして固めれば口紅の完成だ。
「ヒマリさん、ヒマリさん!」
「ん? どうしたの? ロミちゃん」
ロミから袖を引っ張られる。すると、ロミは得意げに微笑みながら、特別な型を指さした。
「私はこっちのリスの型で作ってもいいですか?」
「もちろんだよ!」
ロミは通常の型とは別に、口紅の先端がリスの形をした型も開発していた。リス型で作ったら絶対に可愛い。いまから完成が待ち遠しくなった。
他のメンバーは通常の型にベースを流し込む。あとは冷やして固めれば完成だ。
「どれ、魔法で固めればいいんだろ?」
いつも通りティナが魔法で対処しようとしたところで、陽葵とロミが「ちっちっち」と得意げな顔をしながら指を振った。
「ティナちゃん、ここではパラドゥンドロンの出番はないんだよ」
「魔女様のお手を煩わせることはありませんの」
「どういうことだ?」
陽葵とロミは「フッフッフ」ともったいつけるように笑う。
「こちらの機械、冷却機能も付いていますの。スイッチを入れれば一時間ほどで固まりますよ」
「なん、だと……」
ティナはショックを受けたように後退りする。そこに追い打ちをかけるようにロミが告げた。
「ふっふっふ、魔女様。魔法に頼らなくても、ここを使えば実現できることだってあるんですよ」
指先でトントンと自分の頭を叩くロミ。科学が魔法を凌駕した瞬間だった。
ティナはヨロヨロとアトリエの隅に移動する。そのまま膝を抱えて座り込んだ。
「天才発明家がいれば、私は用なしということか……」
あからさまに落ち込むティナ。いつもはクールなティナが凹んでいるのはレアだった。陽葵は慌ててフォローする。
「用なしなんて、そんなことはないよ! 魔法じゃないとできないこともたくさんあるよ! ほら、ものを腐らなくする魔法とか紫外線を反射させる魔法とか」
「そんなのも天才発明家にかかれば再現できるんじゃないか?」
「うっ……」
確かにもとの世界では魔法に頼らずとも、科学の力でどうにかできる。だけどそれをいまのティナに告げるのは酷だ。
「さすがにそれはできないよね?」
陽葵は話を合わせてもらえるようにロミにウインクをする。陽葵の意図を瞬時に察したロミは、こくこくと頷いた。
「そうですね。私の専門分野は機械なので、ものを腐らなくさせるのは無理ですね。それができるのは魔女様くらいですの」
ロミが気遣いのできる子で良かった。おかげでティナは少しずつ気力を回復させていった。
「そうか。私にしかできないこともまだあるのか。それを聞いて安心した」
陽葵とロミはホッと胸を撫でおろした。その様子を傍観していたアリアとセラは、彼女達に聞こえない声量でボソッと呟いた。
「魔女様って案外面倒くさい性格なのね」
「そのようですね」
その後、ここぞとばかりにティナにものを腐らなくさせる魔法をかけてもらい、口紅が固まるのを待った。
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