第31話 陽葵のスキンケアレッスン

 翌日。お店を閉めたタイミングで、ロミがやって来た。


「こんばんはー。ヒマリさん、石鹸は出来ましたかー?」


 期待に胸を膨らませているのか、ふさふさとした尻尾は左右に揺れている。表情だけでなく、尻尾でも感情表現できるのは獣人ならではなのかもしれない。


「うん。出来てるよ! 使い方をレクチャーしたいから、入って入って~」

「はーい。お邪魔します」


 そのままロミをアトリエへ案内した。


 アトリエには既に到着したリリーがいる。その隣では、ティナが人数分の石鹸を用意していた。全員揃ったところで、陽葵ひまりは拳を突き上げながら宣言する。


「ではでは、陽葵のスキンケアレッスンを開始しまーす!」

「わー、パチパチー」


 初めてのってきてもらえた。いつもはシーンと静まり返るだけなのに。あらためてロミの優しさと明るさに感激した陽葵だった。


 拳を握りながら感動を噛み締めた後、こほんと咳払いをしてから説明を始めた。


「まずみんなに伝えたいのが、綺麗な肌は日々の正しいスキンケアからできるということ。肌荒れを改善させたいなら、スキンケアから見直す必要があります」

「はい、先生!」


 ロミが元気よく返事をする。相変わらずノリが良くて助かる。


「スキンケアのファーストステップは落とすケア。肌に残った汚れや皮脂をしっかり落とすことが大切です」


 陽葵は昨日完成させた洗顔石鹸を手に取る。それからボウルに張ったぬるま湯に含ませながら泡立てた。


「前にも話したけど、水だけの洗顔では余分な皮脂を落としきれないことがあるの。だから今回は皮脂を吸着する成分を含んだ洗顔石鹸を使って洗顔しようと思います。使うときのポイントは、よーく泡立てること」


「よーく泡立てること?」


「そう。ホイップクリームみたいにふわっふわになるまで泡立てます」


 陽葵は素手で石鹸を泡立てる。本当は泡立てネットがあればよかったが、代用できそうなものはなかった。


 泡立てネットを使った時のような濃密な泡を作るのは難しいが、素手でもお湯を含ませながら擦り合わせればふわふわの泡は作れる。手のひらをお椀状にしてかきまわしていると、キメの細かい泡が完成した。


「ほら、こんな感じ」

「凄いです! 泡が山のように立っています」


 ロミは目を輝かせながら尻尾を左右に振り回している。その尻尾がティナとリリーにペシペシとぶつかっているが、当の本人は気付いていない様子。リリーは苦笑いを浮かべながら耐えていたが、ティナはガシっと尻尾を掴んで揺れを止めた。


「尻尾」

「ああ、ごめんなさい。魔女様。尻尾がまたご迷惑を」

「気を付けろよ」

「はい。すみません」


 尻尾の揺れが止まったところで、気を取り直して説明を再開する。


「洗顔する時は、こんな風にふわふわの泡を作ることを意識しましょう。そうすることで、肌に摩擦を与えることなく汚れを落とせます」

「なるほど。ふわふわにするのがコツなのですね!」

「勉強になります……」


 ロミとリリーは熱心に話を聞いていた。真面目に聞いてくれる生徒がいるだけで説明のしがいがある。ティナも大袈裟な反応はしないが、ちゃんと話を聞いてくれていた。


「しっかり泡立てたら、皮脂の分泌が多いおでこや鼻筋に泡をのせて、手のひらでくるくると螺旋を描くように洗っていきます。この時、力を抜いて肌を擦らないようにするのがコツだよ」

「擦らないようにですね。分かりました」

「で、全体を洗えたら、ぬるま湯でしっかりと洗い流す。これで洗顔は完了だよ」


 基本の洗顔の仕方はレクチャーできた。だけどここで終わりではない。


「洗顔が終わったら、即コレの出番です」


 トンと机に置いたのは、ラバンダ化粧水。洗顔が終わったら即化粧水。これを伝えないわけにはいかなかった。


「洗顔直後の肌は皮脂が流れ落ちて乾燥しやすくなっているから、すぐに化粧水で保湿をする必要があるの。私はお風呂から出て5分以内には付けるように心掛けているよ」

「5分以内……結構忙しいですね……」


 リリーがあわあわしながら呟く。その反応を見て、陽葵も大きく頷いた。


「そうなんだよ。お風呂上がりは忙しいの。ティナちゃんみたいに、お風呂上がりにのんびり牛乳を飲んでる暇はないんだよっ」

「おい! 勝手に私のルーティンを暴露するな!」


 ティナからキッと睨まれたが、陽葵は素知らぬ顔で説明を続けた。


「化粧水で肌をひたひたにした後は、乳液で蓋をする。これが基本のスキンケアだよ」


 説明を終えると、ロミとリリーは「なるほどー」と頷いた。それからロミは腕を組みながらしみじみと語る。


「いままではお肌のことを真剣に考えたことはありませんでしたの。お水でパシャパシャパシャっと洗って、寝る前に化粧水と乳液を付けていたので。これでは肌が荒れてしまうのも無理ありませんね」


 化粧品の概念がない世界なら、肌に無頓着になるのも仕方ないのかもしれない。それでも手遅れなんてことはない。スキンケアを見直した瞬間から、肌は輝くのだから。


「これからはいま説明したスキンケアを試してみてね。しばらく続けてみれば、肌の状態も変わると思うから」

「分かりました。ヒマリさんに教えてもらったお手入れ方法を試してみますね!」


 ロミは両手をぎゅっと握りながら大きく頷いた。素直に聞き入れてくれる姿は、やっぱり可愛い。もっともっと美容の知識を教えてあげたくなったが、今日のところはここでお開きとしよう。


「陽葵のスキンケアレッスンは、これにて終了です!」

「わー! ありがとうございました、先生」

「わ、私も実践してみますねっ」

「まあ、参考になる話だったな」


 ロミ、リリー、ティナから賞賛されると嬉しくなってしまう。陽葵は「いや~、それほどでも~」と照れながら笑った。


 調子に乗った陽葵は、思い付きでこんな提案をしてみる。


「今日はもう遅くなっちゃたし、みんなうちに泊ったら? せっかくだしお泊り会をしようよ!」

「おい勝手に」


 ティナが止めに入ったが、それに被せるようにロミが喜びを露わにする。


「ええー! またお泊りしていいんですか? お言葉に甘えちゃいますよー」

「私まで良いのでしょうか?」


 乗り気なロミとリリーを見て、陽葵はうんうんと頷く。


「いいの、いいの。泊っていきなさい。今日は陽葵特製ハンバーグをご馳走するから!」


 わぁーっと歓声が上がる。その傍らで、ティナは深々と溜息をついた。


「はぁ……これはもう止められないな……」


 数の勢いに押されて諦めたティナだった。

 陽葵達が盛り上がる中、突如ロミがフフフっと怪しげに笑う。


「お泊り会と言えばやることはひとつ! みなさんのお話を聞かせてもらいますよー」


 「お泊り会」「お話」と聞いてピンとくる。修学旅行でも散々巻き込まれた嫌なイベントを思い出した。


「それってまさか恋バ」

「みんなで怖い話をしましょう!」


 陽葵の言葉に被せるように、ロミは拳を突き上げて高らかに宣言した。


「ああ、なんだそっちかぁ」


 ほっと息をつく陽葵。だけどすぐに表情を強張らせる。


「待って!? 怖い話?」


 怯える陽葵。何を隠そう陽葵は怖い話が大嫌いだった。映画館でホラー映画の予告が流れるだけで目を覆うレベルだ。


 しかし、ほかの女性陣は乗り気だった。


「町で仕入れたとっておきの怖い話を知ってるんですよっ」

「わ、私も森に古くから伝わっている怖い話を知ってます……」

「魔女絡みの怖い話なら知っているぞ」


 ネタは豊富なようだ。陽葵は両腕を抱きながらゾワゾワと戦慄する。


「な、なんでみんな怖い話に事欠かないの?」


 すると三人は、さも当然と言わんばかりに答えた。


「「「だって面白いから」」」


 盛り上がる女性陣の輪の外で、陽葵はおずおずと告げた。


「よ、夜更かしは美容の大敵だからほどほどにねー……」


 その声は彼女たちには届かなかった。結局その日は、陽葵にとって長い長い夜になったのは言うまでもない。

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